第13話 S級結界? ああ、強力洗剤(スキル)で一発ですね
政府高官「あれは核攻撃にも耐える絶対の盾だ!」
透「油汚れには、つけ置き洗いが効きますよ」
新宿の空が、綺麗になります。
新宿上空、高度一〇〇〇メートル。
俺は自衛隊のヘリから身を乗り出し、眼下に浮かぶ「絶望」を見下ろしていた。
直径五〇〇メートルはある巨大な黒い球体。
通称『開かずの間』。
S級ダンジョンの入り口を封鎖する、正体不明のエネルギー障壁だ。
『聞こえるか、相馬君』
インカムから氷室室長の緊張した声が響く。
『現在、半径一〇キロ圏内は封鎖済み。世界の主要メディアも君の一挙手一投足を注視しているわ。失敗は許されない』
「はいはい。プレッシャーかけないでくださいよ」
俺は気のない返事をしながら、風に煽られる作業着の裾を押さえた。
まったく、高所作業は危険手当が出るからいいものの、風が強くてセットした髪が乱れるのが嫌だ。
俺はヘリのハッチに腰掛け、目の前の「黒い壁」を観察する。
(……うわぁ、ベタベタしてそう)
近くで見るとよく分かる。
あれは高次元エネルギーなんて高尚なものじゃない。
長年放置された換気扇にこびりついた、酸化した油汚れそのものだ。
「汚ねぇ……」
思わず本音が漏れる。
こんな巨大な汚れが空に浮いているなんて、東京の景観条例違反もいいところだ。衛生面でも最悪だろう。
『どうしたの? やはり解析不能?』
「いえ。汚れの種類が特定できました」
俺は右手の軍手を締め直した。
物理攻撃が効かないのは当たり前だ。油汚れをハンマーで叩いても意味がない。
必要なのは「力」ではなく「化学反応(分解)」だ。
【対象をスキャン中……】
【成分:高密度魔力汚泥】
【推奨処理:強力分解洗浄】
「ちょっとキツめの洗剤を使います。飛沫が飛ぶかもしれないんで、ヘリを少し離してください」
『せ、洗剤……?』
困惑する氷室室長を無視して、俺は右手をかざした。
イメージするのは、年末の大掃除で活躍する、あのスプレーボトルだ。
「――『油膜分解』」
シュッ。
俺が指先から魔力の粒子を吹き付けると、黒い球体の表面がジュワジュワと音を立てて泡立ち始めた。
『なっ……!? 結界が、溶解している!?』
『ありえない! あんな魔法、見たことがないぞ!』
インカム越しに、観測班の悲鳴が聞こえる。
溶解じゃない。浮かせているんだ。
頑固な汚れは、界面活性剤で浮かせてから拭き取るのが基本だ。
数秒後。
黒い球体全体が白く泡立ち、ボロボロと剥がれ落ちていく。
「よし、浮いたな」
あとは仕上げだ。
俺は手のひらを握り込む。
「――『拭き取り(ワイプ)』」
キュッ、という幻聴が聞こえそうなほどの勢いで。
俺は空間ごと汚れを拭い取った。
その瞬間。
新宿の空を覆っていたドス黒い闇が、嘘のように消え去った。
後に残ったのは、突き抜けるような青空と――
ポッカリと口を開けた、ダンジョンの入り口だけ。
『しょ、消滅を確認……! S級結界、完全に消失しました!!』
『バカな、たったの三十秒だぞ!?』
どよめきが無線を埋め尽くす。
地上からは、アリの這い出るような大歓声が聞こえてきた。
だが、俺はまだ気を抜かなかった。
むしろ、ここからが本番だ。
「室長、ゲートが開きましたよ」
『ええ、素晴らしいわ相馬君! これで内部の調査が――』
「いや、調査どころじゃありません」
俺はゲートの奥から漂ってくる、強烈な腐臭に鼻をつまんだ。
換気扇のフィルターを外した奥には、何が詰まっているか。
決まっている。
「中からG……じゃなくて、魔物が溢れてきますよ」
俺の予言通り。
開かれた穴の向こうから、無数の赤い瞳がギョロリとこちらを覗いていた。
S級モンスターの大群だ。
「……はぁ。掃除した途端にこれかよ」
俺はため息をついた。
汚れを落としたら、隠れていた害虫が出てくる。
掃除屋あるあるだ。
「追加料金、請求しますからね」
俺は溜息交じりに、次の「殺虫」の準備を始めた。
◇
**【世界トレンド1位:#Magic_Cleaner】**
@海外の反応
Oh My God...
日本は何をしたんだ? バリアが溶けたぞ?
あの男、魔法使い(Wizard)じゃない。清掃人(Janitor)だ!
@日本の反応
インベーダーすげええええええ!
新宿の空が綺麗になったwww
やってること完全にキッチン掃除で草
人類の希望=強力洗剤
@弟子入り希望ちゃん(凛)
師匠! 輝いてます! その背中、流させてください!
Q:人類最高峰の技術でも破れなかった結界、どうやったんですか?
A:重曹とクエン酸のイメージで溶かしました。
世紀の大掃除、第一段階完了。
しかし、換気扇の奥にはまだ「害虫」が潜んでいました。
次回、新宿防衛戦。
インベーダーの本領発揮です。
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