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ミンミンとセミが鳴いていた。
刺すような太陽光は今も昔も地球に降り注いでいるが、こうも攻撃的じゃなくていいと思う。
「……来てしまった」
俺、社 真志は一人、真夏の太陽の中、後悔が若干滲む台詞を漏らした。
野球帽を深くかぶり、分厚い眼鏡を光らせながら見上げる建物はとても白く光を反射している。
並んでいるガラスはピカピカで真新しいが、こう日差しが強いと眩しくてマイナス要素としか思えない。
「しかし……目の前で見るとなおさら信じられない」
俺は思わず目の前に聳え立つビルを見上げながら呟いた。
なんとこの如何にも近未来的なビルは最近サービスが始まったばかりのオンラインゲームのためだけに存在するのである。
俺はなんだか圧倒されてごくりと喉を鳴らし、建物の中に踏み込んだ。
ともかく、この殺人的な日差しから逃れられるのは歓迎だ。
ああ、ようやく冷房の効いた室内に入れる!
センサーが反応して自動ドアが開くが、しかし軽くなるはずの足取りはさらに重くなった。
なんかむわっとする! ただでさえ、汗だくなのに!
エアコンが効いているはずの室内は、どういうわけか見渡す限りの人の群れ。
人体の熱気は数に比例して倍加され、熱気が立ち込めていた。
「な、何だこれ?」
人気があるとは聞いていたが、ここまでだったのか?
俺は目を白黒させて、周囲を見回した。もうなんだかここまで来ると人の壁である。何とか間を縫って中に侵入するが、気分はスパイ映画だ。
もっともスタイリッシュさのかけらも感じられない侵入シーンだろうが。本人は必死だった。
「う、うぬぅ。受付があるって話だったけど……あっ、あった」
そしてついに人ごみの少し奥に目的の物を発見した。
何故かこれだけ人がいて目当ての場所は空いているのだから、なおさら不思議でしょうがない。
疑問に思っても、残念ながら予備知識のない現状では理解する方法は皆無だ。
「まぁいいか」
俺の目的はただ一つ。テラ・リバース斡旋所にある専用設備。すなわちゲーム用の登録窓口だ。
テラ・リバースとは仮想世界を舞台に遊べるオンラインゲームである。
はやり始めて早数か月。出遅れてしまった感があるが。前やっていたゲームをクリアーするのに手間取ってしまったんだからしょうがない。
ストーリーのあるゲームで一度にやるのは一つのみというのは俺の小さなこだわりである。
ちなみに手間取ったのはオフラインだ。しかし俺が今回手を出そうというこのゲームは、禁断のオンライン。そう……ネットワーク対応ゲームだった。
実は俺、ゲーマーを自称しているがオンライン初心者なのだ。こういう類のゲームは終わりが見えず、なんとなく二の足を踏んでいたのだが、今までにない最新の映像技術という言葉に飛びついてしまった。
もちろんパソコンや携帯電話があればオンライン登録もできるけど……わざわざここまで出向いたのには重大な理由がある。
「特典、ちゃんともらえるのだろうか?」
まぁ大体こんなところだ。なんと重大な理由なのだろう。
直接ここに出向けば特典が付く。確かゲームのロゴが入ったTシャツだったような? 他にも条件を満たせば色々もらえた気がするが、とりあえずは登録記念のTシャツで満足だった。
どうせ始めるなら貰える物は貰いたい。それがゲーマーの……というか俺の正義だろう。
「……ええっと、ゲームの登録はここでいいんですか?」
窓口を覗き込むとさっそくコスプレっぽい神官さんみたいな衣装を着た綺麗なお姉さんが、快くプレイヤーである俺を向かい入れてくれた。
「はい。こちらで間違いありませんよ」
おお! 本格的じゃないか。
でも俺はコスプレは受け付けない派だった。
「ああ、そうですか。それじゃぁ、お願いします」
俺はごく普通に軽く会釈して椅子に座る。
「ようこそいらっしゃいました。テラ・リバースの世界へ」
受付のお姉さんはさっそく、営業スマイルを浮かべてブオンと立体ディスプレイを開いた。
薄いブルーの画面の向こうに、お姉さんの顔が見える。画面にはテラ・リバースのロゴが色鮮やかに浮かび上がっていた。
お姉さんは準備が整ったのか改めて頭を下げ。招き入れようとするような視線が、俺の視線に重なった。
やはりオープニングのワクワクはいつだって止められない。
数多あるゲームの中の新たな一歩。このゲームのオープニング画面は今この瞬間なのだろう。