シドとロビンのケンカ
翌日の放課後だった。
「じゃあ本当に僕も行っていいの?」
クロトの家の二階、ルイカの使っている部屋で開かれた小さなお茶会は、ほのぼのと進行していた。
「もちろん。逆にもしエリックが血筋のことを知っているなら、人間育ちの君は、頼りがいがあるだろうからね」
クロトがそう言うと、ロビンは照れくさそうに笑った。窓を背にしているために、つんつんと立った髪の毛が透けて見える。
「その、マノラン?まではどれぐらいで行けるんですか?」
ロビンの隣に座ってるシドが聞く。
「車で四時間ぐらいかな。僕は車持ってないから電車の乗り継ぎになるけど、あまり変わらないんじゃないかなぁ?」
「そうなの?」
「渋滞にはまらなきゃね」
シドはふと笑いながら、カップに口を付けた。
「アトリムグの学校のことはよく分からないけど・・・君達はこういう風に、その・・・ちょくちょく人間界に出入りしても大丈夫なの?」
「ううん。大丈夫じゃないよ」
ロビンが平然と言いながらクッキーを齧ると、シドは優雅に足を組み直した。
「一般のウィタジィが人間界に出入りして、しかも干渉するのは重大な禁忌です。ましてや成人してないし義務教育も終わっていない者が、ここまで人間に関わるのは異例だ」
クロトが困惑すると、シドは苦笑する。
「しかし俺とルイカはあなたの親戚だし、ロビンは学校の許可も得ている。今は外出許可期間中だし、俺達三人は特別待遇室の生徒だから、元々外出許可が出やすいんですよ。あなたは生粋の人間ではありませんしね。ご心配なく」
「なんだ・・・そうか・・・」
ロビンがお茶を飲みながら言った。
「僕は特別待遇室にいるけど、色々問題があって隔離のために入れられてるから、普通そういう生徒は外出許可が出にくいんだ。こういう機会がなければ人間界になんてそうそう戻れないし・・・僕今回の騒動については、少し・・・不謹慎かもしれないけど、感謝してる」
クロトは数秒沈黙し、ロビンを見つめた。
「僕には・・・君が言うほど、何か問題を抱えているようには見えないけど―」
「この前言ったでしょう?能力のコントロールができないって。僕はウィタジィの血を多く引いた人間で、そういう人間は大抵自分の力に悩まされる。僕の場合は特殊で、ウィタジィの先祖がえりのうえに、『フレーラー』という種類らしいんだ」
「フレーラー?」
ロビンが右手を空中にかざすと、手の平が赤い炎に包まれて火の玉が踊った。
「あぶなっ」
横にいたシドがそれを避ける。
「ごめん」
ロビンは謝って、指揮者が終わりを告げるように、手首を回して指を閉じた。すると炎はぴたりと止んで、跡形もなく消える。
「ウィタジィには稀に、自然界に属する体質を持った者が現われるんだ。僕の場合は炎。だから好きな時に炎が出せるし、自分が出した炎に触れても、熱くないし火傷もしない。そのかわりフレーラーには、『自分の能力が把握しにくくて、その能力に飲み込まれやすい』、という傾向があるんだ。僕はその典型で、だから危険視されてる」
クロトは数秒沈黙し、外した視線を元に戻した。
「『闇を照らす聖なる炎。しかし近付けば近付く程に、闇より恐ろしい痛手を与えるものとなる』」
「自然摂理の陰陽学、ピート=リーだね」
シドが言うと、クロトは首を傾げる。
「さあ?祖母の受け売りだから、誰の言葉かまでは分からないよ」
「他にもウォーティオンとかウドラムとか、自然界属性のウィタジィはいるけど、そのひと達もその能力で得したり、損したりしてるらしいし」
「ふぅん・・・ウィタジィも色々と大変なんだねぇ」
「人間だって、生きてれば大変なことだってあるでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどね」
「大丈夫。僕達、『異例』作るの初めてじゃないから。むしろ、得意だし」
「得意?」
「そのせいで、問題児扱いに拍車かかってるんだもんな?」
シドが言うと、ロビンは心外そうに返した。
「言っとくけど、巻き込んでるのは君達だからね」
「最終的に事態を大きくするのはお前だろ」
「シドだよ」
「お前だよ」
「シドだよ」
「お前だ」
「シドだよ」
「ケンカしないの」
新しいお茶を淹れに一階にいたルイカがポットを抱えて上って来ると、シドとロビンはしかめっ面をした。
「だって最近シド、嫌味っぽい」
「お前のせいだ」
二人が顔を顰めて睨み合う。
「やめなさいよ」
ルイカが言う。
「私のお茶会でケンカなんか始めたら、ただじゃおかないからね」
「「でも―」」
「私を相手にする勇気があるの?」
二人が黙ると、ルイカはポットをテーブルに置いた。
「お茶は楽しむものよ」
「じゃあおかわり」
ロビンが空のカップを差し出すと、ルイカは呆れて溜息を吐いた。
「ロビン、あのね・・・」
ロビンは何事もなかったかのようにクッキーを齧り、無邪気に首を傾げた。
「・・・もういいわ・・・」
クロトはシドを見た。彼の方もすでに冷静を取り戻し、テーブルに頬杖をついている。
何ともまぁ、羨ましい関係の三人だ。




