親愛なる僕の大切な君へ
心地良い風が、キッチンの窓から吹いていた。湿った土の匂いがほんのりとしている。包帯を巻いた腕で、ヤカンに火をかける。まだ少し、微熱っぽさが残っているが、思ったより冷静な自分がいる。
目玉焼きとベーコンを焼いて、サラダのドレッシングを作る。もちろん、二人分だ。中庭の方のドアが開いて、閉まる音がした。クロトはそちらに振り向く。
二人とも暫く、無言のままだった。
「・・・おはよう」
「おはよう・・・」
「どこに行ってたの?」
「少し、お散歩に」
ルイカは窓辺に腰掛けて、ぼうっと遠くを見つめている。彼女もまだ、疲れているのだろう。クロトは紅茶をテーブルの上に置いた。
「昨日、不思議な夢を見たよ」
ルイカはふと、クロトに振り向いた。
「そう」
「ルイカが出てきたんだ」
「・・・そう」
「うん」
ルイカは微笑して、再び窓の外を見つめ始めた。黒髪が風に靡き、揺れている。クロトは朝食用の皿をテーブルに並べ終えると、席に着いた。
「ルイカ」
「うん?」
クロトは淹れたばかりのコーヒーカップを、指先で包み込んだ。
「花、育ててみようかと思う」
ルイカはもう一度、クロトの方に振り返った。朝日が彼女の顔を照らしている。
「花?」
「そう。殺風景だから。中庭で」
「・・・そう」
ルイカは微笑した。
「素敵な提案ね」
クロトも微笑した。
「僕もそう思う」
ルイカは笑って、向かいの席に座った。
***
これから、いろんなことが起こるんだろうな思う。エリックのこと。卵のこと。庭の雑草抜きに、種まき。大量の洗濯物。美術界への復帰・・・色々あるけど、きっと色々な方法で乗り越えて行くんだろうな、と思えてきた。
解決法はひとまず、コーヒーを飲み終えてから考えよう。
口の中に、ほろ苦く甘い味が広がっていく。何だか、笑えてきた。
きっと明日は、晴れるだろう。
淡い光に包まれた世界に、優しい風が吹いて、髪を撫でていく。
それを想像するだけで、昨日より少し、幸せな気がする。
この日を、後悔する日が、いつか来るのかもしれない。
どうしようもない自己嫌悪と、悪夢に魘される日があるのかもしれない。
それでも僕は、今の僕であろうと思う。
後悔するのかしないのか、今の僕には分らない。
それを知るためだけでも、明日まで生きてみる価値はあると思う。
そうやって、明後日・明々後日と、十年先まで続いているのかもしれない・・・。
それでいいんじゃないかと思う。
少なくとも、今の僕はそう思っている。
親愛なる僕の大切な君へ。
元気ですか。僕は相変わらずです。
空は青いし、公園の花は満開で綺麗です。君にも見せたいぐらいだ。
そう言えば、素敵なことがありました。
何とは言えないけれど、とても素敵で、とても不思議で奇跡みたいなことです。
僕は久しぶりに嬉しい気分です。君のことを思う時ぐらいに、心が踊っています。
君にも、そう言う素敵な出来事が訪れることを願って・・・。
C・N




