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 体感の時間は気分次第で変わるのだろうが、作業の効率自体は一律である。


 今回俺が感じた時間は間違いなくごくわずかで、伸ばせるものなら伸ばしたい。


 それでも、できることはやったつもりだった。おかげで俺の目元に色濃く残る隈は、予定より濃くなってしまったが。


「……ついに来てしまったか、この時が。さてどうなるかな」


 俺の手には、触り心地のいい、紙の招待状が握られていた。


 驚いたことに、家に送られて来たのは郵送の招待状だったのだ。


 なんでもネットで片付くこの時代に、よりにもよってオンラインゲームの大会で郵送。しかも会場に来いという案内付きとは驚いた。


 準備をするまでも短かったが、あれこれと考え事をしている間に、会場に着いてしまった。


 見上げるのは毎度お馴染み、テラ・リバース専用ビル。俺はなんとなしにキリキリと微妙に痛む胃をさすった。


 自動ドアを抜けて、周囲を見まわす。するとそこにいたのはこれまた毎度おなじみ受付のお姉さんである。


「ようこそいらっしゃいましたー」


「……ああどうも、一日ぶりです」


「ええ。一日千秋の思いで待っていましたよ? なんですか? テンション低めですねー。それで? ライラさんとどんな話をしたんですか?」


 何で待っていたのかと思ったら、受付のお姉さんはこの間連行された件について詳細を聞きたかったらしい。


 通りでワイドショーを見ている主婦みたいな顔だったはずだ。


 ただ俺にしてみたら、あまりいい思い出ではないのは確かである。


「……何か楽しい話をしたとでも?」


「そうなんですけど。やっぱり気になるじゃないですかー」


 スタッフの腕章を付けているところを見ると受付のお姉さんは今日は案内役の様だ。


 良心的に見れば緊張を解いてくれているつもりかもしれないが、この目は絶対好奇心が勝っている、ホント勘弁してほしい。


「まぁ対戦相手ですから、話す事と言えば宣戦布告とかそんなんです」


 比較的正直に話したと思うのだが、俺の答えを聞いた受付のお姉さんは微妙な表情で眉を顰めている。どうやらこの答えでは満足してはもらえなかったらしい。


「……なんていうか、思ったよりも物騒というか」


「ですよねぇ。ああでも、ジュース奢ってもらいましたよ。もう驕りでも会いたくないですけど」


「そうなんですか? せっかくのアイドルなのに……サインもらいました?」


「いいえ? 知らない人の名前が家にあっても邪魔になるだけだし」


「……貴方も大概ですよね」


「そうですか?」


 ごく普通の対応だと思うけど、そんな信じられない生き物を見る目は止めてくれないだろうか。


「有名人に実際会っても反応に困りますよ。それに戦うとなったらなおさらです」


「いいじゃないですか。芸能人とライバルなんて、憧れちゃいますよ? ドラマみたいじゃないですか?」


 受付のお姉さんは夢がないなーと言うが、しかしそれはどうだろう?


「ドラマなんて現実でやったら、とてもじゃないけど勘弁してほしい事ばっかりやってる気がしますけどね」


 何せトラブルとアクシデントのセールみたいなもんだ。


「出来る事なら変わってもいいんですよ?」


 俺がそう言うと受付のお姉さんはごく普通にこう返した。


「えーやですよー。私はドラマは演じるより、見る派なんですから」


「……」


 俺だってそうだよ!……まぁいいんだけども。




 案内されたのは大きな扉の部屋だ。


 しかし部屋に入る扉を開けると、思わず感嘆してしまうようなそんな部屋であった。


「うおわ。でっかいな……」


「すごいでしょ? 今日はここで戦っていただけます。本番は立体映像で部屋全部がバトルフィールドになるんですよ?」


 中には大きな機械が設置してあり、向かい合うようにプレイヤー用のステージがあった。


 部屋全体がスクリーンで覆われた、ドームの様なあまりにも特殊な部屋である。


 こいつはさすがに驚きだ。


 なんというか、別に必要ないのに無駄に大がかりすぎるのではないだろうか?


「本当ですか……それ?」


「はい。観戦数に合わせて空にウインドウも出ますから、臨場感ハンパないですよ?」


「うん。その機能はいらなかった。それにしても無駄にでっかい機械ですね」


 圧倒されて指差す俺に、何故か腰に手を当てお姉さんはすごく自慢げだ。


「いえいえ、このくらいの方が売りになるでしょう。後々ゲームセンター形式で戦えるようにしたらいいかなーとか駄弁っていたらこんなことに……」


「そんなに簡単なもんですかね!」


「まぁそう言う事もありますよ」


 予想外に理由は適当だった。


「まぁまぁ、見ての通りあの機械がバトルスタジアムとなってまして、バトルステージをこの場に直接投影します。気を付けていただきたいのはネット対戦とは視点が違うという事ですね。手元により近くで見られるようにウインドウはありますが、基本は肉眼で上から見下ろす形になっております。あなたのアカウントで端末からログインしてもらいますと、契約しているメンバーをあの中で戦わせることが出来ます。こちらのフィールドでは、通常のプレイ以上の高画質で配信するために用意された特殊な物ですので、観戦だけでも通常プレイ以上の臨場感があると思いますよ」


「へー……それはいいですね」


 なんでわざわざここに来なくちゃいけなかったのかと思ったが、まさかこんな施設があったとは。


 実に近未来的で真面目に遊んでみたい。


「でもプレイヤーのやれることは一緒ですよね?」


「そうです。でも演出は大事ですよ? エンターテインメントは。ステージからお互いに指揮を取っていただきますが、アイテムなんかも手元のボードで使用出来ます。ただしプレイヤーのアイテムの使用上限は全部で15個です。アイテムを選択するとキャラクターの前に道具が現れるだけで、実際にキャラクターが用途に合わせ使用しなければ使ったことにはならないのは普段のゲームと同じなので気を付けてください。ただし装備アイテムはこちらの個数には含まれません」


「了解です」


「それとなんですけど……プレイヤー画面の表示はどうしましょうか? 衣装もありますけど?」


「は? 何ですそれ?」


 おうっとこいつはぜんぜん気にしていなかった質問を投げかけられたぞ?


 衣装ってなんでやねん。


 固まっている俺に、受付のお姉さんは不思議そうな顔をする。


「あ、言っていませんでしたっけ? 今回はエキシビジョンマッチですので。プレイヤー表示の部分にイメージを入れることになっているんです、かっこよく仕上げてくれますよ、で……衣装なんですけど」


「衣装は結構です。ええ、ほんとに」


「そうですか? 似合いそうな奴を見繕ってはいますよ? 私の独断で」


「なお嫌です。はぁ……まぁ適当にお願いしますよ、そう言うのよくわからないんで」


「そうですか? 何ならこちらで適当に用意しておきます!」


「……大丈夫かな? あんまり目立つのは嫌いなんだけどなぁ」


 好き好んで素顔など晒したいものですか。その一線だけは気持ちだけでも何としても死守せねばならない。


 もう遅いとかは、あまり考えないようにしたかった。


 ちょっとだけ声が大きくなったのは、聞こえていればいいのになという心の表れだっただろう。


 しかしさっそく俺の張った予防線は背後から聞こえた一言で却下されてしまった。


「今更遅いんじゃない?」


「ん?」


 俺はその相手に心当たりがあって、いかにもテンションの下がった視線で振り返る。


 予想は当たり、いらない台詞を投げかけてきた相手はすぐ後ろでニヤニヤ笑っていた。


「出たなラリルレシスターズ」


「誰がラリルレシスターズよ!」


「……いや、あれですよ、全員の頭文字を取ったらラリルレロだったから」


「名前で呼びなさいよ!……はぁ、もうあんたほんとムカつく。でも逃げなかったことは褒めてあげてもいいよ。対戦相手君?」


 すぐに落ち着きを取り戻されてしまったかに見えたが、しかし反撃の効果はあったらしく、笑顔でありながらコメカミの辺りにびしりと青筋が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。


「逃げないって言っといたじゃないですか。ラリルレシスターズのラの人」


「だから名前で呼びなさい。名前で」


「なんかすいません。芸名呼ぶのって気恥ずかしくないですか?」


「……気にしないで。ちゃんとわかってるから、その手には乗らない。安い挑発すぎる」


「はぁ、それは残念です」


 とりあえず流石社会人、二度目は通じないか。


 しかし若干失礼な俺にアイドルさんは不機嫌そうに言ってきた。


「ゲームは楽しくやる物よ、覚えておきなさい。そう言う意味でも貴方はここに来ない方がよかったのに」


「元よりそのつもりですが? でもその理屈ならただのゲームですし。逃げると言うのは的外れでは?」


「そう? 今回勝っても負けても貴方にいい事なんてないかなって思ってたんだけど? もう全国に君の顔は知られているし、負けたらまぁそれでおしまいってだけでしょう? 勝ったら勝ったで、私のファンの恨みを買いそう」


「……マジっすか?」


「そうならない方がおかしいかな? だからドタキャンでもある程度仕方がないかなって」


 うーむ。そう言う見方も出来るのか。いきなり効果的な牽制だった。


 だがここまで来たのだ、俺に逃げると言う選択肢は既に存在しない。


 ゲームは手を抜いて遊ぶよりも、真剣に遊んだ方が楽しいに決まっていると言うのが信条である。


 これ以上目立ちたくはないが、それでも今日は本気で遊ぶ気で来ていた。


「まぁ、でも勝つ気でやりますけどね」


 出来る限り、動揺を表に出さないように振る舞う俺の横を、アイドルさんはふふんと鼻で笑いすれ違う。


「上等よ。私に買ったら写真にサインを付けてあげる」


「……ええまぁ、なんというかよろしくお願いします」


 何回会っても、話すたびに妙にプレッシャーを感じる人だ。


 案の定俺以上に、アイドルさんのオーラにやられている人もいて、受付のお姉さんはぼんやり夢心地である。


 隣でぼんやりしているお姉さんの肩を、俺は叩いた。


「すいません。後確認なんですけど」


「え、あ、はい! やっぱ芸能人ってオーラありますよね! ……サインもらっとけばよかった」


「それはまぁ後で。この大会ってバトルは三十分がタイムリミットでいいんですよね?」


 最後の確認でそう尋ねるとお姉さんはようやく正気に戻って涎を拭いていた。


 そこまでのもんかなぁと俺には理解出来そうになかったが。


「そうですよ。三十分です」


「そうですか。ありがとうございます」


 簡潔にお礼を言って俺もステージへ向かう。


 歩いて行く直前、呼び止めるとまではいかないまでも、お姉さんは軽い口調で尋ねてきた。


「それで――実際勝算はあるんですか?」


 だから俺は答えた。


「やれるだけやってみるだけですよ」



 ……そういえば、俺のイメージは白い卵に眼鏡ってどうなのだろうか?


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