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消したい過去はありませんか? 捨てたい過去はありませんか? 

作者: hidane

むかしむかしあるところに、男の子同士が絡み合っている薄い本の即売会で、

ダンボールを抱えて

「消したい過去はありませんかー! 捨てたい過去はありませんかー!」

と叫んでいたお姉さんがいたそうです。

ダンボールには『萌えないゴミ』と書いてあったそうです。

その話を聞いて何か書こうと思ったら、危ない兄ちゃんの話になってしまいました。


こんなに苦しいのならば……こんなに悲しいのならば……愛などいらぬ!

消したい過去はありませんか? 捨てたい過去はありませんか?



 妹が、車に轢き殺されてから、一ヶ月がたった。

 十四も年下の妹だった。まだ幼稚園生だった。

 公園まで先生の後ろを行列を作って歩いている所に、飲酒運転のバイクが突っ込んできたのだった。


 朝、水色のスモックを一人で一生懸命着たり、昼、庭で泥団子を作ったり、夜、リビングで覚えたばかりの歌を披露する姿は、永遠に見られなくなってしまった。

 父親は、前にもまして無口になった。母親は、おもちゃと花を供えた仏壇に、暇さえあれば手を合わせていた。

 ……俺は、二階に上がれなくなった。

 水色のスモックが、そこに掛けてあるからだ。

 一階をうろついて日々を過ごしていたが、そのうち、仏壇も見ることが出来なくなった。

 だって、置いてあるんだ。『ゆか』と名前の入った、黄色い帽子が。肩掛け鞄が。

 仏壇から一番遠い、玄関のほうに行った。

 靴棚の上には、由佳が幼稚園で粘土で作った、短い首のきりんさんが置いてあった。たしか、紙粘土を触った手で顔をこするものだから、ほっぺに白い筋を何本も付けていた。

 玄関にもいられなくなり、リビングのほうに行った。

 テレビの下の棚に、ディフォルメされた動物のシールが張ってあるビデオが置いてあった。由佳は、よくこの動物のアニメにあわせて、部屋の真ん中で踊っていた。

 リビングにも居場所を見つけられず、廊下に出た。ふらふらと歩いて、縁側に崩れるように座り込んだ。

 あっちこっち草が伸び放題の庭が見渡せる。

 荒れ果てた庭だが、幼稚園児にとってはどんなところでも楽しかったのだろう。足を踏み入れると飛ぶバッタを見て声を上げて笑っていた。あり雅号列を作ってどこかへ行くのを、四つんばいになって追っていた。

 夏、もっと草が青々としていたころには、水撒きするついでにちょっとホースの先を向けたら、きゃあきゃあ言って逃げた。

 …………今だって、あちこちから聞こえるコオロギの声を追いかけて、その辺の茂みにもぐりこんでいるんじゃないだろうか。

 立ち上がって、裸足で庭に下りた。ススキの飛び出した茂みを掻き分けてみる。虫の声が、一瞬とぎれる。

 今度は、うちで唯一まともな植え込みの、ツツジの中を覗き込んでみた。クモが巣を張っているだけだった。

 軒下を見ようとしたところで、やっと自分が今何をやっているかに気づいた。

「バカか、俺は……」

 その場にへたり込む。足はどこか切ったらしく、地面は冷たかったが、立ち上がる力はなかった。


 ここにいるわけがないんだ。由佳は。

 もし、いる、と言える場所があるとするならば、それはじいちゃんばあちゃんの墓がある霊園の土の中なのだ。

 もう二度と、あの甘ったるい舌足らずの声が庭から聞こえることはないんだ…………。


「…………ませんかー?」

 その時、舌っ足らずの子供の声がした。

「……ありませんかー?」

 遠くへ呼びかけるような声。

 さくり、と草を踏む音がした。目を上げると、靴下裸足の小さな足が見えた。

 ――――由佳?

 がばっと顔を上げた。

 ……由佳ではなかった。どこから入ってきたのか、小さな子供が、両手に段ボール箱を抱えて立っていた。

「消したいかこはありませんかー?」

 その子供は、小首をかしげ、俺の目を覗き込むようにしてこう言った。

「…………?」

 なんだか訳が分からず、しばらく目を瞬かせていたが、やがて我に返った。

「……こら、どっから入ってきたんだ。人んちに黙って入ってきちゃダメだよ」

 見覚えがある子じゃない。由佳の友達ってわけじゃなさそうだ。近所の子が迷い込んでしまったんだろうか。

 子供は口をへの字にした。

「だまってないもの。ちゃんとおじゃましますっていったよ」

「ピンポンも鳴らさなきゃダメだよ。帰んな、お家は?」

「おうち?」

 子供は小首をかしげた。

「ないよ、そんなの」

「ないってことはないだろ?」

「ないよ、ほんとうだもの。せいふくのおじさんとおんなじこときくのね」

「んなバカな……」

 だが、よく見ると、着ている服はかなりボロい。そもそもこの子、靴を履いてない。

「何やってんだ、親は……」

 頭を抱える俺。それを見て、また不思議そうに首をかしげるその子。

 これはあれか、いわゆる児童虐待ってやつなのか。いや、でもこの子怪我とか痣はないっぽいし、そんなに困ってなさそうだし。おもちゃ箱見みたいのまで持ってるし……これもかなりボロいけど。

 公園に寝泊りしてるおっさんたちのそれとタメを張るボロさのダンボール箱を覗くと、雑多なものがぐちゃぐちゃと入っていた。

「がらくたを拾って歩いちゃダメだよ。汚いんだから」

「がらくたじゃないもの」

「がらくたじゃないか、どう見ても……うん?」

 箱の中身をよくよく見て、思わず変な声が漏れた。

 何かの証券。真珠の指輪。赤黒い何かが付いたサバイバルナイフ。白黒の小さな写真……ちがう、これは胎児を見たりするときのエコー画像……?

「どうしたんだ……これ」

 どう見ても、子供の拾うものじゃない。

「もらったの」

 あどけない声で、その子は言う。もらった?

「……誰に?」

 こんなものを、誰がこんな小さい子にやるんだ?

「かこを捨てたいひと。かこを消したいひと」

 きっぱりとした答えが返ってきた。再び、舌足らずの声に戻って、子供は続けた。

「ねえ、ひとはね、むかしのことをおもうでしょ?」

「……うん、まあ、そうだな」

「それも、昔をおもいださせるものがあれば、もっとつよくおもうでしょ?」

「…………………………」

 今の、家の中のことを思った。どこに行っても由佳を思い出させるものがある。見なければ思い出さずに済むものを、それがあるから思い出してしまう。強く、強く。

 どんなに思ったって、もう、帰ってはこないのに。

「そういうひとから、ひとつずつもらったの。ものにつまったおもいごと」

「…………………………」

 箱の中をもう一度見た。確かに、曰くの有りそうなものばかりではある。

「かこを捨てたり、消したりするかわりにね」

 その子は片手で箱を持ち直して、中のものを愛しげに撫でた。

「なんか……わかるな…………すごく」

 ふとつぶやくと、子供は何かを察したように、聞いてきた。

「おにいさんは、いまむかしのことをおもって、つらいの?」

 子供はそばによって来て、こちらの瞳を見つめた。その言葉が、妙に胸に響いた。

「……うん」

 返事をすると、急に目頭が熱くなってきて、思わずうつむいた。

「つらい。すごくつらい」

 目に宿った熱さが、外に零れ落ちそうになった。手で押し戻そうとしたが、出来なかった。

「見たくないんだ。由佳を思い出す物は何も見たくない。それなのに、家には物があふれすぎて……」

「…………」

「何見ても思い出すんだ。もういないのに。それなのに。それが、つらい…………」

「……おにいさんは、それを消したい?」

 静かな問いに、すぐには返事を返せなかった。顔をごしごしこすり、何度か深呼吸をして、普通に話せるようになってからやっと言った。

「朝、起きたら、何もかもなかったことになってればいいと思うよ。いままでのことが全部夢で、目が覚めたら、全部消えてしまってればいいって」

 由佳が事故にあったなんてなくなってしまっていればいい。由佳が死んだなんてなくなってしまっていればいい。

「………………」

「でも、無理なんだよな、出来るわけがないんだよな」

「………………」

「だって無理だったもん、この一月ずっとそう思って寝て起きてたけど、何にも変わんな…………」

「できるよ」

 目の前の子供の声が、俺の呟きをぶった切った。

「そのかこを、ぜんぶなかったことにできるよ」

「え……」

「わたし、いまいったよ、おもいのつまったもののかわりに、かこを消したり捨てたりできるって」

「な……何だって?」

 またこの子は訳のわからないことを言い出した。

「おにいさんは、消したいんだよね?」

「あ、ああ」

 その子はさらに近づいてきた。俺の視界が、その子の顔で埋まるくらいに。

「だったら、頂戴?」

「な、何を……?」

「おにいさんのおもいがつまったものを、ぜんぶ」

 小さい手が俺の手をつかんだ。そのまま、箱の中へと導かれた。

 がらくたの中に手が埋まる。子供が抱えられるほどの小さな箱のはずなのに、肘も、肩までもがずるずると入っていった。

 思わず身を引こうとしたが、それが出来ず、ふっと意識が途切れた。





 はっと目が覚めると、縁側で大の字になって寝ていた。何をやっているんだ俺は、この涼しいのに。

 すっかり体が冷えている。ストーブは……こないだリビングに出したっけ。つけても構わないよな。

 起き上がってリビングに入って、ストーブのスイッチを押す。送風口の前にしゃがみこんで、温風が出るのを待つ。

「あー……つくの遅えー……だから古いのはよ……去年は来年こそ新しいの買うって言ってたのにさ……」

 震えながらぼやいていたが、ふと気づいた。

 何か……何か変だ。本当は、リビングに入ってはいけなかったような気がする。

 何で入っちゃいけなかったんだっけ。寒さで回らない頭でぼんやり考えた。

 それは、ビデオがおいてあったからで。

 由佳が好きだったアニメのビデオがおいてあって、それを見るのがつらいからで……。

「あれ?」

 目をこすった。

 ない。見当たらない。

 テレビの下の棚に置いてあった、あのビデオが、ない。

「え……なんで? あれ?」

 ストーブの前からテレビの前にすっ飛んでいき、棚から他のビデオをぜんぶ出して探してみたが、ない。座布団をめくってみて、炬燵の中ものぞいて見たが、ほこりがたっただけだった。

 何で、ないんだ?

「……仏壇のほうに、置いた……のかな?」

 しばらく考えた末、それを思いついた。

 母親は、由佳の遺したものを、花やおもちゃと一緒に仏壇の前に山のように積み上げている。たぶん、そこに母親が持っていったのだ。


 だが、仏壇でもビデオは見つからなかった。

 ビデオどころではなかった。

「あれ雄介、何してるの?」

 買い物から帰ってきたらしい母親が、俺に声を掛けた。

 声を掛けられるまで、その場を動けなかった。冷や汗をべったりとかいていた。

「仏壇……」

「ん?」

 体の震えがとまらない。必死で首を母親のほうに向けて、聞いた。

「仏壇……仏壇、何で、何も、ないの?」

「仏壇? あるじゃないの、おじいちゃんとおばあちゃんの位牌。ちゃんとご飯とお水も供えてあるし」

「そうじゃなくて! ほら、あったじゃんか、花とかおもちゃとか……」

 母親は、はあ? という顔になった。

「おもちゃ? 何でそんなもん置くの」

「な、なんでって! 何言って」

 そこまで言って、はっと気づいた。もう一度仏壇を見る。

 由佳が笑ってる写真が飾ってあったはずなのに、そこにはそれがなかった。


 寝る直前の記憶が甦ってくる。

 まさか。

「あ、ちょっとどうしたの、雄介!」

 母親を無視して襖を勢いよく開け、二階への階段を駆け上った。

 まさか、まさか!

 あの子の声が、耳の底に甦ってくる。

『そのかこを、ぜんぶなかったことにできるよ』

『だったら、頂戴?』

『おにいさんのおもいがつまったものを、ぜんぶ』

 消したって、まさか。

 本当に、消してしまったってことなのか。

 全部、消してしまったってことなのか。

 由佳がいた証を、由佳そのものを、全部。

「嘘だろ……嘘だろ!?」

 階段を上がりきった。服が掛けてある部屋を開ける。

 そこには、水色のスモックが、

 なかった。









 その日、保育士が園児たちを散歩に連れ出したとき、一人の男が園児の一人に向かって駆け寄ってきた。

「茜ちゃん、俺の妹のこと覚えてるよな、仲良かったろ? 由佳と」

「ゆか?」

「ほら、遠足のとき一緒にいたんだろ? 由佳にそう聞いた」

「しらないよ」

「え……」

「えんそくのとき、あかねはかなちゃんといっしょだったもん、ゆかちゃんなんてしらない」

 それを聞くと、男は鬼のような顔になった。

「何で覚えてないんだよ! どうして忘れてるんだ! 嘘つくなよ! 覚えてるんだろ!」

 男は園児の肩をつかんで揺さぶり始めた。

「しらないよー、やめて、いたいよ!」

「いたんだよ! 俺の妹はここにいたんだ! 何で誰も覚えてないんだよ! 本当に……!」

 様子を見ていた別の保育士が警察に通報したため、その男は駆けつけた警察官に取り押さえられた。

 男は、自分の妹がそこに通っていたが今は死んでそれを誰も覚えていないなどという供述を繰り返しているが、男の両親は、彼は一人っ子で、妹などいないと言っている。

読んでくださってありがとうございました。

未熟な文章書きなので、批判していただけるとうれしいです。



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