お茶を淹れるまで
「素敵ね。絵のことはよく分からないけど―・・、好きよ、これ」
「ありがとう」
「私太陽より、月のほうが好き」
「僕もだ。不思議と落ち着く」
「風景画専門?」
「今はね。昔は人物画とか、抽象画とかも描いてたよ」
「何故今は描かないの?」
「なぜ、か・・・・・・大人になったから、かな?」
ルイカは瞬いた。
クロティスが苦笑する。
「そう言われても分かんないよね。まぁ、大人には色々とあるんだよ」
「お察しするわ。大人になれば、色んなところで柵や事情が出てくるもの。あなた繊細で感受性がお強いみたいだから、色々と気苦労も多かったのでしょう?」
クロティスが破顔すると、ルイカは微笑した。
「悪い人が描く絵じゃないわ」
「絵は分からないんじゃないのかい」
「あら。物の価値を値段やブランドで判断する大人より、子供の方が素直で曇りの無い目をしていると思うのだけど?」
自分のことを子供という割には、随分と世慣れした口調だった。
「君はもしかして、僕の祖母よりも年上だなんてことないよね?」
「まさか。アトリムグと人間界の時間の流れは基本的に同じだし、成長も老化もそう変わらないわ。一部を除いては寿命もね」
「じゃあ君は何歳なの?」
「今年で十六よ」
「えっ?」
クロティスの驚きように、ルイカは心外そうな顔をした。
「もしかして、もっと幼く見えていた?」
「ああ、いや・・・ああ~・・・うん。少し、ね」
「いいの。仕方ないわ。魔法使いは全般的に実年齢より若く見られる傾向があるし。特に我が家は、骨格が貧相な者が多いの」
「もしかして東洋系?」
「ええ。今は白人系に変化しているけど、元を辿れば東洋系の家系らしいわ。ジャーポという国を知ってる?」
「ああ。縦長で四季がはっきりしている国だよね。美術館とか教科書の資料で絵を見たことがあるよ・・・でも、ジャーポは千年以上も鎖国してる国だろう?他国との国交は一切していないし、国民の出入りも禁止されているとかって・・・」
「ええ。その通り」
「それなのに、未だに骨格的な特徴が家系に出てるの?」
「我が家の始祖は、鎖国直前のジャーポから逃げ出してきた、数人のジャーポンズなの。それからコーリアスとか、チャナーズとかを入れて西へ移動し、東洋薬学を西洋へ持って行ったの。その時にはもうアトリムグは完全に出来上がっていたから、そこに永住することにして、西洋と東洋の薬学を混ぜて応用することで地位を築いていったの・・・でも、当時は東洋系が蔑まれてたから、一族内での交配を余儀なくされて・・・そのせいで血が濃くなって、より魔法使い気質の強い者が生まれてくる結果にはなったけど・・・西洋の血が混じった今でも、小柄な体つきの者が多いわ」
「へぇ・・・まさか、生きてる内にあの国の関係者にあえるとは思わなかったな・・・」
未だにサムライがいて、タタミで生活しているのだろうか?
ジャポネにも一度行ってみたいな、とクロティスは思った。
「そうは言っても、今は『カブキ』も『フジヤマ』もなくなってるかもしれないわ。アトリムグよりもよっぽど謎の国だし・・・それに何十代も前の話よ?私の祖父母もその両親も白人だし・・・おそらく、だけど」
「おそらく?」
「私、父親が不明なの」
「えっ・・・」
クロティスは答えに困った。
「あら。そんな顔しなくても・・・我が家ではよくあることよ?」
クロティスは更に困惑した。
「我がアポロリック家は、代々女が当主を務めるの。必要なのは当主直系の女血筋であって、男の地位や名誉は関係ないってことになってるわ。今でも当主には、何人かの父親候補がとりまいているし。母も少し前までは当主候補だったの」
「へ、へぇ・・・すごいね」
「何が?」
「いや・・・人間界では、一夫一妻制だから・・」
ルイカは首を傾げた。
「それも法律とか、世間体の問題があるからでしょう?何も我が家だけではなく、愛人を囲んでいる人間はたくさんいるわ。ただそれが、女社会の中にあるだけよ?」
「うん。まぁ、そうなんだろうけどね・・・」
「ミスターは、女がしゃしゃり出るのは嫌なタイプ?」
「いいや?女性の自立は良いことだと思うよ・・・ただ、身近にはない文化や習慣に驚いてはいるけどね・・・」
クロティスはカップに紅茶を注いだ。小さな皿にのせると、それを一枚板の木製のテーブルに置く。
「淹ったよ。よ。ミルクは?」
「いいえ。ミルクティーはあまり飲まないの」
ルイカは椅子に腰を下ろした。テーブルの上には、カップが二つと、砂糖ビンが一つ。細い花瓶が真ん中にあって、公園に咲いていたピンクの花が活けてあった。
クロティスは棚からクッキーの箱を出し、テーブルに置いた。ルイカの向かい側に座ると、カップに角砂糖を二つ入れた。




