クリスタスノス
***
ロビンはクロトの顔を窺った。
クロトは視線を伏せ、眉間を寄せたあとで、苦しそうに頷いた。
「僕もそれを子供の時に知っていたら、同じことを望んだだろう・・・同じ力を持つ友人達。不思議な生物。自分の居場所。こことは違う、別の世界・・・」
部屋の中が暫く、沈黙に包まれた。
「クロトさん・・・」
ルイカはクロトを見つめた。
「エリックを探しましょう?」
シドはルイカを見た。
「アトリムグ、って言ったって―・・・広いぞ?」
「それでも、魔法界のどこかで生きてるわ・・・」
ロビンは棒を、テーブルに放った。
「一年以内に探せるかな?」
「やらないよりはマシよ」
ルイカはクロトに振り返る。
「ねっ、クロ・・・」
クロトの名前を言いかけて、ルイカは口をつぐんだ。
ロビンとシドもクロトを見て、口を開く。
クロトは自分の頬に触れて、自分が泣いていることに気が付いた。顔を俯けると、さらに滴が落ちる。
「クロトさん・・・」
クロトは歯を食い縛ったが、それでも涙が落ちるのを止められなかった。
「ごめん・・・自分でもっ、どうして泣いてるのかっ・・・分からな・・・くて・・・」
ルイカはおもむろに立ち上がると、慰めるようにクロトの頬に触れた。
クロトは顔を上げて、ルイカの複雑そうな顔を見た。
ルイカが首筋に触れたとたんに、ちくりとした痛みが走る。急に気が遠くなると、クロトはゆっくりと目を閉じて、気を失った。
「運ぶ?」
ロビンが言うと、シドがグラスをテーブルに置いた。
ルイカは独特な長さの細い針を右手の指輪の中にしまう。
「ええ・・・今日はもう、ゆっくりと休ませてあげましょう・・・」
***
翌朝。
ほとんど会話もしないまま、四人はイビファルに帰って来た。体調の優れないクロトをベッドに寝かせ、シドとロビンは一階へと降りる。ルイカの淹れたお茶を一杯飲むと、学校のために帰り支度を始めた。
「そう言えば、昨日から俺達の周りをちょろょろしている気配があるみたいだけど、あれはアポロリックのさしがね?」
シドが聞くと、ロビンは言う。
「まだいたんだ?何だかクロトさん、ストーカーがいるみたいだね」
「探偵とか?それとも熱狂的な作品ファン?」
ルイカは首を傾げた。
「仕事にしては感情的だし、ファンにしては好意的な感じはしないわ」
「そうだ。お客・・・このあいだルイカが倒れた時、クロトさんを訪ねて来たお客。あいつには気をつけた方がいい。強い香に混じって、悪意とか憎悪とか―何かよくない匂いがした・・・あれは―、悪魔に魅入られた者の匂いだ・・・」
「あく、ま?」
ルイカは一瞬きょとんとして、表情を引き締めた。
エリザベスの言っていた、(彼を護って)という言葉が脳裏をよぎる。
「クロトさんは何度も、自殺未遂を犯しているらしいわ・・・それが、『悪魔の囁き』のせいだとしたら・・・」
シドは指を噛んで、小難しそうな顔をした。
「危険だ。悪魔は清らかな人間が大好物だからな・・・クロトさんなんて、これ以上ないぐらいのご馳走だろう・・・」
「そのお客が、ストーカー?」
「かもしれないわ。学校から帰ったら、クロトさんに聞いてみる」
ロビンとシドは頷き、お茶セットの片付けを手伝った。
「そろそろ行こう」
「ちょっと待ってて」
「遅刻する、つーか、もう遅刻してるんだけどぉ―・・・」
二階へ続く階段を上がっていくルイカ。
「って聞いてないし・・・」
少し寂しげなシドの肩を、ロビンはポン、と叩いた。
視線が合う。
「泣くなら胸、貸そうか?」
シドはにっこりと笑った。
「殴っていい?」
「やだ」
二階に上がったルイカは、ベッドのサイドテーブルに、リボンのかかった小さな箱を置いた。薄らと目を開けたクロトと目が合って、ルイカは微笑んだ。
「ごめんなさい。起こしてしまった?」
「いや・・・いいんだ・・・」
「今から学校に行って来るから、卵のこと頼みます。それと―」
ルイカは小さな箱を手に取り、クロトに渡した。
「これは?」
「プレゼント」
クロトが封を解くと、そこには片方だけのピアスがあった。金の針がついた透明な石は細長く、先が尖っている。
「もしかして・・・アイストーン?」
「そう。私とお揃い。学名は、クリスタスノス。石言葉は《孤高ゆえの美》《純粋な心》《あなたの心を溶かしたい》」
クロトはふと笑んだ。
左の耳にピアスをつける。
「どう?」
ルイカは微笑した。
「似合ってるわ」
クロトも微笑し、横になった。
「おやすみ。行ってらっしゃい」
「ええ。おやすみなさい」
――数十分後。
クロトはノックの音で目を覚ました。
訪ねてきたのはサンズで、やはり幻想画の催促だった。
クロトは体の不調を理由に早々に会話を切り上げ、二階へと戻る。例の香りで更に気分の悪くなったクロトは、倒れこむようにベッドへと潜り込んだ。
窓の所で羽音がすると、クロトは一羽のカラスと目を合わせた。黒い瞳がじっと、クロトを観察するように見つめる。
クロトは青白い顔を、枕に埋める。
「悪いけど食べ物はないよ・・・」
『余計なことをすれば、身を滅ぼすぞ・・・』
「え?」
クロトは顔を顰め、カラスに振り向いた。しかしその時には、すでにカラスは空へと飛んだあとだった。クロトは暫く窓を見つめ、そして溜息を吐いた。
「そうとう疲れてるんだなぁ・・・」
クロトは気だるげに、毛布を頭からかぶった。




