12
対戦のルールはアクセス後、ランダムに対戦相手が割り振られるフリーモードと、ゲーム内での知り合いと対戦出来るアクセスモードの二種類が存在した。
今回は知り合いもいないのでフリーモードという事になる。
待つこと数秒、画面に対戦相手の情報が現れた。対戦相手のハンドルネームと、パーティ構成一覧である。
今回の相手はあああああさん。ずいぶん適当な名前だった。
「あああああって、こう言うのもありなんですね。相手は戦士二人と魔法使い一人?」
『名前もパーティもとてもスタンダードな構成ですね。練習相手にはいいと思いますよ?』
「スタンダード?」
『ええ。え? そう思いません? この名前とか特に?』
「……まぁ最初だし。どんなもんか見るという事で。それじゃぁよろしくお願いしますと」
『え!? 思いませんかね!?』
耳元で受付のお姉さんの声が響くが、最後はあえて無視である。
最初の相手としては中々いい相手を引いたようだ。
画面に派手な演出でお互いの名前が流れ、オンライン対戦はスタートする。
光の粒子が画面いっぱいに広がり、バトルフィールドを形成、眼前に広がる実写のようなバトルステージはマウントディスプレイの映像とサウンドで、その場にいる様な臨場感である。
画面の向こうに歓声に沸き立つスタジアムが現れば戦闘開始だ。
バトルフィールドは闘技場。乾いた砂が舞い、NPCのキャラクターが声援を送るフィールドにはすでに俺のパーティがスタンバイしていた。
「これが、神々の遊戯と言ったところですか。噂程度でしたが、面白いものです」
おじさんは腰にレイピアを差し、軽装の皮鎧を付けて戦場に立っている。スケルトンはぼろ布一枚にぼろぼろの剣。スライムは緑一色でいつも通りだ。
こうやって見ると悪の軍団そのものだった。
『ネット対戦は勝者にはゲーム内でお金として使えるポイントが加算されます。負けてもペナルティは特にありませんが、公式設定で勝率が変動します』
おじさんと受付のお姉さんの声に俺は軽く頷くことで応えた。
対戦と言うが俺自身、操作というほどの難しいことはする必要はない。
俺はアイテムボックスのウインドウを開く。
悲しいくらいに何も入っていないウィンドウは、俺の内心の頼りなさをそのまま表示したようだ。
残念な情報は口に出さず、俺はキャラ達に話しかけた。
「そんじゃあ、どんな感じなのか見たいから気楽に行こう」
「ええそれでは、アイテムの使用はお任せするということで」
「まぁあればね」
「ははは。そうでしたな」
スケルトンとスライムは言葉を話せないが、しかし確かに自我のようなものはあるようで、スケルトンは自らを鼓舞するように剣を掲げ、スライムは伸び縮みしてやる気を出しているみたいである。
おじさんの軽口に励まされつつ、俺は初対戦に臨む。
だがやる気満々のキャラクター達をよそに俺は不安でいっぱいだった。
このゲームにおいてプレイヤーの役割はタイミングを見計らったアイテムの使用と作戦指示である。つまり今回俺は片手を使っていない状態でプレイしているのと変わりない。
『それでは、貴方のアイテムボックスに回復薬を二つ入れておきますので使ってみてください』
「あ、どうも」
ありがたいお姉さんのナビに返事はするが、こちらの事情なんて、向こうさんには全く関係ない。
こちらが指示を出す前に相手が動いた。
「さてやろうか!」
「今回は楽そうだな!」
真っすぐにこちらに斬りかかってくるのは戦士二人だった。
後ろのでっかい帽子をかぶった魔法使いは杖を持って後ろで構えている。
武器を携え大きな大剣を振りかぶる彼らはなかなか強そうだ。
「迎えうて!」
「言われずとも!」
そんな彼らを俺の号令でスケルトンとおじさんは迎え撃つ。
ガキンと思い剣戟の音が響き渡って、耳をつんざいた。
思った以上の臨場感だ。
俺は存分に空気を堪能しつつ戦いを見守るが、これはどうした事だろう。
「お?」
思わず声を上げる。
俺は若い戦士二人に拮抗して見せる二人に、目を見張った。
ひょっとしたら一撃で終わってしまうんじゃないかと思ったが、幸いそんな事はなかったようだ。
剣をきっちり受け止めたおじさんとスケルトンを見て、結構やるんじゃないかと拳を握った。
だが相手はそんな結果に不満のようだった。
「こんな雑魚相手にもたもたしてらんねぇ! おい! 畳み掛けんぞ!」
「おう!」
敵は声をかけ合い、攻撃の回転を上げてきた。
見るからにさっきまでより速い。踏み込みも深く、次々襲い掛かってくる剣はほぼフルスイングにもかかわらず。お互いに邪魔し合っていない。
リアルな風切り音がするたびに、ぞっとするような剣戟がおじさん達のそばを通り過ぎる。
見ている俺は気が気ではない。だが彼らの攻撃を防御に徹するおじさんとスケルトンは粘り強く防いで見せた。
おじさんの動きはすごく少なく、敵の豪快な攻撃を受け流しているように見える。
だだ、数度打ち合ったところでスケルトンの方に異変が起きた。
「どうしたんだ?」
一回二回と攻撃を受けるたびに動きが悪くなってきたのだ。
それは強度の問題か、そもそもどんなふうに筋肉もなしにパーツがつながっているのかすら知らないわけだが、その細い体は見た目通り耐久度に欠けるらしい。
「アイテムを使うならここだろう」
『あ、ちょっと待って……』
止める声はかすかに聞こえたがもう遅かった。ダメージがあるのなら回復すればいいと安易にアイテムボックスを開き、二つあった回復薬の内、一つのアイコンをタッチする。
しかし投入されたアイテムは、戦っている真っ最中であるスケルトンの目の前にガラス瓶に入った形で表れて、そのまま床に落ちて割れた。
「げ!」
『ああ……だから待ってって言ったのに。アイテムは使用すると、使ったキャラクターの目の前に現れます。回復薬の場合は受け取ってふたを開けて使わないと意味がないんです』
「って事は、ちゃんと受け取る隙までないと意味がないって事ですか」
『はい、そうなりますね』
また無駄な所でリアルだ。
回復を失敗したスケルトンは奮闘するも、それでもだんだんと圧倒され―――。
「!」
「もらった!」
戦士の一際重い打ち下ろしを剣で受け止めた拍子にバランスを崩す。
そしてガツンと強い一撃を喰らって、スケルトンの骨の身体は砕け散った。
「スケルトン!」
ばらばらになる人骨パーツが中々シュールだった。
頭がい骨だけになった頭がカタカタまだ歯を鳴らしていたが、止めを刺されてHPはゼロを刻んだ。
「くっ!」
しかしそこですかさずスライムがやってやった。
なんとスケルトンが砕けた背後からその隙をついて飛び出したのだ。
おおすごいぞスライム!
スライムは予想外の俊敏さだった。
今までスケルトンに集中していたせいで反応が遅れた戦士の一人は、もろにベチョリと顔面にスライムの直撃を受けた。
「ぐあああ!!」
スライムを顔面に貼り付けた戦士の悲鳴が響く。
青く光るエフェクトでダメージが表現されるが、それでもフォローできないくらいに痛そうだ。
「クソ!」
傍らのもう一人の戦士すら苦い顔をして毒づいている。
これはスライムの酸は予想以上に強い物らしい。
「うわぁ……こりゃ人気ないはずだわ」
まるで冗談のように煙を噴き、ドロドロと増殖しながら相手を包んでいくスライムは、自分の味方なのに驚異的な気持ちの悪さだった。
俺が呟くと、おじさんは笑う。
「味方にそれはあんまりなお言葉ですよ!」
「いや……でも攻撃力は申し分ない。引っぺがそうとしても引っぺがせないみたいだし」
実際手で引きはがそうとすると、その手がさらにダメージを受けると言う絶望的な光景を見れば、この感想も仕方がなくないだろうか?
触っても手が溶けるとなれば対処のしようがない。戦士は青いエフェクトで光の塊みたいになっているし。
慌てた魔法使いが魔法の詠唱を中断する。そして恐らくは相手プレイヤーが使ったらしいアイテムが宙に現れ、魔法使いが手にとって投げつけて来た。
「これを!」
俺は勢いよくスライム目がけて投げられるアイテムに、いやな予感がした。
装備品以外のアイテム使用はプレイヤー依存だ、タイミングは俺が勉強しなくてはいけないところである。
飛んでくる蓋の空いた瓶に気が付いたスライムも、それはもう慌てて敵から飛び退いていたからよっぽど嫌なのだろう。
スライムは触れる前に逃げたはずだったが、スライムに襲われた敵の戦士の頭に聖水瓶が直撃した。
だが頭に弾かれた瓶はクルリと一回転して……数滴。たった数滴、スライムの身体に降りかかっていて――。
「ピイイイイイイ!」
「なんですと!」
とたんスライムの全身がざわつき、電子レンジに突っ込んだ水溶き片栗粉のごとく踊りだす。
「おおふっ! 効果は抜群すぎるだろう!」
本当に驚くほどのスピードでスライムは揚げ物をしている油のように泡が弾けて消えてゆく。
喉の奥から変な声が出た。
「回復薬!」
慌てて最後の回復薬を使ってみたが、一瞬消えた体が戻ったものの、コロンと転がるビー玉のような本体が地面に転がると、スライムのHPがゼロになった。
「ス、スライム……結構いけると思ったんだけどなぁ」
弱いとは聞いていたが……ここまでの効果だとは笑えない。
あの妙にえぐい攻撃方法は武器になると確信していたのに、この耐久力のなさはどうにかしないとまずい。
だが成果もあったらしい。スライムが襲っていた戦士もまた顔面が青い光に包まれて、戦闘不能になっている。スライムは健闘してくれたようだった。
これで一対二。しかし俄然勢いづいた対戦相手に、俺は負けを覚悟した。
「へへへ、最後だな。ちょっと油断したな」
「残りは老いぼれ戦士一人。こっちは二人。終わりだな」
なんか柄の悪い連中だ。
相手が減って余裕が出来た戦士は距離を詰めて一気に勝負を決める気のようだった。
「降参するか……」
試しであるならこれ以上戦う必要はない。
無駄に痛い思いをしてもらう事もないだろう。
俺は呟くように言う。だがおじさんはさっと手を挙げて俺を見ていた。
咄嗟に意図が読めなかったが、おじさんは言う。
「判断が早いのもいいですが……そう早まる物ではありません。私の値踏みもまだでしょう?」
「え?」
おじさんは迫る刃をレイピアで軽くいなし、体を深く落とす。
何が起こっているかも把握できない一瞬で、軽々と飛んでゆく戦士を俺は呆然と見ていた。
鎧が弾け、尻餅をついている戦士。
面喰っている相手を愉快そうに見下ろすおじさんは細身の剣を素早く振り回し、正面に祈るように構えた。
「我が剣は……誓いと共にある」
ただしおじさんの目を見ればそれが祈るというには少々物騒なことを考えているのは良くわかった。
「あなた方も武器を手にして相対すなら、もう少し気合を入れてくれませんとね」
様変わりしたおじさんの雰囲気に、敵の戦士ですら気圧されていた。
「さて、ここからちょっと本気で行かせてもらいましょうか」
体勢を低く構え、いかにも強そうなおじさんを見て俺は思った。
これは……ひょっとしてとんでもない当たりを引いたんじゃないか?
期待していなかった分、希望が膨れあって、思わず俺は叫んでいた。
「よっしゃ! かっこいいぞおじさん!」
「でしょう? もっと褒めてやってください。たとえ美女でなくとも嬉しいものなのでね!」
軽口も冴え、剣を閃かせ敵に駆けだすおじさんの背中は、何より頼もしかったのは間違いなかった。
「……で、あれだけかっこよく啖呵切って、もったのが三分って……」
勝負は優勢に運んでいたはず……だった。なのに俺の画面には燦然と「負け」の文字が輝いていた。
おじさんはものすごく強かった。しかし調子に乗って鎧と武器破壊が終わった三分後、失速したが。
「いやぁあっはっは。私もなんだかんだ言って年ですからなぁ! 若い方々と持久力を比べられてもそんなに持ちませんのでね!」
「……」
「面目ない」
守りに入った戦士は固く、体力切れのおじさんは攻めきれなかった。
そしてそのまま後衛の魔法使いに一撃。
そんな俺達の負けっぷりを見て、受け付けのお姉さんは悪い所を指摘してくれる。
『後衛を先に叩きたい所ですねー。基本的に魔法の攻撃は強力ですから。杖を破壊すると魔法の詠唱スピードも威力も激減しますよ? これ豆知識ですね』
「……へー」
受付のお姉さんの解説を聞きながら、俺は負けの苦汁を味わった。