婚約破棄された聖女ですが、隣国の生真面目な騎士団長に監視されそうです 〜ブラック神殿を不当解雇されたので、祖国は放置し、順風満帆なスローライフを送ります。仕様変更は受け付けません〜
「ルナリア・エインズワース! 貴様のような無能で地味な女は、我が国の聖女にふさわしくない! 本日をもって婚約を破棄し、隣国の魔境へ追放処分とする!」
シャンデリアが眩しく輝く、王宮の晩餐会。
婚約者である第一王子・カイルが放ったその言葉を聞いた瞬間、私は心の底からガッツポーズを突き上げていた。
やったーーーーーー!! やっと退職できる!!!!!
顔を伏せ、肩を震わせる私を見て、周囲の貴族たちは「可哀想に、ショックで泣いているのね」と囁き合っている。
全然違いまぁす!笑いを堪えるのに必死なんです!
私は前世、過労で命を落とした社畜だった。今世で聖女の力を授かったのは良かったが、待っていたのは前世以上のブラック労働。
国全体の巨大な結界を一人で毎日維持し、怪我人の治療からポーションの在庫管理まで、すべてをワンオペで押し付けられていた。
それなのに、カイル王子は私の幼馴染でもある男爵令嬢の肩を抱き、鼻で笑っている。
「フン、泣いて縋っても遅い。これからは新聖女であるリリアがこの国を支える。毎日お茶を飲んでいるだけの貴様など、我が国には不要だ!」
「分かりました。カイル殿下。その処分、謹んでお受けいたします」
私は涙を拭うフリをして立ち上がった。
毎日お茶を飲んでいただって? 私は結界維持の魔力を練りながら、片手間でハーブティーを喉に流し込んでいただけだ。引き継ぎ書? そんなものは無い。
だって「不要な無能の仕事」なのだから、誰でも簡単にできるのだろう。
「では、私はこれにて失礼します。どうぞお幸せに」
私は早口早足で晩餐会会場を後にした。
背後でリリアが「まあ、諦めが良いのねぇ」とクスクス笑う声が聞こえたが、正直本当にどうでもいい。
明日からアラームをかけずに寝られる。
その事実だけで、私の胸は希望に満ち溢れていた。
王宮の門を出ると、そこにはすでに一台の馬車と、重厚な鎧に身を包んだ男が立っていた。
隣国・ガルディニア帝国の最前線部隊を率いる騎士団長、ガイ・ブランドン。
彼は噂通りの、彫刻のように整った冷徹な顔立ちで私を見下ろした。
「お前がルナリアか。『危険な怠け者』として身柄を引き渡されている。我が国で不審な動きを見せれば、即座にこの剣で処断すると思え」
「分かりました、ブランドン団長。お好きに監視してください。あ、私は静かな部屋と三食のご飯さえあれば何も文句はありませんので」
「……何?」
ガイ団長は、私のあまりにも晴れやかな笑顔に一瞬呆気に取られたようだったが、すぐにフンと鼻を鳴らして馬車の扉を開けた。
「口の減らない女だ。行くぞ、魔境の砦へ」
こうして私は、最高にハッピーな気持ちで祖国を「寿(?)退職」したのだった。
監視(笑)と、180度変わった男の空回り馬車に揺られること数日。
到着したガルディニア帝国の最前線「黒鉄の砦」は、率直に言って悲惨な状態だった。
「団長! 西の防壁から魔物が! 負傷者が多すぎて治療が追いつきません!」
「くっ、迎撃部隊を出せ! 負傷者は奥へ運べ!」
到着早々、砦は戦場と化していた。
強力な魔物がひしめく魔境のド真ん中。騎士たちは傷つき、包帯だらけで絶望的な目をしている。
ガイ団長は私を鋭く睨みつけた。
「ルナリア、お前はここで動かずにいろ。私が監視……」
「あ、すいません。ちょっと邪魔なので退いてください」
「なっ……!?」
私はガイ団長を横に退けると、砦の中央広場へと歩き出た。
空を覆うほどの巨大な鳥型の魔物が、鋭い爪を立てて砦に襲いかかろうとしている。
「よし、有給も貰ったし、これくらいは初期設定としてやってあげますか!」
私は両手を広げ、足元に意識を集中させた。
「――『聖域展開』」
次の瞬間、砦全体が、眩いばかりの純白の光に包まれた。
凄まじい音が響く。
魔物が砦に激突したのではない。私が張った超巨大な結界に弾かれ、魔物たちが塵となって消滅した音だ。
結界は砦どころか、周囲の森を巻き込むほどの広範囲に広がり、強固なドームとなって定着した。
それだけではない。光を浴びた騎士たちの傷が、一瞬で、完全に塞がっていく。
「な、なんだこれは……!? 痛みが消えた……!?」
「魔物が……砦に近づけないだと……!?」
静まり返る砦の中で、私はポンポンと手を叩いて埃を払った。
これは私のオリジナル魔法。聖女の魔法のアレンジだ。
「はい、これで終わりです。この結界は自動修復機能付きなので、私が何もしなくてもあと100年は持ちます。じゃあ、私は部屋で寝ますね」
振り返ると、そこには顎が外れそうなほど目を見開いたガイ団長が立っていた。
「お、お前……今、何をした……? 怠慢の無能聖女では……?」
「前の国のバカたちが勝手に言っていただけですよ。私、ワンオペでこれの十倍の範囲を毎日維持させられていましたから。この程度のサイズ、鼻歌交じりで維持できます」
ガイ団長は、肩を震わせた。
その顔は驚愕から、次第に猛烈な「申し訳なさ」と「使命感」へと変わっていく。
「……すまなかった!!」
いきなり、ガイ団長が私の前で直角に頭を下げた。
「私は大きな勘違いをしていた! お前は怠け者などではない、国家最高峰の至宝だ! 前国でどれほどの迫害を受けていたか、察するに余りある! 決めたぞルナリア、私は『一生お前を監視する』という任務を、文字通り命に代えて全うする!」
「はぁ」
「これよりお前の一歩後ろは私が死守する! 食事の毒味、部屋の前の警護、トイレの同行まで、このガイ・ブランドンが24時間体制で――」
「結構です。謹んでお断りします」
私は即座にピシャリと言い放った。
「はい?」
「過剰な護衛とか、ぶっちゃけ目障りで邪魔なので。部屋の前に立たれるのも圧迫感があって嫌です。毒味? 私の治癒魔法はあらゆる毒を無効化するので意味ないです。あとトイレについて来たら普通に犯罪者として結界で消し飛ばしますよ」
「しかし! お前の身に万が一のことがあれば!」
「万が一も億分の一もありません。私の結界を破れる存在はこの世にいませんから。団長、私の安全より、自分の溜まった書類仕事の心配でもしたらどうですか? ほら、執務室に山積みですよ」
「うぐっ……」
「私はのんびりお茶を飲んで読書がしたいんです。話しかけないでください。あ、ご飯は美味しかったです」
そう言って私は、すたすたと用意された部屋へ入って鍵を閉めた。
後ろでガイ団長が
「ル、ルナリア……! 私に守らせてくれ……!」
と悲しそうに扉を叩いていたが、完全に無視した。
私は今、最高の引きこもりライフを満喫しているのだから。
数カ月後、私は砦の自室で完璧なスローライフを送っていた。たまに結界のメンテナンスを終わらせ、あとは読書とお菓子。
ガイ団長は毎日のように「今日の防衛体制について報告が」「ルナリアにお菓子を差し入れに」と部屋に来るが、「ドアの前に置いておいてください」と全て追い返していた。
そんなある日、砦にみすぼらしい一団がやってきた。
「ルナリア! ルナリアはどこだ! 出てこい!!」
聞き覚えのある、ひどく掠れた情けない声。
窓から覗くと、そこには泥まみれでボロボロの鎧を着たカイル王子と、髪がボサボサになったリリア、そして数人の兵士たちが立っていた。
私が中庭に降りていくと、カイルは私を見るなり、血走った目で叫んだ。
「ルナリア! 探したぞ! 命令だ、今すぐ我が国に戻れ!」
「……は? どちら様でしたっけ」
私が真顔で言うと、カイルは顔を真っ赤にして激昂した。
「忘れたとは言わせん! お前が消えたせいで、我が国の結界が翌日に消滅したんだぞ! 魔物が王都にまで押し寄せて、街はめちゃくちゃだ! リリアとかいう無能は、ポーションの在庫管理すらできずに神殿をパンクさせおった!」
「ひ、ひどいですわカイル様! 私は悪くありません、ルナリアが意地悪をして引き継ぎを隠したせいですわ!」
リリアが泣きつくが、その顔は酷くやつれている。
私はため息をついた。
「引き継ぎなら、私の机の上に100ページの仕様書を置いておきましたけど? 読んでないんですか?」
「あ、あんな専門用語だらけの分厚い紙束、誰が読めるか! いいから戻れ! これは王命だ! 戻ってまた前みたいに24時間不眠不休で結界を張れ! そうすれば、また聖女として飯を食わせてやる!」
相変わらずの傲慢な態度。自分たちが無能でシステムを崩壊させたのに、すべて私のせいにしている。
その時、背後から凄まじい殺気を放ちながらガイ団長が歩み出てきた。手には大剣が握られており、今にもカイルを真っ二つにしそうな勢いだ。
「貴様ら……我が国の最重要人物であるルナリア聖女に対して、なんという無礼を……! ルナリア、下がっていろ。この不法侵入者どもは、私が一瞬で――」
「退いててください。邪魔です」
「えっ、でも私がお前を守るって……」
「いいから下がっててください。お茶こぼれます」
私はガイ団長をグイッと後ろに押しやった。
団長は「あ、うん……」とショボんとして大人しく下がった。
本当にこの人、図体はデカいのに押しに弱い。
私はカイルの前に一歩踏み出し、冷たい視線を向けた。
「カイル殿下。一つ大きな勘違いをされているようですが、私はもうあなたの国の人間ではありません。それに、私は今、とても幸せなんです。朝はゆっくり起きて、美味しいご飯を食べて、好きな読書をする。そんな当然の生活を、あなたたちは私から奪っていた」
「くっ、日陰者のくせに調子に乗るな! 戻らないと言うなら、力ずくでも――」
カイルが腰の剣に手をかけた。
後ろでガイ団長が「抜刀したな! 迎撃する!」と騒いでいるが、それより私の指が動く方が早かった。
パチン、と指を鳴らす。
「――『重力崩壊』」
「ぶべっ!?」
次の瞬間、カイルとリリア、そして連れてきた兵士たちの頭上に、数十倍の超重力が文字通り「叩きつけられた」。
全員が地面に顔面を強打し、カエルが潰れたような声を上げて文字通り這いつくばる。指一本動かすことすらできないだろう。
「が、はっ……な、んだこれ、は……!?」
「言ったでしょう、私は無能なんかじゃないって。あなたたちを甘やかして護ってあげていた、最強の聖女ですよ」
私は這いつくばるカイルの頭を、冷ややかに見下ろした。
「国が滅びそう? 知ったことではありません。あなたたちが『不要だ』と言って私を追い出したんです。仕様変更は受け付けません。自分たちで撒いた種は、自分たちで刈り取ってください」
私はもう一度指を鳴らした。
今度は彼らの足元の地面が光り輝き、巨大な転移魔法陣が浮かび上がる。
「ガルディニア帝国の不法侵入罪として処罰してもいいですが、監獄の飯代がもったいないので強制退職させます。さようなら、二度と私の視界に入らないでください」
「ま、待て、ルナリア! 頼む、助けてく――」
カイルが涙目で叫ぶ声を遮り、眩い光が彼らを包み込んだ。
次の瞬間、中庭からはカイルたちの姿が綺麗さっぱり消え去っていた。
転移先は、彼らが大好きな魔物がうじゃうじゃいる祖国の国境付近だ。まぁ、自業自得である。
後日、あの国が魔物に完全に蹂躙されて実質的に滅亡したというニュースを聞いたが、私のお茶の味は何一つ変わらなかった。
「……凄まじいな」
カイルたちが消え去った中庭で、ガイ団長が呆然と呟いていた。
「私の出番、本当に微塵もなかったな……。騎士団長としてのプライドが、今までにない角度で粉砕された気分だ」
「だから言ったじゃないですか、自分の心配をしてろって。あ、団長、そこ私の特等席なので退いてください」
私が中庭のベンチを指差すと、ガイ団長は慌てて横に退いた。
そして、真剣な、どこか決意を秘めた目で私を見て、一枚の羊皮紙を差し出してきた。
「ルナリア。私はお前を一生監視すると誓った。……だが、お前には守る必要など微塵もなかった。お前自身が最強の要塞だからだ」
「気づくのが遅いですね」
「ああ、全くだ。だから、契約内容を変更させてほしい。これは我が帝国の皇帝陛下から直接預かってきた、特級の『終身雇用契約書』だ」
私は手渡された紙に目を落とした。
ルナリア・エインズワースを、ガルディニア帝国最高名誉聖女として終身雇用する。
【待遇】
完全週休二日制(実質、週休六日も可)
専用の最高級個室および専属シェフの支給
結界維持費として国家予算の3%を毎月支給
騎士団長ガイ・ブランドンは、彼女の『専属雑用係』として、お茶汲みから書類整理、部屋の掃除まであらゆる身の回りの世話を行うものとする(※ただし、本人が嫌がった場合は即座に退去する)
私はじっと、最後の項目を見た。
「……団長。これ、最後の項目、自分で付け足しました?」
「皇帝陛下に直訴して捻じ込んだ。お前の後ろに立つのがダメなら、せめてお前の前でお茶を淹れ、お前の部屋のゴミを拾う許可が欲しい! 頼む、これなら邪魔にならないだろう!? 私はお前のその圧倒的な強さと、気高さを、一生一番近くでお世話したいんだ!」
超絶イケメンの騎士団長が、必死の形相でお茶汲み係への就任を懇願している。
ガルディニア帝国の騎士たちが見たら、全員ひっくり返って気絶するような光景だろう。私はフッと笑い、ペンを取り出して契約書にサインをした。
「いいですよ。ただし、お茶が不味かったり、少しでもうるさくしたら即座に部屋から叩き出しますからね」
「感謝する! すぐに最高級の茶葉を仕入れてくる!」
嬉しそうに執務室へと走っていくガイ団長の後ろ姿を見送りながら、私は新しく淹れたハーブティーを口に含んだ。
適度な静寂。
美味しいお菓子。
そして、言うことをよく聞く有能な雑用係。
ブラック神殿を追い出された先で見つけたのは、私だけの、誰にも侵せない最強に快適なホワイト聖域だった。




