カラスのジャック
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傘を差したクロトが家の前に戻って来ると、頭上にロビンの姿が見えた。クロトが家に入ると、ちょうど中庭に繋がるキッチンのドアが開いた。
「どうだった?」
ロビンはかぶりを振る。
クロトはタオルを渡してやった。ロビンが体を拭いていると、コツコツと窓を突っつく音がして、二人は窓の方へと振り向いた。ロビンは窓を開け、カラスを中へ入れた。テーブルに移動したカラスを見つめる。
「ペットかな?随分ひとに慣れてるみたいだ」
カラスの羽は、雨に濡れて艶々と光っていた。
《私は・・・ペットではありません》
ぎょっとした二人は、カラスを凝視した。後退りしたクロトに対して、ロビンはすぐに冷静さを取り戻し、カラスに話しかける。
「君は・・・フェフェネックスでもフェネクシーでもないね。先祖がえり?」
《私はジュジタネス。アポロリック家でルイカ様のお世話係をしている、ジャックと申します・・・》
「ジュジ・・・?」
クロトが不審そうに確認を促す。
「ジュジタネス。ケンタウロスみたいに、獣と人がまじった種族のことだよ」
そうロビンは答えて、ジャックを見た。
「それで―、君はルイカの居場所を知ってるの?」
《いいえ。存じません》
ジャックがそう答えた途端、キッチンのドアが乱暴に開け放たれた。びしょ濡れのシドが険しい顔で入って来ると、カラスを見て叫ぶ。
「ジャックっ。何故お前がここにいるっ。さてはルイカを連れて行ったのは実家の連中だなっ?どこだっ?実家かっ?」
《シド様。どうか気をお静めを―》
「何がお静めを、だっ。ルイカはどこだっ?」
シドはテーブルをバン、と叩き、今にもジャックに噛み付きそうなほど顔を近くに寄せた。それでもジャックは冷静に、シドを諌めている。
《本当にわたくしは存じませんのです。わたくしはご実家の命令でルイカ様の様子を探りに参ったのですが、この男を不審に思い、独断で見張っていました・・・ルイカ様が何者かに連れ去られたのも、わたくしの不注意が呼び起こしたもの。責任はわたくしに―》
「お前の反省なんて聞きたくないっ。それでっ。事情を知っているなら周囲を探したんだろうっ?何か手がかりはあったのか?」
カラスはかぶりを振った。
《この雨では、証拠など残りません。ルイカ様の匂いも、この雨で消えておしまいになられました・・・》
シドは暫くジャックを見つめていたが、やがて脱力して椅子に座った。無言のまま数秒がたち、シドは床を蹴る。
「くそっ・・・何で・・・ルイカばかりが・・・」
ゴロゴロ、と不穏の音がして、窓の外に閃光が走った。一瞬音が消え、ふたたび灰色の音が戻ってくる。ジャックは、言った。
《もう一度、上空から探って参ります》
ロビンが気を使って窓を開けると、ジャックはそこから飛び立って行った。
「どうしよう・・・どうしたら・・・何か、何か方法は・・・」
シドがうろたえている側で、ロビンは小難しそうに唸っていた。
クロトはテーブルに置かれたままの花束に気付き、そのまま花瓶に差して立てた。温まるために、新しく淹れたお茶をトレイにのせて運んで来る。
「うぅうぅん・・・・ううう~んっっっ・・・」
ロビンの唸り声は大きくなる。
ふと階段から、ゴトンゴトン、とルイカの卵が降りて来た。
ロビンは唸りながらも、その様子に視線を移す。
「うぅぅぅぅぅんんんんん」
シドは顔を顰める。
「ロビン、うるさいぞっ」
「わかったあっっ」
ガタン、と椅子を倒してロビンが立ち上がると、その勢いで白い花束がボッ、と音を出して燃え出した。
「うわあっ」
クロトは声を上げ、うろたえ出す。
「分かったよ、シドっ」
「何が分かったんだ?」
ロビンはボヤを無視して階段の下に転がって来た卵を拾いあげると、シドの側まで小走りに持って来た。
「こいつだよっ。こいつに探させるんだっ」
「・・・何言ってんだよ?」
「だかぁらぁっ。生物学の本で読んだんだよっ。サラマントイは主人に忠実でしょっ?それは卵の時からの傾向があるっ。ルイカの卵はサラマントイかカーバンクルだっ。カーバンクルも、主人にはなつきやすい生き物で、これも卵からの契約が可能っ。しかも頭がいいから、主人意外にも自分に良くしてくれた者にはなつくんだっ」
シドはだんだんと目を見開いていった。
その横で、クロトはあわあわと慌てて、大きなロウソクのように燃えている花束に向って、淹れたてのお茶をかけていた。
シドの瞳に、希望と熱が篭った。
「じゃあ・・・もしかしたら、その忠誠心を使って・・・」
「そう。僕と君の卵も、カーバンクルかサラマントイっ。サラマントイは危険に対して対抗心が強く、主人を守ろうとする本能が強いんだっ。それに比べてカーバンクルは臆病なぐらい慎重で、危険に対して敏感だっ。犯人が殺気を放っているなら、それに反応するかもしれないっ」
クロトはやっと消火活動を終えて、ほっと溜息を吐いた。
シドとロビンは急いで鞄を肩にかけ、中の鞄を確認した。
ロビンは二階へと走って行って、もうひとつの鞄を取りに行く。
シドはコートを持って来ると、クロトに言った。
「早く着てっ」
「え?」
話を聞いていなかったクロト。
「早くっ」
物凄い剣幕で怒鳴られ、クロトは咄嗟に素早くコートを羽織った。
外に出る。
チョコレート色のドアに背を向け、三人は立った。




