姉が残したもの
ルイカは鞄のある二階まで駆けて行き、すぐに戻って来た。
「ほら、これ」
クロトは腰を浮かせた。ルイカに差し出された学校宛の封筒を見て、更に困惑する。「どうしてベスが、君に手紙を?」
「違うわ。ベスさんの名前を使って、リズ姉さんが私に手紙を送ったのよ。姉さんは駆け落ちして、実名で手紙なんて出せなかった。だから私がDRKに入るのを見計らって、偽名で贈り物をしたんだわ」
ルイカは封筒からカードを取り出すと、それをクロトの前で開いた。白いカードには、数行の文字が書かれている。
ルイカ 入学おめでとう
私と彼も仲良くやっています。
元気な子供も生まれました。
会って見せてあげたいわ。
いつか抱いてあげてね。
あなたの親愛なる友人より
「実家のノート類を秘密で調べたら、リズ姉さんの筆跡によく似てたわ。これと一緒に、小さい頃に聞かせてくれたオルゴールも贈られて来たの。難解だったけど、それでも姉さんはヒントを残してくれた・・・私が味方の立場になって、謎解きをすることに賭けて」
やっと事態が飲み込めてきたクロトは、腕に鳥肌をたてた。
「じゃあ・・・君の言っていたリズは、エルリックが連れて来た、あのリズなのかっ?エリックの母親のっ?」
頷きかけたルイカ表情が、いっきに驚愕へと変った。
〝その弟夫婦はもう亡くなっているし、今はその二人の子供が―〟
〝その弟夫婦はもう亡くなっているし―〟
「亡くなって・・・・・・」
ルイカはゆっくりと、クロトの顔を見た。
「弟さんと姉さんは、亡くなってるって・・・クロトさんは言ったわよね?」
クロトははたと目を見開き、居た堪れなさそうに視線を外した。
「そう・・・二年ぐらい、前に・・・」
「それは・・・死因は何?」
「交通事故だ・・・いや。殺人事件と呼んでもいいかもしれない」
「え?」
ルイカが顔を顰めると、クロトは静かに話しだした。
「弟は人間嫌いでね。普段は山の中にある小屋に、家族三人で暮らしていたんだが・・・買出しのために街に下りて行った日、麻薬中毒者が運転する車が、何人かを轢き飛ばしながら市場を暴走し、弟家族に向って突っ込んだ。弟は妻の―君のお姉さんと息子を庇おうとしたらしいけど・・・結局助かったのは、甥のエリックだけだった・・・」
ルイカは薄く口を開いたまま、沈黙していた。
「犯人は・・・捕まったの?」
「捕まったよ。でも・・・獄中で自殺したらしい・・・」
ルイカは呆然としたまま、暫く黙っていた。
「そう・・・そうなの・・・」
姉が死んでいるかもしれないということは、予想の中の、かなり高い可能性として考えていたので、ルイカは自分でも意外なほど冷静に、この事実を受け止めていた。
それでも気分が平常なわけはなく、ルイカは顔を俯けた。
「僕が言うのも変かもしれないけど・・・・・・・・・ああ、いや。なんて・・・お悔やみを言ったらいいか・・・」
ルイカは囁くような声で言った。
「いいえ・・・姉さんはクィーンの第一候補だったから、執拗にアポロリック家に追われていた筈よ・・・それでも姉さんは、私に手紙を送ってくれたんだわ・・・きっとどこかで、死を予感していたのかもしれない・・・」
妹の私を思ってくれていたから?
自分達に不幸が訪れることを知っていて・・・?
◇いつか抱いてあげてね
〝やっぱりそうなんだな?あの異常な死の蔓延は・・・全ての黒幕は、クィ―・・・〟
ルイカは目を瞑り、深い溜息を吐いて脳裏の声を遮断した。
「『ガイウス』で働いているベスさんのことをつきとめれば、その周辺人物―つまりクロトさんを通じて、その弟、自分と子供に辿り着いてくれるんじゃないかって、きっとリズ姉さんはそう思ったんだわ・・・」
「でも・・・ベスは死んだ」
深い闇の淵からのような声に、ルイカは頷いた。
「でも君は、見つけたんだ・・・」
予想外に、クロトの声には熱が篭っていた。
クロトとルイカは、目を合わせる。
「それに二人の子供・・・エリックは、生きている・・・」
沈んだルイカの心の中に、何か小さくて暖かいものが灯った。
養護施設にいる、リズの子供。
「リズ姉さんが抱いて欲しい、と言った『子供』は―」
「僕の甥だ」
「そして、私の甥でもある・・・」
二人は初めてお互いを見つけたように、じっと見つめ合った。
「じゃあ、私達は・・・」
ルイカは言いよどみ、困惑した。
「こういう関係って、家系図上では何て呼ぶのかしら・・・?」
「さあ?・・・どちらにしても、僕達は親戚らしい・・・」
ルイカは数秒後、虚脱して椅子に座り込んだ。




