第6話 ボス部屋の『大掃除』
凛「あれはCランク最強の『アラクネ・クイーン』! 勝てるわけが……!」
透「天井の隅にいる蜘蛛って、なんかムカつくよな」
邪魔な連中を追い払った後、俺たちは順調にダンジョンの最奥へと到達した。
そこには、巨大な扉が鎮座していた。
ボス部屋だ。
「……いよいよですね、師匠」
凛がゴクリと喉を鳴らす。
彼女の手は少し震えているように見えた。無理もない。ここは魔境と呼ばれるCランクダンジョンの深層。何が出てきてもおかしくない。
俺はスマホで時間を確認する。
開始から二時間経過。そろそろ休憩を入れたいところだ。
「さっさと終わらせよう。腹減ったし」
「(なんて強者の余裕……! 死地に向かうというのに、空腹を気にするなんて!)」
凛が勝手に感心している横で、俺は重たい扉を押し開けた。
◇
部屋の中は、予想外の光景だった。
薄暗い洞窟ではない。
壁一面に白く美しい糸が張り巡らされ、天井からは水晶のような岩がシャンデリアのように垂れ下がっている。
まるで、どこかの神殿か、王宮のような荘厳さがあった。
「キシャアアアア……ッ!」
部屋の中央、絹の玉座のような場所に、その主はいた。
上半身は妖艶な女性、下半身は巨大な蜘蛛。
階層主、『アラクネ・クイーン』だ。
「来ます! 毒霧に注意してください!」
凛が叫ぶと同時に、アラクネが紫色の霧を吐き出した。
岩さえも溶かす猛毒のブレスだ。
「くっ、速い……! 『聖なる盾』!」
凛が魔法障壁を展開して防ぐが、防戦一方だ。
アラクネは素早い動きで天井に張り付き、死角から鋭い足で襲いかかってくる。
カキンッ! ガギィッ!
剣戟の音が響く。
凛の剣技は見事だが、相手が悪すぎる。地形を完全に把握しているアラクネに対し、こちらは足場の悪い糸の上だ。
「はぁ、はぁ……! だめ、捉えきれない……!」
「キシャッ! キシャシャシャッ!」
アラクネが嘲笑うように鳴く。
その顔は、侵入者を甚振る嗜虐的な笑み――
いや、違うな。
俺は一歩下がった位置から、冷静に観察していた。
アラクネの視線。それは俺たちを餌として見ているのではない。
背後にある「白い繭」――おそらく卵だ――を、必死に守ろうとしているように見える。
「……自分の家を守ってるだけ、か」
俺はポツリと漏らした。
人間だって、家に泥棒が入れば必死に抵抗する。それと同じだ。
そう考えると、少しだけ憐れみを感じなくもない。
だが。
「ここは人間の管理区域だ。立ち退き命令が出てるんだよ」
俺は仕事人としてのスイッチを入れる。
同情はするが、仕事は仕事だ。
それに、天井に巣を張られると掃除がしにくい。衛生面でも最悪だ。
「凛、伏せてろ」
「えっ!? で、でも相手は天井に!」
「天井ごと掃除するから問題ない」
俺は右手を天井に向けた。
ターゲットはアラクネ単体ではない。この部屋を覆う「巣」そのものだ。
【対象をスキャン中……】
【構造物:蜘蛛の巣、および害虫】
【判定:不潔】
部屋全体が、俺の脳内で赤くタグ付けされる。
こびりついた汚れは、根こそぎ落とすに限る。
「――『全域洗浄』」
パチン。
乾いた音が響いた瞬間。
世界が白く反転した。
轟音も、衝撃波もない。
ただ、システムがデータを削除するように。
張り巡らされた糸も、天井の水晶も、そして女王蜘蛛の悲鳴も。
すべてが「無」へと還った。
「……あ」
凛が目を開けた時、そこには何もなかった。
美しい装飾も、主もいない。
ただ、むき出しの岩肌が広がる、無機質な空洞だけが残されていた。
カラン、コロン……。
巨大な魔石と、いくつかのレアアイテムだけが、虚しく地面に転がる。
「掃除完了」
俺はポケットからビニール袋を取り出し、淡々と戦利品を回収し始めた。
「あ、あの……師匠?」
「ん?」
「倒した、んですよね? 一瞬で?」
「ああ。ちょっと頑固な汚れだったけどな」
凛は青ざめた顔で、ガランとした部屋を見渡している。
彼女には見えているのかもしれない。
ここにあったはずの「生態系」が、俺の一存で丸ごと消し去られたという事実が。
「……これじゃまるで、私たちが悪者みたいですね」
「何言ってんだ。害虫駆除だろ」
俺は気のない返事を返した。
だが、回収した魔石の温かさが、妙に掌に重く感じられたのは気のせいだろうか。
まあいい。これで十万円だ。
今日は焼肉でも食って帰ろう。
◇
**【SNSの反応】**
@Rin_LOVE
凛ちゃんの配信止まった!?
ボスの部屋に入った瞬間、画面が真っ白になったぞ!
@解析班
映像復旧した。……え?
ボス部屋、空っぽじゃん。
アラクネ・クイーンは?
@古参探索者
ありえん。部屋の地形が変わってる。
壁も天井も、巣が全部消えてるぞ。
一瞬で部屋のリフォームしたのかあいつは?
@インベーダー信者
神の御業だ……。
彼は「戦って」すらいない。「消して」いるんだ。
これもう、探索者協会が動くレベルだろ。
Cランクボス、退去完了。
美しかった巣は、コンクリート打ちっぱなしの物件(ただの洞窟)に戻りました。
ヒロインの凛ちゃんも、さすがに少し引いています。
次回、協会からの呼び出し。
いよいよ物語が大きく動き出します。
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