勝機は前に
「真銘解放か!鬱陶しい真似しやがって!」
アリスの真銘解放により、一転して防勢にまわったオルガは悪態をつきながら2人の攻撃を凌ぐ。
しかし、その声音にはまだまだ余裕があった。
一方、アリス達は攻勢にまわったにも関わらず、余裕となった様子がみられない。
「このっ!」
ー キィイイイイン! ー
「はぁっ!」
「遅え!」
ー ガキィイイイイ! ー
「ぐっ!?」
何度目かになるアリスの斬撃に対し、フランベルジュを打ち合わせてアリスの剣を弾くと、背後から迫る優太へ向けて、弾いた勢いのまま回転して横薙ぎを放つ。
オルガの剣を盾で受け止めた優太は、衝撃を殺しきれずに3、4歩後退し、完全に攻撃を止められてしまった。
間髪入れず、アリスは地面から氷柱を突き立て追い打ちを掛けるが、それも紙一重で避けてしまう。
氷姫の祝福を発動させても決定打を与える事ができず、アリスの表情には焦りがみえ始める。
真銘解放は強力ゆえに制御も難しく、魔力消費も激しい。
このままでは、街全体が凍ってしまうか、アリスの魔力が尽き、鎧が強制解除されて無防備になってしまう。
そうなれば、待ち受けるは絶望の未来しかない。
そこへ援軍が到着し、アリスの隣に並んだ。
同じくして主人の劣勢をみたゲドが、足を引きずりながらもオルガの元へと舞い戻る。
「雪華狼に真銘解放・・・面倒くせえが、こんなもんか。」
3対2となった不利な状況の上、魔獣は手負い。
それでもオルガは余裕の態度を崩さなかった。
不審がるアリスにオルガは嘲り笑いながら種明かしをする。
「忘れたのか王女もどき。聖獣と魔獣は対極にいるんだぜ?
まさか真銘解放が聖約武器だけの特権だと思ってねえだろうな?」
「っ!まずい!」
オルガの言葉の意味をアリスが察して驚愕するよりも早く、リリと優太は動いた。
リリは持ち前の脚力を活かし、優太は鎧の加護を受けそれぞれ別角度からオルガに迫る。
それでも
リリはゲドによって阻まれ、優太はーー
「命をくべよ。」
オルガが言葉を発した瞬間に巻き起こった黒炎の渦によって阻まれた。
そして、立ち込める熱気により氷に閉ざされた大地が溶かされる中、その時は訪れた。
「炎獄の暴君!」
オルガの持つ大剣の真銘解放と共に、彼の周囲の温度は急激に上がり、大地は融解し空気中には陽炎が揺らめく。
「俺は炎でお前らは氷だ。相性は・・・分かるよなあ!」
彼の大剣には既に氷が存在しなかった。それどころか黒鋼の刀身さえも存在していない。
刀身はゲドの尾のように揺らめく黒炎となり、オルガはアリスへ向けて大剣を振り下ろす。
ー ゴォオオオオウ! ー
轟音を伴って一直線に走る炎は槍となり、線上に存在するもの全てを焼き尽くしながらアリスへ迫った。
「くっ!」
彼女は間一髪避けたが、炎はそのまま十数メートル先にあった大木まで達し、ものの数秒で灰へと変貌させた。
アリスは瞬時に体勢を立て直したが、2撃、3撃と続けざまに炎の槍を放たれ、接近する事も許されない。
一方、リリはゲドの攻撃を掻い潜り、オルガを叩こうと試みたが、凍てつく大地から灼熱の戦場へと変貌した事で、黒炎猟犬は勢いを取り戻し、逆に雪華狼の魔法の威力が弱まってしまい、再び両者は拮抗状態に陥った。
真銘解放の制限時間が刻一刻と迫る。
この時、オルガにとって既に優太は眼中にないらしく、アリスとリリに注意を向けていた。
敵の意識外にいる優太は、最初で最後の機会と捉え、全力の突撃を仕掛ける。
失敗すれば、その時点で敗北決定となる、文字通りアリス陣営の命運を賭けた一撃。
(身体が震える・・・)
優太はその重圧に押し潰されそうになるが、主の言葉を思い出し実行する。
ー 目を閉じて、ゆっくり息を吸うのじゃ。 ー
ー 一旦止めて。はい。ゆっくり吐いて。 ー
目を開けた時、既に身体の震えは止まっていた。
優太は盾を前面に構え、剣を右腰の後ろへ引く。
続いて、右足を引き下げ、腰を落とし重心を前に傾ける。
最後に右足に力を込め、そしてーー
ー ドォン! ー
身体強化の魔法を最大限に引き出し、優太は突撃を開始した。
全力の突撃は、踏み込んだ地面を抉り、音さえ置き去りにしてオルガに迫る。
オルガまであと3歩。
ようやく彼は気付くが既に対応できる距離ではなかった。
優太はオルガとの衝突に備えて右腰に溜めていた剣を前方へ突き出す。
だが、優太はオルガを意識し過ぎたばかりに、彼の突撃を阻むものが他にいる事を失念していた。
偶然か、主への忠誠か、それとも猟犬の本能か、何にせよオルガにとっては幸運である。
手負いの魔獣は聖獣との戦いの中、不審な動きをする者を見つけ、主を守る為に魔法を行使した。
優太が剣を前方に突き出すのとほぼ同時に、彼の目前に突如として三枚の厚い炎壁が出現した。
魔界の黒炎で作り上げられた壁は、たとえ知能ある鎧を装着していたとしても、無事に突破できる保証はない。
それでも優太は突撃を止めない。
否。
止められなかった。
アリス陣営の未来がかかっているのだから。
ー ゴォオウ! ー
1つ目の黒壁を強引に突破すると、鎧が機能部損傷の警報を鳴らす。
突き出した剣の刀身は半分ほど融解し、盾に至っては原型を留めていない程、溶け落ちていた。
残り2歩。
ー ゴォオオオ! ー
2つ目の黒壁も無理やり突破する。
鎧の警報は更に増し、3つ目の壁の突破中には間違いなく強制解除が行われる状態であった。
剣には刀身が残っておらず、盾は全壊し左腕には何も装着していない。
既に武器はなく、鎧も半壊状態。
それでも彼は突撃を止めない。
突撃が叶わない今、少しでもオルガ達の注意を引き付け、アリス達の攻撃もしくは撤退の時間を作る為に。
残り1歩。
3つ目の壁。
覚悟を決めている為か、優太の心は落ち着いていた。
だが
ここで信じられない出来事が起きる。
ー 大丈夫だよ、パパ。 ー
鎧内に警報が鳴り響く中、少女の声が交ざって聞こた。
そして、次の瞬間ーー
ー ゴォオオオウ! ー
暴風が吹き荒れ目前の炎壁を吹き消した。
「っ!」
「なっ!?」
これには優太自身も驚いたが、困惑する暇もなく、眼前に黒鎧姿のオルガが迫る。
優太は無我夢中で、右手に構えた剣の柄先を、驚愕して身体を膠着させている敵の横腹に抉り立てた。
ー ガキィイイイイン! ー
無防備な状態で全力の突撃を受けたオルガは、衝撃でくの時に折れたまま吹き飛び、数回バウンドした後、数メートル転がった先の木に衝突してようやく止まった。
「はあっ、はあ・・・ぜえ、っ!?しまっ!?」
優太がオルガの状態を確認するよりも早くゲドが動き、オルガと自身を守るように周囲に炎の壁を作る。
簡易的な炎壁であった為、すぐに消え去ったが既にその場にオルガとゲドの姿はいなかった。
「くっ、逃げられた・・・」
優太は凄惨極まる戦場で、悔しさを滲ませ唇を噛む。
しばらくして、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「優太ぁーっ!」
声のする方を向くと、真銘を再び封印し、鎧姿も解除したアリスがリリに支えられながら歩いてくるのが見える。
「終わった・・・のか。」
彼女達の姿を確認した優太は、オルガとの戦闘が終了した事を実感する。
少しの時間を用して気持ちを切り替えた優太は、仲間が誰1人として死なずに済んだ事に対し、安堵のため息をついた。
そして、彼もアリスにならい、鎧姿を解除する。
「あっ!?待つのじゃーー」
ー ゴキゴキ!バキ!ゴキッ! ー
「!!!?!?っ」
アリスは慌てて制止しようとしたが、時既に遅し。
優太は全身の筋肉が軋みをあげる音を聞きながら、意識を手放し夢の世界へと旅立っていった。




