第三次世界大戦の裏歴史
***
そのままホテルに泊まることとなった。
椅子に座ったまま呆然と遠くを見続けているクロト。
ルーム・サービスで勝手にシャンパンを頼んだシドは、それをグラスに注いで、クロトの前に差し出した。自分もお相伴に預かり、酒をあおる。
ロビンはクロトの向かいのソファに、やはり両膝を立ててしゃがむように座っていた。金色の飴玉をしゃぶり、持って来た卵の様子を窺うために、鞄を覗き込んでいる。ノートを広げる。
「今日もあんまりかわらない」
と言いながら、日記をつけている。
ルイカは同じく膝の上に置いた卵を撫でながら、巻尺でミリ単位の変化を記録し、室温や湿度までも細かに書いている。
クロトは差し出されたシャンパンを一口飲むと、呆っとルイカを見た。
「・・・どうかして?」
「さっき・・・マクドナルドさんが気になることを・・・言っていたよね?」
ルイカは首を傾げる。
「詳しいことが知りたいなら、君達に聞くといい・・・って・・・」
シドとロビンもクロトに視線を送り、沈黙する。
「あれは・・・どういうこと?」
ルイカは日記をしまい、数秒の間を置いた。
「お茶会で、シドの―『死を呼ぶバラ』の話しをしたでしょう?憶えている?」
「ああ。憶えているよ。けど、今はそんなこと―」
「関係あるのよ」
クロトは沈黙した。
ルイカは卵を撫でながら、目を伏せがちに、静かに話しだした。
「約千年前、シド軍が活躍した戦のそもそもの始まりは、アトリムグと、ある国との国境が崩れてしまったことがきっかけなの。そのせいで両国は領地を取り合った。文化と人種なんかの違いもあいまって、領国には内戦や集団の裏切りが多発、誰が誰の敵なのか分からないぐらい、混乱した戦争になった・・・だから、『仮面の乱』と呼ばれるようになったの・・・」
「その、ある、国って・・・」
「人間界だよ」
クロトは目を見開き、ロビンを見た。口をぽかんと開けて、息を飲み、搾り出すように言った。
「第三次っ―・・・世界大戦っ?」
「そう。人間界ではそう呼ぶね。陸の形が変わるほどの天変地異で人間界は混乱し、食料問題やら何やらで当時は内戦中だった。それと同時期に、時空の歪みが原因でアトリムグに穴が開いてしまって、それまでウィタジィとその血筋しか出入りできなかった世界に、人間が新天地を求めて雪崩れ込んで来た・・・そこから、人間とウィタジィの戦いがはじまったんだ・・・」
クロトはシドを見る。
「でも、そんな話はっ・・・第三次世界大戦が起きたことは知っているっ。けど、そんな大きな事件、歴史の教科書にのらない筈がないだろうっ?」
「歴史の教科書を作っているのは、政府の機関だよ」
クロトは言葉を失った。
シドはグラスの中の気泡を見つめる。
「それに歴史を作るのは、歴史自身じゃない。時の権力者だ」
「時の、権力・・・?」
ロビンは口の中で飴を移動させ、ころころと音を鳴らせた。
「アトリムグと人間界が繋がったせいで、アトリムグに住んでいた動物や猛獣なんかも、人間界に出て行ってた。ドラゴンや羽のはえたライオンやユニコーン、神秘の力を持つ大蛇や、獣人なんかが人間界に広く知れているのは、過去にも何度か、アトリムグと人間界が繋がったからなんだって」
「でもそれは、とても一時的なこと。瞬間的と言ってもいい。『仮面の乱』が起こるきっかけとなった天変地異は、人間が繁栄してきてはじめてと呼べるぐらい、大きな天災だった・・・今まで人間に酷い目にあわされてきたウィタジィは、侵入して来た人間達を受け入れようとはしなかった。ウィタジィリィーとその恋人や家族は、その血筋のせいで、どちらにつくのか揺れに揺れたわ。だから通常では考えられないぐらい大きな規模の裏切りが、何度となく起こった・・・」
「少人数ではあったけれど、『召喚師』の召喚獣も数に入れれば、アトリムグの実力は人間界の化学兵器に劣ることはない。何といっても、その全員が魔法使いだからね。ロビンみたいなフレーラーなんか相手に、普通の人間が敵う筈が無い・・・結局人間界はアトリムグに負けて、降伏した・・・」
「魔法界は勝利をおさめたけれど、『我等は人間とは違う』のだと言って、植民地にはしなかった。そのかわり人間界に逃げ出した猛獣をアトリムグに戻し、国境を新たに張りなおすことを条件に、魔法使いは人間に『沈黙』を要求した。『冷戦的友好条約』・・・そのために人間界の政府は、第三次世界大戦にウィタジィが関わっていることを徹底的に隠したの。もともとは自分達が悪いのだもの。教科書にのってないのも当然ね・・・エリックの情報が公開されないのも、きっとそれが原因・・・多分これからも、真実が表ざたになることはないと思うわ・・・」
シドはシャンパンをあおった。
「立場が逆転しない限りね・・・」
「今でもジャーポが鎖国しているのは、もともと地震が多くて不安定な地盤だったところに、アトリムグの生物がいっきに吐き出されたからなんだって。でもジャーポでは、『ようかい』って言うのが昔から身近にいたらしいから、今は共存してる可能性が高い」
ロビンが飴をしゃぶり終わると、クロトは呆然としながら三人を見渡した。
かつて彼女達の祖先と自分の祖先は、背中色の戦いをした・・・。
《魔女狩り》《ジャンヌ・ダルクの処刑》《第三次世界大戦》。
そしてその結果が、半植民地―。
自分の甥と気軽に連絡もとれない事態、というわけか。
クロトは眉間を押さえ、はぁぁ、と大きな溜息を吐いた。
「それで―・・・エリックはウィタジリィーだから、何かされるの?人間に?ウィタジィに?ウィタジリィーに?」
「まさか。純粋に留学したんだよ。僕みたいに・・・」
ロビンは棒飴の棒を、手持ち無沙汰に振っていた。
「ただ僕みたいに、ってことは、連絡取るのは難しいと思う。僕も家族との連絡は極力取るなって言われてるし・・・エリックも園の子達みたいに、アトリムグを目指したのかもしれない・・・何よりウィタジリィーは、居場所を欲してるから・・・親がいないなら、余計にだよ・・・」




