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天の花  作者: 猫姫 花
75/91

いない


 ***


「どういうことですかっ?」

「ああ、ミスター。落ち着いて下さい。これには理由があるんですのよ。恐らくあなた、事情を知らないようですわね?」


「事情?何の事情です?ここには子供にいっさいのプライバシーがない、という大人の事情ですか?」

「いいえ、いいえ。ミスター。これにはもっと、重大な事情があるのですっ。しかしそれを、私の一存でお話することはできません」


「では園長はっ?」

「園の代表はわたくしです」


 クロトはかっとなって、声を荒げた。


「では誰の一存ならお話いただけるのですっ?エリックは今、本当に寝込んでいるのですかっ?まさかあなたの一存で、会わせないようにしているのですか?」

「ミスターッ、落ち着いて下さい。とにかく今日は、エリック君に会わせられません。後日、担当の者をご自宅へ説明に行かせます。ですからどうか、今日はこのまま・・・」


「なぜ今日ではいけないのです?」

「ですからエリック君は、熱を―」


 クロトはシスターの言葉を無視して、ドアの方へと向った。


「あっ、どこにっ?」

「エリックは熱を出しているのでしょう?オジとして見舞う権利はあるはずだ」

「いけませんっ」


 クロトはドアを開け放ち、長い廊下の左右を見渡した。


「宿舎はどちらです?」

「ミスターッ。いけませんっ。どうかおひきとりをっ」


 クロトは益々嫌な予感に苛まれ、自分の腕にすがりつくシスターの腕を振りほどいた。


「何がいけないのですかっ。何故会わせてくれないんですっ。金と手紙しか送らなかった偽善者のたぐいだとお思いかっ?」

「いいえっ。いいえ、違いますっ。あの手紙を見て、誰が偽善者などと思いますかっ」


「では何故なのですっ?」

「エリック君はもう、この園にはいないんですっっ」


 言い切ったところで、シスターははっと我に返った。口元に手を当てたシスターの顔色が今度は本物だと分かって、クロトは暫くの間、口を開けたまま硬直していた。


「・・・何ですって・・・?」

「ああ、ミスター。どうかお許し下さい。わたくし達はどんなに縁者思いのオジ上である事を知っていても、勝手にお知らせすることはできないのですっ・・・」


「何を・・・何のことを言っているんですかっ・・・?」


 角を曲がったルイカは、少し先にクロトとシスターを見つけた。


「クロトさん」


 その声に、クロトは咄嗟に振り向いた。

 ルイカは微笑みかける途中で、クロトの異変に気が付いた。


「何か・・・ありましたの?」

「あなたにはお分かりじゃなくて?小さな魔女さん」


 ルイカはシスターと目を合わせて、表情を固くした。

 今日も黒尽くめの服を着ていたルイカ。


「それはこの格好のことですか?」


 シスターは意味あり気な視線を送るだけで、質問には答えない。

 ルイカはふと、クロトに視線を向けた。


「エリックは?―会えるの?」

「残念ですが、エリック君に会わせることはできません」


 ルイカはシスターの口調に少し腹が立って、シスターへと視線を戻した。


「それはエリックが熱を出しているから?それとも、別の理由がおありなのかしら?」


 シスターは固い表情で沈黙した。

 ルイカは目を細める。


「例え小さくとも、本物の魔女を怒らせるとろくなことがおこらなくてよ?シスター?」


 ルイカは右手の指輪を抜くようにして、中指を左手で撫でた。すると左手には、いつの間にか黒い教鞭のような棒が握られていた。


 シスターははっと目を見開いた。

「本物のっ・・・」

 ルイカは棒の先を、シスターへと向ける。

「さぁ、エリックはどこ?私はこう見えても気が短いのよ。あんまり待たせると、退屈しのぎにカエルのダンスが見たくなるかもしれないわ」


 ルイカはちらりとクロトを見た。


「・・・それともクロトさん、お夕飯にカモをいただく?」

 

 シスターはじりじりと後退りした。


「待って・・・分かりました。降参です。今ご説明できる者を呼びましょうっ。ですからどうか、それをしまって下さいっっ」


 ルイカは数秒の沈黙のあと、魔法の杖を同じようにして指輪の中へとしまった。

 クロトはわけが分からない、と言う顔で二人を交互に見ている。


「そんな顔しないで。勝手な魔法は禁止されてるから、無闇に使ったりはしないわ。それにもしカモにしても、食べることは無いから」


 ルイカは動揺しているシスターを見て、付け加えた。


「美味しくなさそうだし」


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