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 なぜ俺はこんなところにきてしまったのだろうか?


 天井では大きなプロペラの様な木製のシーリングファンが回っている。


 斡旋所から強制的に引きずってこられたのは喫茶店だった。


 落ち着いた雰囲気のジャズがかすかに聞こえてくるような隠れ家的お店だったが、俺は借りて来たネコよりさらに落ち着きがない事だろう。


 愛用の眼鏡の下では忙しなく視線が動いていた。


 この喫茶店に引っ張り込んだ謎の女は、俺に何故かメロンソーダを奢り。俺は気休めに液体をストローですすり上げ味に集中する。


「ズズズ……」


 美味しいが……サングラス越しに見つめられては美味しさも半減だろう。


「えっと勢いに負けて奢られてしまいましたが。やっぱり払うので開放してもらえませんか?」


「ダメ。私と一緒にいるだけでもありがたいと思いなさい」


 何を言い出すかと思えば、とんでもない事を言い出す女だ。


 流石に唖然としてしまうが。どぎまぎするとかそんな事はなく衝撃で逆に落ち着いた。


 感想は何言ってんだこいつ、だった。


「……はぁ、ですか。それで? ご要件は?」


「む……妙に冷めすぎじゃない? まぁいいけど……とりあえずそのメロンソーダは私の気持ちだから」


 なんの気持ちなのだろう? 緑のシュワシュワした気持ちを飲み干す俺。


 あっと言う間になくなってしまったメロンソーダが氷の隙間でズズズと音を立てる。


 飲み終えた俺に、女は言った。


「君、登録したばっかりだったんでしょ? 今回のことは本当に申し訳ないと思ってる……思っているけど言わせてもらうから」


「……」


 えっとこの人、顔に見覚えがあるとは思っていたけど、誰だっけ?


 思い出そうとしていたが、この亥慇懃無礼な振る舞いといい、俺と何らかのつながりがあるはずだ。


「なに?」


 あんまり顔を見すぎて、怪訝な顔をされてしまったが、そこでようやく思い出した。


「ああ!……あなた、あの時のアイドルの人! 誰かと思った!」


 そういえばこんな顔してたっけ。


 普通というか怪しい格好していたからわからなかった。ついでにあの時は放心していたので記憶が普通よりも薄らぼんやりしていたことも付け加えておこう。


 俺がポンと手を叩く、すると彼女はテーブルに突っ伏していた。


 しばらくそのまま動かなかったが、プルプル震えながら起き上がると、結構うまかった歌声と全然違う低い声で唸っていたけれど。


「ライラよ。もしかして……今、気がついたわけ?」


「すいません、顔を覚えるのが苦手なもので」


 ああ、そうだライラさん!芸名なのか本名なのか知らないが。あの歌っていた人だった。


 奢ってもらったことだし、今度は顔くらい覚えておこう。あー誘拐でもされたらどうしようかと思った。


 ようやくすっきりして、若干心が軽くなったが、さっきのメロンソーダを一気に飲み干してしまったのが無念だった。


 しかしアイドルの人は気を取り直すと咳払いして、なんだかわけのわからないことを言い始めた。


「そ、そう。まぁいいわ。じゃあ単刀直入に……あなた棄権しなさい」


「やです」


「……え? ちょっと待ってなんて言ったの今?」


「だからー。やです」


 即答したら、しんそこ訳が分からない顔をされた。


 だけどそんな事は割とどうでもいい。問題はさっきの発言である。


「今のは聞かなかったことにしておきますよ。棄権しろって、八百長しろとかそういうことですよね?」


 まったく、とんでもないことを言い出すものだった。


 そこだけは引っかかった俺は彼女の様子を伺いながら目を細める。


 ゲームなんてものは公平でこそなんぼ。それ以外の所で勝負がつくなど本来ならあってはならない。やっていいのはルール違反にならない反則だけである。


 後者はあえて口に出さないのが紳士の嗜みというものだ。


 そう言うと。アイドルさんは逆に眉を潜めて、正気を疑うように俺を見ていた。


「え? 君、勝てると思ってるの? どう考えたって最初から八百長みたいなもんじゃない。私のメンバーはあのゲームの中でも名前が知れ渡ってる凄腕ばかりって知ってるでしょ?」


「まぁそれくらいは」


「貴方は、まともなメンバーはあのおじさんたった一人なのよね?」


「いえいえ、その後モンスターが二匹ほど」


「……勝てると思ってるの?」


「……何回も聞かないでください」


 口惜しい話だがその通りだ。


 強力なアイドルさんに対して俺のパーティは何の知名度も無いおじさんと、その辺でかき集めたモンスターには違いない。


「こんなメンバーが最初から揃うなんて普通ありえないでしょ?」


 アイドルさんは自分のパーティを差してそう言っているのだろうが、それはもうその通り、もちろんわかっていた。


 が――それはそれだけの話でしかない。


「そうでしょうけど、俺の所に強い人が来る確率がなかったなんてことはありませんし」


 もし仮に俺に神がかったラックがあれば、ひょっとするとアイドルさんクラスの大物が三人そろう事もなかったとは言えない。


 要は運の問題だろう。運も実力の内と言うのはゲームでこそ最も使われるべきところだと思う。


 彼女はため息をついて、持っていたバックから三枚のカードみたいなものを取り出した。


 机に並べられたのは三枚の立体ディスプレイだ。


 あ、すごい。俺は一枚だったのに、この格差は納得が行かない。


 立体でカードの上に現れたのはディフォルメされた彼女のメンバーだった。


『どうしたの神様?』


「ちょっとね。大会の対戦相手に挨拶」


『へぇ。例の気の毒な子ね。かわいそうに』


『勝負は時の運だ。めぐり合わせに文句を言っても仕方がないさ』


 俺、ゲームの中でもこんな扱いらしい。


 キャラは三人とも綺麗な女性だった。


 別に同じ顔立ちというわけでもないのに、皆共通する特徴と言えばタイプの違う美人だと言うのだからこう言うところにも不公平を感じてしまう。


 いや、だって俺だってかわいいキャラと冒険したいし。


「いいっすね。美人ばっかり三人って。しかもお強いんでしょう?」


 ついつい言葉尻に嫉妬が滲み出てしまう。だがアイドルさんは予想外の所で不満があったらしい。

「……そういう反応を私と会った時にもしてよ」


「すいません。ホントに興味がないもので」


 しみじみと言うのは若干挑発込だった。強制連行の意趣返しだと思ってほしい。


 これがいけなかったようである。


 アイドルさんは絶望的な顔になり、頭の上に雨雲が出来たんじゃないかってほど落ち込むと、ぶつぶつ何か唱え始めた。


「……いいもんいいもん、わかっているからTVに出てたって私はどうせそんなものよ。所詮人間なんて目が合って鼻があって口があるだけの生き物だものね。しかも毎日人の顔なんて変わっちゃうのよ、むくんだり、ハリがなくなったりはれたり……目の位置とか数ミリずれただけだって印象変わるもん。毎日見てるから知ってるもん。誰だコイツって思うことなんてしょっちゅうだもん」


 あ、凹んだ。ちょっと攻撃的に出過ぎた様だ。


 しかもなんだかネガティブなモードに入った。


「……すいません。ホントはあなたにも興味あります。芸能人とお話できて緊張しているんです」


「ふん、取って付けなくてもいいもん」


 あ、この人なんだかめんどくさい。


 俺はとりあえず本題を思い出してもらう事に決めた。


「えっとですね? それで何の話でしたっけ?」


 気の利かないフリだが、俺だって慌てたのだ。たださっきのお世辞は全然効果がないなんてこともないみたいである。


 若干回復していたアイドルさんが正気を取り戻すにはこのふりでも十分だったみたいだ。


 自分の額を右手の人差し指で二回叩いてアイドルさんは機嫌が悪そうに話を戻した。


「とにかく……呼び出したのはなんだか利用したみたいになったことを私が謝りたかっただけ!」


 彼女は最後まで言い切る前に視線を逸らす。なんだか照れているらしい。


「ああ、そういうことなら心配しなくていいですよ。負け前提で戦うつもりはないんで」


「どういうこと?」


 キョトンとするアイドルさんだが、当たり前だろう。


「勝つつもりで戦おうかなって。おかしいですか?」


 しっかりアイドルさんの目を見て言い切った台詞は、俺なりの宣戦布告だった。


 やる以上は手心を加えるつもりはない。


 相手が誰であろうともというこちらの意図は、彼女の表情の変化を見ればきちんと伝わった事はわかった。


 さっきまでの罪悪感が多少漂う態度は消えうせ、どちらかと言えば女王様の様な気位が見え隠れする勝気な表情だ。


「へぇー……。いいえ、おかしくないわ。全然全く」


「でしょ?」


 随分と面白そうに彼女は笑っていた。


 俺を見る目は、陰鬱としたものではなく、熱が籠ったような強気の眼差しだった。


 俺としてもどうせ向けられなら、今の目の方がいくらかましだ。少なくてもゲームの対戦前に向けられる視線としてはこちらの方が正しいだろう。


「なんにせよ。大人の事情とかネットの評判とか、あんまり興味がないので。どうせあんまり注目もされないでしょう」


 一回戦でランキングにも載っていない相手との対戦なんてそんな試合。と別に続ける必要もないかと省略。


 しかしその時アイドルさんの瞳の灯し火は業火に変わったように思う。


 コメカミに青筋を立て、アイドルさんは立ち上がると伝票を荒々しく取って俺の脇をすり抜けてゆく。


「そうね……アイドル相手に逃げた挑戦者より、アイドル相手に負けた挑戦者の方が、まだマシなのかな?」


「どっちでも同じでしょう。出来る事ならアイドルに完勝した挑戦者になりたいもんです」


 こっちにも意地というものがある。


 噛ませ犬でも犬は犬。追い詰められた時くらい最後の一噛みと行きたいものだ。


「……決めた。私も全力でぶっ潰すから」


 アイドルさんは不敵に笑い、去り際にそんなことを言い残されては、肝が縮み上がる思いだ。


 一人喫茶店のテーブルの取り残された俺はもうなくなってしまったメロンソーダを微かに甘い氷水目当てに啜り上げる。


 女難は去った。


 俺は腹の底にたまった重い空気をようやく吐き出すことに成功した。


「あー怖かった。……さてどうするかな?」


 自分の方の椅子にこっそりつけておいた携帯ディスプレイに話しかけると、ケビンおじさんは妙に楽しげである。


『いえいえ、堂々としたものでしたよ? こう言うの向いているのでは?』


「冗談。もう二度と御免だね。しかしけっこう負けず嫌いな人だという事はわかった。あとちょっとめんどくさい」


 

『ほっほっほ。火をつけてしまったようでしたなぁ。ただでさえ勝率は低そうですのによくやります』


「だよねぇ。別にそういうつもりはなかったんだけどなぁ。……結果的にそうなってしまっただけで」


『そうですか? ですがそれもよろしいでしょうな』


「まぁねぇ」


 難しいものだ、会話というやつは。


 でもこれで、本気で勝ちに行くのは俺の中で確定的となっている。


 ゲームをやるなら、同じくらいのテンションでやらないと楽しさにつながらない。


 これでやっと気分的にも同じくらいだろう。


『本格的に勝ちに行くとしますと……やはりまたメンバー探しをするのが賢明ですかね?』


 そこでこんなことを言い出すおじさんの気持ちもわかるが、俺にはそれが賢明だとも思えなかった。


 俺は考えた、考えて。出した結論は……。


「決めた……もうメンバー探しは止める」


『本気ですか?』


 驚いている声色のおじさんに、腹を決めた俺は言い切った。


「ああ本気だとも。こうなったら今あるもので勝つ方法を考える。それが自由度が高いって事じゃないか?」


『自由とは言っても自ずと限度はあると思いますがね。この絶望的な差を貴方は何で埋め合わせますか?』


 試すようなそんな声。ゲームキャラ風情がよく言ったものである。


 俺は苦々しく思いながら若干トーンを落として言う。


「まぁそりゃぁ……姑息にいくしかないわな」


「それはそれは。もう少し穏やかに言ってくれると、こちらとしても気分よく姑息に出来るのですがね」


「おや? 姑息に行くのは嫌いですか?」


「いえ、大好きですよ?」


 それは結構おおいに捗る。


 ただし時間はあまりない。


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