いない
***
「どういうことですかっ?」
「ああ、ミスター。落ち着いて下さい。これには理由があるんですのよ。恐らくあなた、事情を知らないようですわね?」
「事情?何の事情です?ここには子供にいっさいのプライバシーがない、という大人の事情ですか?」
「いいえ、いいえ。ミスター。これにはもっと、重大な事情があるのですっ。しかしそれを、私の一存でお話することはできません」
「では園長はっ?」
「園の代表はわたくしです」
クロトはかっとなって、声を荒げた。
「では誰の一存ならお話いただけるのですっ?エリックは今、本当に寝込んでいるのですかっ?まさかあなたの一存で、会わせないようにしているのですか?」
「ミスターッ、落ち着いて下さい。とにかく今日は、エリック君に会わせられません。後日、担当の者をご自宅へ説明に行かせます。ですからどうか、今日はこのまま・・・」
「なぜ今日ではいけないのです?」
「ですからエリック君は、熱を―」
クロトはシスターの言葉を無視して、ドアの方へと向った。
「あっ、どこにっ?」
「エリックは熱を出しているのでしょう?オジとして見舞う権利はあるはずだ」
「いけませんっ」
クロトはドアを開け放ち、長い廊下の左右を見渡した。
「宿舎はどちらです?」
「ミスターッ。いけませんっ。どうかおひきとりをっ」
クロトは益々嫌な予感に苛まれ、自分の腕にすがりつくシスターの腕を振りほどいた。
「何がいけないのですかっ。何故会わせてくれないんですっ。金と手紙しか送らなかった偽善者のたぐいだとお思いかっ?」
「いいえっ。いいえ、違いますっ。あの手紙を見て、誰が偽善者などと思いますかっ」
「では何故なのですっ?」
「エリック君はもう、この園にはいないんですっっ」
言い切ったところで、シスターははっと我に返った。口元に手を当てたシスターの顔色が今度は本物だと分かって、クロトは暫くの間、口を開けたまま硬直していた。
「・・・何ですって・・・?」
「ああ、ミスター。どうかお許し下さい。わたくし達はどんなに縁者思いのオジ上である事を知っていても、勝手にお知らせすることはできないのですっ・・・」
「何を・・・何のことを言っているんですかっ・・・?」
角を曲がったルイカは、少し先にクロトとシスターを見つけた。
「クロトさん」
その声に、クロトは咄嗟に振り向いた。
ルイカは微笑みかける途中で、クロトの異変に気が付いた。
「何か・・・ありましたの?」
「あなたにはお分かりじゃなくて?小さな魔女さん」
ルイカはシスターと目を合わせて、表情を固くした。
今日も黒尽くめの服を着ていたルイカ。
「それはこの格好のことですか?」
シスターは意味あり気な視線を送るだけで、質問には答えない。
ルイカはふと、クロトに視線を向けた。
「エリックは?―会えるの?」
「残念ですが、エリック君に会わせることはできません」
ルイカはシスターの口調に少し腹が立って、シスターへと視線を戻した。
「それはエリックが熱を出しているから?それとも、別の理由がおありなのかしら?」
シスターは固い表情で沈黙した。
ルイカは目を細める。
「例え小さくとも、本物の魔女を怒らせるとろくなことがおこらなくてよ?シスター?」
ルイカは右手の指輪を抜くようにして、中指を左手で撫でた。すると左手には、いつの間にか黒い教鞭のような棒が握られていた。
シスターははっと目を見開いた。
「本物のっ・・・」
ルイカは棒の先を、シスターへと向ける。
「さぁ、エリックはどこ?私はこう見えても気が短いのよ。あんまり待たせると、退屈しのぎにカエルのダンスが見たくなるかもしれないわ」
ルイカはちらりとクロトを見た。
「・・・それともクロトさん、お夕飯にカモをいただく?」
シスターはじりじりと後退りした。
「待って・・・分かりました。降参です。今ご説明できる者を呼びましょうっ。ですからどうか、それをしまって下さいっっ」
ルイカは数秒の沈黙のあと、魔法の杖を同じようにして指輪の中へとしまった。
クロトはわけが分からない、と言う顔で二人を交互に見ている。
「そんな顔しないで。勝手な魔法は禁止されてるから、無闇に使ったりはしないわ。それにもしカモにしても、食べることは無いから」
ルイカは動揺しているシスターを見て、付け加えた。
「美味しくなさそうだし」




