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食堂の事情。  作者: ぐも
5/14

その5 魚釣りの計画。

 夢見が良かろうが悪かろうが、仕事は仕事だ。ナノハナは下ごしらえ、調理、配膳、皿洗いとこなし、食事の時間も惜しんで掃除までこなし、混雑を乗り切る。


 そうして閉店時間にリョクが来る。


「こんばんは、ケツ揉まれ准尉」


 つとめて明るく呼びかけたナノハナに、リョクは、心配そうな顔でやって来たリョクは、怒りと羞恥に顔を真っ赤にして俯いた。ははは、とナノハナは笑ってイモの大箱を叩く。

 見た目は綺麗な男の子だが、中身は純情な乙女である。それがおかしい。


「じっ、自分はっ」

 リョクが肩を震わせ声を絞り出す。ナノハナはニヤニヤと笑っていた。黙って、何を言うのかを待つ。


「自分はっ! 若い女性がそういう言い方をするのはっ! どうかと思います!」


 肩で息をして、真っ赤になってそんなことを言う。存外硬派な物言いに、ナノハナは少しばかり驚きもしたが、リョクの目尻に光るものに気付くと、流石に気が咎めた。素直に謝罪する。


「ごめんなさい」

「わ、わかってくだされば良いのです!

 イモを剥きますか」

「はい。これを全部」

 言うと、リョクがその量に青くなった。が、すぐに頷く。


「わかりました」

 そう言って黙々とイモを剥き始める。


 向上心は素晴らしいと、ナノハナも認める。文句も言わず、淡々とイモを剥き続けるだろう。なるべくリョクと関わらないで仕事がしたかったので、有難いくらいだ。

 ナノハナは昨日よりもずっと長い時間をリョクと離れて過ごしたが、昨日よりもイモが多かったにも関わらず、同じような時間で皮剥きは終わった。やはり物覚えが良い。うらやましい、とナノハナは舌を巻く。


「師匠、一つ聞いても良いでしょうか?」

「なんですか?」

「どれくらいイモを剥いたら、魚を捌けますか?」


 どうしてこうも拘るかな、とナノハナは心中で苦笑する。が、リョクは極めて真剣だ。ナノハナは返答に困る。


 正直なところ、ナノハナがリョクに魚を捌くことを教えるのは難しかった。技術的な問題ではなく、時間帯の問題なのだ。リョクは訓練の終わった夕食後の時間に食堂に来るのだが、魚は夕食のメインで出すことが多いため、昼食後に準備することが殆どなのだ。そして、林檎と違って魚に余分はない。リョクを可愛がっている同僚たちは、リョクのために一尾残しておくことを大目に見てくれそうではあったが、レンゲはいい顔をしないのではないか、とナノハナは考えていた。


 ナノハナが返答に困っていると、厨房から同僚たちが出てきてナノハナの周囲に立った。

 ナノハナの女の勘が、逃げろと叫んだ。が、年功を積んだ女性陣はごく自然にナノハナを取り囲んだ。彼女らはただ立っているだけだ。威圧してもいない。

 ただ、とても人の良さそうな表情で、人懐っこい雰囲気で、人を窮地に叩き込む――女性ならではの牽制に、ナノハナは負けた。


「ねえ准尉殿、次の休みって何時ですか?」

「……今が、休暇のようなものです」

 リョクが固い声音で答えるが、中年女性たちには問題とならない。

「准尉殿、釣のご経験は?」

「実は釣り具貸しをしている親戚がいて、凍る前に客サ連れて来って言われちゃっててねぇ?」

「それで准尉殿、ご自分で釣った魚を捌くのはどうです?」

「鮭とか美味しいですヨー」

「なっちゃんと一緒なら、捌き方教えてくれますヨー?」


「できますか?」


 やめろ乗り気になるな、とリョクを注意したいところだが、同僚たちの楽しそうな顔がそれを許さない。何時が休暇なの、とリョクの予定が確認される。


「明明後日辺りなら外出も……」

「まあ! なっちゃんもその日がお休みよ!」


 違う、私の休みは明後日だ、という反論は許されなかった。


「じゃあ決まりね! 明明後日の朝七時に正門駅ね!」

 こうして、ナノハナが一度も会話に参加出来ないうちに、休暇が変更された。




   ○


 ナノハナとスズシロは、三つちがいの姉弟だ。

 小さかった頃のスズシロは、よくナノハナの後ろをついて歩いてきた。成長するに従って、スズシロは一人で、或いは悪友たちと出かけることが多くなり、ナノハナもスズシロを構わなくなっていた。


 ナノハナが十六の時に、両親が揃って交通事故で死んでしまった。ナノハナとスズシロは二人きりの家族になってしまった。ナノハナもスズシロも、二人で泣きに泣いた。

 すでにナノハナは南部基地勤務中であり、スズシロも歩兵科の訓練生であったので、二人で過ごす時間は短かった。更に訓練校の学生には軍からの補助金が出るため、ナノハナがスズシロの面倒を見る必要もそう無かった。

 それでも、姉のナノハナは弟の面倒を見なければという気負いもあったし、弟のスズシロには姉に面倒をかけず早く自立したいという焦りがあった。二人で過ごす時間が少なかったことの不幸は、互いの気持ちのすれ違いに現れることになった。


 帝国は今なお続く西征のまっただ中にあり、その煽りで東部戦線も激化していた。前線である帝国南部と東部地域の境界においても、西部戦線同様に兵力は不足していた。帝国においては十五才の年齢制限が絶対であったが、西部戦線は志願によって一才引き下げられており、遅れて東部戦線でも引き下げが行われていた。


 スズシロは十四で東部戦線に志願した。


「前線、って言っても、実戦に投入されるわけじゃないしさぁ」


 そうスズシロは笑っていたし、確かに十四では戦闘に出されることもなかった。後方での雑用が殆どだったのだ。心配するナノハナの所にケロリとした顔で帰ってきては、射撃訓練で大尉に褒められただとか、憧れの野戦隊を見かけただの、馬鹿みたいに笑って話していた。

 黄昏時にも帰ってこないかと思えば、夜中に帰ってきては興奮に目を輝かせ、泥だらけのままその日の冒険を語った子供の頃と同じであった。

 違いと言えば、それを叱る母と笑っている父の不在と、鼻で笑っていたナノハナが話を聞いてやるようになったことだった。


 五回、スズシロは戦線からナノハナの前に帰ってきた。

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