第12話 国家機密? それより時給の話をしましょう
エリート官僚「君を国家公務員として迎え入れたい」
透「副業禁止規定があるなら結構です」
日本政府が頭を抱え始めました。
その日の大学は、朝からハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
正門前に、威圧感たっぷりの黒塗りの高級車がズラリと並んでいたからだ。
SPらしき屈強な男たちが周囲を警戒し、学生たちが遠巻きにスマホを向けている。
「うわ、何だあれ? 政治家か?」
「テロ警戒とか?」
そんな喧騒をよそに、俺はあくびをしながら校門をくぐろうとした。
一限目は必修だ。遅刻するわけにはいかない。
「――発見。対象、相馬透を確認」
SPの一人がインカムで呟いた瞬間。
黒スーツの男たちが一斉に俺を取り囲んだ。
「なっ……!?」
「相馬透様ですね。ご同行願います」
「えっ、俺!? 何もしてませんよ! ゴミの分別も昨日は完璧でしたし!」
身に覚えがない……こともない。
最近、Cランクダンジョンを破壊したり、Sランク探索者を充電器にしたりした気もするが、あれは正当な業務の範疇だ。
「拒否権はありません。上からの命令です」
「兄貴ッ! VIP待遇っスね! すげぇ!」
「あら、お迎えの車なんて気が利くじゃない」
いつの間にか背後にいた剣崎と凛が、勝手に感心している。
お前ら、助けろよ。
抵抗する間もなく、俺は後部座席に押し込まれた。
車は滑るように走り出し、大学を後にした。
◇
連れてこられたのは、霞が関にある政府庁舎の地下深く。
『内閣府・ダンジョン特別対策室』と書かれた看板の会議室に通された。
長テーブルの向こうに座っていたのは、氷のような美貌を持つ女性だった。
カチッとしたスーツに、銀縁の眼鏡。
机の上には「室長:氷室麗華」というプレートがある。
「単刀直入に言います」
彼女は挨拶もそこそこに、鋭い視線を俺に向けた。
「相馬透。貴方を国家公務員、それも『特務探索官』として採用します」
特務探索官。
詳しくは知らないが、自衛隊や警察よりも上位の権限を持つ、対ダンジョン専門のエリート職だと聞いたことがある。
探索者なら誰もが憧れる名誉職だ。
だが。
「お断りします」
「……はい?」
氷室室長の眉がピクリと動く。
俺は冷めたお茶をすすりながら答えた。
「公務員って副業禁止ですよね? 俺、今のバイト気に入ってるんで」
「バイト……? 貴方、清掃員のことを言っているの?」
「はい。それに公務員は責任が重そうだ。定時で帰れない仕事はしたくありません」
氷室室長がこめかみを押さえる。
隣で凛が「さすが師匠! 権力に媚びない孤高の精神!」と目を輝かせ、剣崎が「兄貴カッケー! 国家権力を袖にした!」と騒いでいる。静かにしろ。
「……誤解しているようだけど、これは命令よ。貴方の『能力』は、すでに国家安全保障上の監視対象なの」
「過大評価です。俺はただの掃除屋ですよ」
「その『掃除』の規模がおかしいと言っているの!」
彼女はバンッ! と机を叩き、一枚の写真をモニターに映し出した。
それは、新宿副都心の上空に浮かぶ、巨大な「黒い球体」の写真だった。
「昨日、新宿上空に発生したS級ダンジョンの入り口よ。通称『開かずの間』」
「ああ、ニュースで見ました」
「自衛隊のミサイルも、Sランク探索者の魔法も、この球体を覆う『黒い膜』には傷一つつけられなかった。物理法則を無視した絶対防御結界……人類の科学では解析不能な代物よ」
氷室室長は深刻な顔で俺を見た。
もしこのダンジョンが解放されれば、中から溢れ出すモンスターで東京は壊滅する、と。
「貴方の異能なら、この結界を破れるかもしれない。だから協力してちょうだい」
なるほど。
要するに、玄関のドアが開かないから鍵屋を呼んだわけか。
俺はモニターの写真をじっと見つめた。
黒く、ドロドロとした膜。
解析不能? 絶対防御?
(……いや、どう見てもこれ)
「ただの『油汚れ』ですよね?」
「は?」
「換気扇とかにこびりつくアレですよ。ちょっと頑固そうですけど」
俺の言葉に、会議室が静まり返った。
S級の結界を、換気扇の汚れ扱い。
氷室室長が口をパクパクさせている。
「ふ、ふざけないで! あれが高次元エネルギー体だと分からないの!?」
「いや、汚れです。俺には分かります。専用の洗剤を使えば落ちますよ」
俺は断言した。
掃除のプロを舐めないでほしい。あれは長年放置されたヘドロの類だ。
「……本当に、消せるの?」
「ええ。ただし」
俺は右手の親指と人差し指で円を作った。
「別料金です。頑固な汚れはオプション料金がかかるんですよ」
「くっ……! いくら欲しいの!?」
「そうですね。高所作業手当と、危険手当。あと早朝手当も含めて……」
俺は電卓を弾くフリをして、ニヤリと笑った。
「成功報酬、一億円でどうです?」
氷室室長が絶句する。
しかし、背に腹は代えられないのだろう。彼女は悔しげに唇を噛み締めながら、震える声で言った。
「……いいわ。経費で落とすから、領収書を持ってきなさい!」
「毎度あり」
こうして俺は、国家公務員ではなく、政府公認の『外部委託業者』として、新宿の空を掃除することになったのだった。
◇
**【SNSの反応】**
@新宿の空を見上げる人
おい、黒い球体の周りにヘリが飛んでるぞ。
なんか人が降りてきた。
@ニュース速報
政府、民間探索者に協力を要請か?
あの作業着……まさかインベーダー!?
@インベーダー信者
インベーダーさん、ついに国と契約したか。
S級ダンジョン相手に何をする気だ?
まさか……「掃除」?
Q:国家の危機に対する主人公の認識は?
A:換気扇の掃除くらい面倒くさい案件。
次回、新宿上空での大掃除。
世界中のメディアが注目する中、彼はまたしても常識をひっくり返します。
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