表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の花  作者: 猫姫 花
90/91

消されるはずの記憶


 空が晴れてくる。



「この死体、どうしよう」

「どうしようもないわ・・・」

「下手に触ると証拠が残る。そのままにしておこう・・・」


 バサリ、と羽音がした。三人がうしろに振り返ると、そこにブッラクスーツを着た細身の男が立っていた。東洋的な美男子で、黒髪に黒目。胸に片手を当てると、丁寧にお辞儀をした。


「遅ればせまして、申し訳ありません」

「遅いわ、ジャック」

 シドが眉間を寄せた。

「何をしていたんだ」

 ジャックは無言のまま、もう一度頭を下げた。


 ロビンはぱちくりと瞬きをする。


「君の家の従者のカラス?」

「あら、言ってなかったかしら?」

「俺、カラスに向って『ジャック』って言ってただろ?」

「ああ・・・名前、憶えてなかったから・・・」


 シドとルイカは溜息を吐いた。しかし、それでいくらか緊張が緩まったようだった。


「本当、トラブル続きね」

「僕達退学かな?」

「たしか数ヶ月前にも同じ台詞言ったよな・・・」


 もう一度、今度は三人同時に溜息を吐いた。顔を見合わせ、そして意味もなく微笑み合う。相談し合った結果、三人は空を飛んでクロトの家まで帰ることにした。気絶した男を一人、どうやって運ぶか頭を悩ませたが、ホウキを三角型になるように組んで、そこにクロトの手足の間接をひっかけることにした。


 真っ直ぐに進むのは困難だったので、試行錯誤をした結果、ゆっくりと回転させながら目的の方向まで浮遊している。

 ジャックはカラスの姿に戻り、横を飛んでいる。口にはルイカの鞄の肩紐を銜え、何度か上昇や下降を繰り返していた。

 ホウキの房の部分に座っているシドは、脇腹を押えて呻いた。


「ああ・・・ヒビ入ったかも・・・」

「まぁ」


 同じくホウキに座っているルイカは、シドを労るように肩に手を掛けた。


「ああ~ああ~・・・なんか、気持ち悪い。ホウキ酔いしてきた・・・」


 ホウキの柄に逆さになって立っているロビンは、青ざめた顔で口元を押えた。


「ロビン。それはきっと、頭に血が上っているせいよ・・・」

「うえっ」

「げっ、吐くなよ」


 ロビンは口元を押さえ、何度も吐きそうになる。彼が上半身をよじらせる度に、ホウキのバランスが崩れた。


「ああああ、揺れるっ。ロビン、てめぇ―うっ」


 シドは脇腹を押える。慌てたルイカが重心を傾けたせいで、ホウキが大きく揺れた。三人の悲鳴があがり、クロトの体がずり落ちそうになる。


「「あぁああぁああぁぁぁっ」」


 雨上がりの空に、三人の悲鳴が響き渡る。

 その様子を人間に発見されなかったのは、今回、一番の奇跡だったのかもしれない。


 ***




 部屋は薄暗く、藍色に近かった。クロトは薄っすらと目を開けて、寝室の天井を見つける。そこにルイカが現れ、心配そうに顔を覗きこんで来た。

 そっと、ほほに触れられる。ひんやりとして心地いい。しかし、体がだるく、どこかしらが痛かった。


「軽度の火傷と中度の霜焼け・・・それに、精神的な発熱もあるわ・・・」


 ルイカは囁くように言った。


「ごめんなさい・・・わたしのせいね・・・」


 クロトは必死に口を開け、そして動かした。

 君のせいじゃないよ。

 言えたかどうかは分らない。自分の耳には、溜息のようにしか聞こえなかった。

 それでもルイカが、微笑ってくれた気がした。

 数秒の間が空き、ルイカは一度躊躇ってから、口を開いた。


「あなたにとって、この体験はとても辛いものだと思うの・・・あなたは言ったわね?普通に暮らしたかったって。わたしはそれを、壊してしまったわ・・・だからせめて、あなたのために魔法を使わせて欲しいの・・・」


 魔法?


「そう。全てを忘れてしまう魔法・・・辛くて悲しいこと全部、出会ったことも一緒に暮らした期間も。全て無かったことにするの・・・」


 卵は?まだ、孵化していないよ。


「ええ・・・正確にはまだ、あなたの側を離れられないの。だからあなたの記憶を全て消したら、あなたに姿が見えないように、あなたに声が聞こえないように、空気みたいに一緒に暮らすの・・・あなたの生活には極力干渉しないわ・・・」


 ・・・・そんなのは・・・悲しいよ。


「ええ。あなたが私を忘れてしまったら、私は悲しいわ。でも、私はあなたを覚えているから。ずっと、あなたのことを忘れないわ・・・」


 ―ルイカ。


「うん?」


 本当に、辛いことは全て?


「そう。全て」


 君が空から落ちて、卵に出会って、僕が卵の仮親になったことも・・・?


「そう、全てよ・・・」


 一緒にパン屋に行ったり、ディナーをしたことも?


「そう」


 エリックの情報も、君と親戚だってことも?


「そう。私に関することは全て。そのかわり、今日の悲しい記憶も失くなるわ」


 クロトの脳裏に、苦々しい炎色が蘇って来た。

 ジャックの最期。

 サンズの最期。

 ――彼らの記憶も?


「そうね・・・少し、記憶の作りかえをしなきゃ・・・」


 アマンダには何て?


「心配しないで。うまくやるわ・・・」

 ルイカはクロトのほほを包み込み、おでこをコツンと当てた。

「無理強いはしないわ・・・選ぶのはあなたよ・・・」


 僕?


「そう」


 きっとこの記憶は、僕を苦しめるんだろうね。彼女との思い出の場所が多すぎる。彼らの死んだ場所は、この家から近すぎる。僕が体験した出来事は、あまりにも衝撃的で非日常で、残酷だ・・・


「ええ、そうね・・・」


 でも――僕は、色んなひとに助けられっぱなしだ。


「え?」


 色んな人に、守られてばかりだ・・・ベス、母さん、イヴ、君・・・僕はそろそろ、自分の足で踏ん張って、一歩を踏み出さなきゃいけないのかもしれない。そのために、君と出会ったのかもしれない・・・君は僕に出会ったことを悪いと思っているみたいだけど、僕はちっとも迷惑だなんて思ってやしない。むしろ、止まっていた僕の世界に非日常な君が飛び込んで来てから、僕は前よりも現実と向き合えるようになった。僕の心の中の時計が動き出した気がするんだ・・・。

 ここで記憶を失くされたら、僕はまた、前の僕に戻るだろう。何の成長も無い、変化もない、それを望むことすらしない僕に・・・辛い記憶と引き換えに安らぎを得るよりも、僕は痛みを代償に、変化と成長を得たい。卵の成長も、見届けたいんだよ・・・。


 ルイカは潤んだ瞳でクロトを見つめた。

 細く、溜息が聞こえた。


「質問をするわ・・・あなたは、記憶の抹消を望む?」


 とても優しい、囁くような声だ。

 クロトの答えは、懸命に考えた結果だった・・・。



 ――NO。


 ***


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ