忘却
「…そうだったんですか。」
彼は少し驚いた顔で言った。
「じゃあ、貴女には感謝しなければいけませんね。えっと、ありがとうございました。」
「いや、別にお礼を言うことじゃない。私がしたいからしただけだ。」
そう、私がしたかった。
ただそれだけ…。
我が儘を言って無理やりしただけ…。
「はっ!時間が…。急いでご飯を食べるぞ!」
「えっ?ちょっ…。」
無理やりお姫様だっこをして、椅子に座らせる。
「そこで待っていてくれ!すぐ作る。」
「は、はい…。」
「それじゃあ、いただきます。」
「い、いただきます。」
彼は箸を取り、食べようとするが…。
すぐ手から落ちた。
「「あっ…。」」
そうだった。
手に握力がなかったんだった…。
「す、すまない。」
「す、すいません。」
二人同時に言う。
さらに気まずくなる…。
こんなことを忘れてしまうなんて…。
私のバカ!
「あの、どうやって食べればいいんでしょう?」
「ど、どうする…。」
本当にどうしようか…。
口移しなんて彼は嫌がるだろうし…。
それにそういう行為が彼の記憶を蘇らせれば…。
……想像もしたくない。
「あの、僕が植物人間状態だった時、どうやって食事してたんですか?」
そ、それは今、言いたくないんだが…。
…仕方ないか。
「く…。」
「く?」
「口移し…。」
は、恥ずかしい!
たぶん私の顔は真っ赤だろう…。
気になってチラリと彼を見る。
目を見開いて、彼も真っ赤になっていた…。
か、可愛い…。
感想などお待ちしております。