悪魔との戦い 後編
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シドは脇腹の痛みで冷や汗をかきながらも、不敵に笑って見せた。
《このままではすまさんぞっ》
ロビンは炎を腕から出そうとする。
「だめだっ・・・湿気が多いせいで力が出ないっ」
ロビンは更に念じてみるが、炎の勢いは変わらなかった。赤々と燃える炎の中で、ジョンは痛みに喘ぎ、そして笑っている。
《あ~あ・・・俺もここで終わりか。楽しかったぜぇ、人間界は・・・何せ馬鹿ばっかりだ。見たままを描いて変人あつかいされる画家、それを支える女。根も葉もない噂を信じて、画家を遠退ける画商達。悪魔に乗っ取られた主人を守って使えようとする、健気な下僕。幻想画を描くのをやめる画家。妄想と洗脳にとらわれる下僕。画家の魂を汚したい俺様。何も知らずに散歩に出て、長い階段を踏み外す女。女の背中を押した下僕。悲しむ画家と、喜ぶ俺。崩壊に向かう、魂・・・》
クロトはゆっくりと、目を見開いていった。
「今・・・何て・・・」
悪魔はジョンの体を借りてげらげらと笑った。
《お前の恋人は事故で死んだんじゃないっ、俺が命令して、サンズが殺したのさぁっ》
クロトは喘息持ちだ。喉元が急に、びゅっと音を立てる。
クロトの息はだんだんと上がり、見開いた目が悪魔から離れなくなる。悪魔の笑い声が頭の中で響き出して、クロトは無意識に片耳に触れた。思いがけず、固い感触がある。彼女が開けた穴に、今はピアスがしてあった。
(ほら、逃げないでよ。変な所に開けるわよ)
(やっぱりやめよう・・・)
(いくじなしね)
彼女の笑顔と、悪魔の下品で薄気味の悪い声が重なる。
シドははたと気付いてクロトに振り返り、悪魔を見た。
「いけないクロトさん、奴の目を見てはいけないっ。闇に囚われるっっ」
クロトの息は更に上がり、シドの声は耳に入っていないようだった。
「お前がっ・・・お前がベスをっっ・・・」
乾いた咳がクロトを襲う。
《そうさっ、俺が全ての黒幕だっ。さぁ、俺を怨めっ。もっと魂を汚すんだっっ》
「お前がっっ」
「やめろクロトさん、奴の言葉を聞いたらいけないっ」
《怨めっ、憎めっ、そうだ。俺が殺したんだっ》
「黙れっ、さぁ去るんだっ。冥府へ帰れ、悪しきものよっっ」
シドは魔方陣に触れる手にいっそうの力を込めた。
悪魔は最後の力を振り絞り、がばりと起き上がるとクロトの方に向って走った。
ロビンが悪魔に攻撃。
飛びかかって両手を広げた悪魔の体は、赤い炎の中で黒い影となっている。
「ロビン、俺が炎系の精霊に呼びかけるっ。全力を出せっっっ」
ロビンは叫び声を上げながら、両手をかざして力を解放した。
「誰でもいい、炎の精霊よっ。力を貸したまえっっ」
シドがそう叫ぶとほぼ同時に、ロビンの体から放たれる炎は大きくうねり、勢いよく大口をあけた大蛇の姿を模して現れ、耳を引き裂くような鳴き声をあげて、ジョンの体に食らい付いた。炎の蛇に飲まれたジョンはそれでも笑いながら、膝をついて座ったままのクロトにかぶさろうとする。
《道ずれだぁぁぁぁ》
クロトの目から、熱い涙が零れた。
「お前が・・・お前がっっっ」
クロトはぶつりとピアスを抜いて、鋭利な形をした宝石を握り締め、叫び声を上げながら悪魔の心臓に打ち込んだ。悪魔とジョンとクロト、ロビンとシドの雄たけびや断末魔が四つに重なり、凄まじい量のエネルギーがぶつかり合い、反響し、増幅しあった。
喉の奥から搾り出すように高い悲鳴をあげる奴の心臓が、クリスタスノスの力のために凍っていく。クロトの左手とジョンの内側が急速に冷え、外側を灼熱が襲う。それでもクロトは、宝石が全て溶けてなくなるまで、手を放さなかった。
危険を感じたロビンは片手でクロトの肩を掴み、そして引き離しにかかる。
クロトは床に転げ、悪魔は踊っているように暴れ、部屋の真ん中で人間の形を崩していく。木材が多いこの部屋を蛇が支配するのは早く、部屋全体が炎に飲まれていった。
ルイカは心臓を押えながら、シドの背中に手を伸ばした。
「早く・・・ここを離れましょう」
シドは振り返ると、真剣な顔で頷いた。
「ロビンっ、もういいっ。ここを出るぞっ」
「了解っ。クロトさん、逃げるよっ」
呆然としているクロトは、なかなか動こうとしない。
「僕は・・・僕は・・・」
「いいから、立ってっ」
シドはルイカを抱き上げ、階段を上っていく。クロトはロビンに手を引っ張られ、よろけながら立ち上がった。木製の床天井がなくなったことで、階段は見通しがよくなっている。四人の行く前に、金髪の男がいた。
「サンズっっ」
サンズは一瞬だけ振り返ると、階段を何度も転げそうにりながら屋上へ走って行った。
「追うぞっ」




