バニラ・フラワー・ティー
「今度は何淹れたの?」
「バニラ・フラワー・ティー」
「いいね。これ飲んだらちょうだい」
ルイカが席に座ると、クロトが聞く。
「バニラ味なの?」
「味より香りが似てるの。口に入れるまでは普通のお茶なんだけど、鼻から抜ける香りがバニラに似てるのよ。クロトさんもそれを飲んだら、淹れて差し上げるわ」
「ありがとう」
ロビンは薄緑色のクッキーを頬張りながら言った。
「そう言えばさ、シドって、『シド』に詳しいよね?」
カップを口に付けたまま、シドは片眉を上げた。
「それはどっちのシド?」
「何百年も前のシド。『死を呼ぶバラ』の方」
「ああ、うん。多少はね。―何故?」
「僕とルイカ、校長に言われたんだよ。シドがどうとか・・・あぁあ・・・誰かが髪の毛切ったとか、カンムリがどうしたとか―」
ロビンが助けを求めてルイカを見ると、ルイカが言った。
「詩よ」
「星が定めし若人の、運命やのちの道となり・・・」
「ああ。シドの馬車のり、レトムの髪切り、次は誰ぞの戴冠か」
「そう、それ。どういう意味?」
「これは最高の褒め言葉でもあるし、最高の嫌味でもある。話し相手を伝説の偉人と引き合いに出して、『いずれその偉人に匹敵する人物にあなたはなるのでしょうね。あなたが変っているのは、その才気のせいで、他人と違っているのは仕方ありません。将来、それに見合う功績を残してくれることを期待していますよ』・・・―と、まぁ。大体こういうことを言ってる・・・」
ルイカは自分のカップにお茶を注ぎながら言った。
「あなたが進む運命の道のりは、シドやレトムに似ていますね。他人よりも険しく辛いのは、きっとその先にある栄誉ある結果のためですよ・・・そういう励ましにもとれるわ」
「確かに・・・受け取り方によって、色々な意味に聞こえる詩だね」
クロトはそう呟きながら、スコーンを食べた。
「それで、レトムって誰なの?」
「千年ぐらい前の戦争でシドと共に戦った―・・・あ。その前にシドは知ってる?」
「背中色がどう、とかって言う詩しか知らないよ。誰にもなびかない孤高のひと、みたいなイメージはあるけど」
「大きな赤いバラが現われれば、そこは火の海と化し―?」
「そう。その『背中色』の意味も良く分からない」
「シドの絵画を見たことないんだね?―詩の最初に出てくる大きな赤いバラ、それが背中色だよ」
クロトが首を傾げると、ルイカがふふ、と笑った。
「伝説人シドの背中には、大きな赤い牡丹の刺青があるの。昔は牡丹の花が一般的に浸透してなかったから、バラだと誤解されたらしいわ。『大きな赤いバラ』がある背中は、真紅色。真紅の火の海と化し、花びらを散らす―、つまりは火のこ。もしくは戦場で血が飛ぶ、という比喩・・・専門家はどちらかで揉めてるらしいけど、この詩を作ったひとはその両方を言ってるんじゃないかと私は思ってるの」
「なるほど。真紅かぁ・・・」
クロトはシドがルイカに贈った、あの赤いバラを思い出した。
「伝説人シドは美男子のうえ、全てにおいて非の打ち所がないと言われた騎士だよ。昔は今より領主とか小国王の力が強かったから、大きな単位のやとわれ騎士団とかもいたし。その中でも大将シド率いる集団は、最強と名高かった。のちに『仮面の乱』と呼ばれる大きな戦で活躍し、戦中に三十六歳の生涯を閉じている。そのあとを継いで大将になったのが、絶世の美女と言われたレモエイの弟、レトムだった。レトムは姉のふりをして女装をし、わざと敵に捕まり捕虜になった。敵将の寝所に潜り込んでそのまま首を取り、勝利をおさめている。そのあとも敵国を植民地にすることを踏み止まり、あくまで冷戦的友好条約を結んだことで、民からの人気は絶頂に達した。千年以上も前の人物達だけど、いまだに不動の人気を誇っているよ。他にもシドの戦友、ラファノスとかトクモという男達も、今は神格化されて崇め奉られてる。アトリムグでは、彼らの功績に乗じた三日間続くお祭りとかもあるしね」
「へぇ。じゃあ、『レトムの髪切り』は・・・断髪式?アトリムグにも戴冠前に断髪式があるの?」
「そう。レトムはそのあと、皇帝大将という、騎士の最高位につき、生涯をある地域の国王として過ごした。だから最後は、『次は誰ぞの戴冠か』―なんだよ」
「へぇええ・・・」
クロトは感心しながら、カップの中身をすすった。空になったのに気づくと、ルイカはバニラ・フラワー・ティーを注いでくれる。飲んでみると確かに、バニラの香りがした。
「あ、美味しい」
今まで黙って聞いていたロビンが言う。
「で―、結局校長は、僕達のことを褒めたの?それともプレッシャーかけたかったの?」
「ああ。そう言えば、そんな話だったわね・・・」
シドはカップを持ったまま暫し宙を見る。
「さぁ?どっちかって言うより、どっちも、って言う方があのひとらしいんじゃない?」
「「あぁあ」」
ルイカとロビンは同時に納得した。
「あり得るわね。あの時の校長、若かったもの」
「若いとトゲトゲでチクチクだし」
「まだ精神が成熟してない頃の肉体なのよ。きっと」
シドは頷いた。
「肉体の遡りは、その頃の精神も呼び起こしてしまうと言われている」
「あの姿の校長って、結婚前の精神なんじゃない?マリッジ・ブルー?」
数秒後。
茶を啜っていたシドと、クッキーを齧っていたロビン。
「「ええっ?」」
二人は同時に叫んだ。
「校長って結婚してたのっ?」
「どんな変りものだよっ?美人っ?」
「美人かどうかは・・・でも、私のひぃひぃおばあ様は校長と学生の頃の先輩後輩だし、アンバー先生は親友よ。今でも文通しているし。校長の奥様も、校長がDRKの学生の頃に出会った、後輩だったみたいよ?」
「そうだったんだ・・・結婚はその一度きり?」
「さぁ?どうなのかしら・・・でも、そのひととの間に子供はいなかったらしいわ。校長が自由年齢移動を可能としているのは、もしかしたら―・・・」
シドは眉間を寄せて、指先についたクッキーの粉を払った。
「先天的に?」
「もしくは後天的に、ね・・・」
クロトが不思議そうに首を傾げると、ロビンが気づいた。
「他にはない特殊体質を持っている者は、そのほとんどが生まれつき子供をつくれない体か、事故とか病気とかで子供を作れなくなった者なんだ。その代わりみたいに、特別なものを授かる場合が多いんだって」
「・・・誰が授けるの?」
ロビンは肩を竦めた。
「さぁ?」




