謎解きディナー
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保険医が聴診器を降ろすと、ルイカは制服のボタンを閉めた。
さらさらの亜麻色髪をペンでかくのが、美人保険医パブロの癖だ。
「こんな症例、聞いたことないしなぁ・・・でも、人間界で発作を起こせば一大事だ。下手に病院にも行けないし・・・とりあえず、発作用の薬を少し出しておこうか?」
パブロは高い天井を睨みながら唸った。ルイカの場合、何を処方すればいいのか、事情を知っている医者は皆頭を抱える。
「マンドラゴラリムの錠剤と、クレマルとパプの乾燥粉末はどうかなぁ?それともゴールド・ロウタスの花粉とメンヤの煎茶・・・」
パブロが腕組みをすると、胸が寄って谷間ができた。両足を男のように広げ、回転式の椅子を左右に揺らしたかと思えば、突然立ち上がると、白衣をはためかせて薬草園へと向う。広い保健室の窓からは、薬草園の一部が見えた。ルイカが窓を見つめていると、パブロが死角から現われて、適当な薬草を探し始めた。
「ルイカ」
声の掛かった方を見ると、入り口からロビンが入ってきた。
「どうだった?」
「どうもしないわ」
「そ。良かった」
ロビンはパブロに気づき、窓の向こうを見た。
「今日は胸があるのに男の格好なんだ?」
「そうみたいね」
「パブロ先生って――・・・本当はどっちなの?」
「さぁ?突然変異のアトリムグラス系、アトリメデューナだから、どっちが本当とか、そういうことじゃないと思うけど・・・」
「ふぅん・・・?」
***
クロトはドアを開けた。
「おかえり」
フードを肩に落としたルイカ。
「これ、学校で作ったの。よかったら食べて?」
ルイカから布に包まったクッキーを貰うと、クロトは礼を言って一枚齧った。
「ジンジャークッキーか。うん。上手だね」
「その隣のは紅茶の葉入り、白っぽいのは変異種タンポポの花びら入り。加熱すると白くなるの。味はベリーに似てるわ」
クロトはその変異種タンポポ・クッキーを齧る。
「あ、本当だ。ベリーだね」
ルイカはキッチンに行くと、クロトが夕飯の準備の途中だったことに気づいた。
「お手伝いしましょうか」
「いいよ。少し休んでて」
「ありがとう。でも、ロビンから最短のルートを教えてもらったから、これからは過労で倒れることもなくなると思うわ」
クロトは話をしながら、それは見事な手さばきでアボガドの種をとり、玉ネギをスライスし、エビの皮をむいて背綿を取った。
「今日はいい魚が手に入って・・・あ。魚大丈夫?」
「ええ。大抵のものは食べられるわ」
「えらいな」
「今、子供扱いしたでしょう?」
「あ・・・ああ、いや・・・世の中偏食家は多い、って意味だよ」
ルイカはふふ、と可憐に笑った。
***
すっかり暗くなった頃、ディナーは始まった。
アボガドとエビのサラダ・特性ソースがけと、白身魚のフライ、牛肉パスタスープなどが並び、二人は向かい合って食事をした。
「クロトさんって、もし画家を辞めることがあっても、シェフで食べていけるんじゃないかしら」
「いやだなぁ。不吉なこと言わないでよ」
クロトは苦笑しながら、タルタルソースのついたフライを口に運んだ。
「でも、一時期は本当にそう思ってた時期があったんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「どうして?」
「売れなかったからなぁ・・・何だか業界に、僕の悪い噂が流れちゃってね。根も葉もなかったんだけど、こういう世界って狭いから、すぐに広まっちゃうんだよ。個展もできないし、買ってくれる出資者も次々に手を引いていくし・・・それでまぁ、十代の頃から飲食店でバイトしてたから、少し本格的に働こうかなぁ、って」
「じゃあ、料理の・・・調理師免許?を持ってるの?」
「いや。結局見習い止まりだよ。でも、ベスと婚約する頃までは、働いてたな。三年―いや・・・もう少し前かな?」
「もしかして、出会いは店員とお客さんとか?」
「違うよ」
クロトは笑った。
「でも、おしい」
「じゃあ、職場恋愛?そうでしょう?」
「当たり。僕は見習いコックで、彼女はウエイトレス」
「へぇえ」
ルイカは笑いかけて、何か違和感をおぼえた。
「本当は料理の道で養う気だったけど、彼女が夢を捨てる男なんて嫌、って言うもんだから、ほとんど無理やり辞めさせられちゃったんだよ」
サラダのソースとコンソメスープ。白。
ルイカの脳裏に、映像として雲が浮かんだ。
舌の上に、以前どこかで感じたことのある味が蘇ってくる。
クロトはルイカの様子に気づくことなく、微笑んでいた。
「ああ、この前アシャパトに行くって言ってたよね?」
「ええ」
「僕が昔働いてたレストランも、その町にあるんだよ」
「・・・え?」
ルイカは顔を上げ、クロトを見た。
〝エリザベス・フィナトワース〟
〝だって、リズとベスは同じ名前だろう?〟
「あの・・・」
「ん?」
「クロトさんとベスさんは、婚約してお互いの家を行き来してた、って言ってたわよね?ベスさんのご両親とは、今でも連絡を取ったりはしていないの?」
クロトは複雑そうな顔をした。
「彼女も早くに両親を亡くして、親戚の家に預けられてたんだよ。それが嫌で早くに家を出て、小さなアパートで自活してたんだ」
〝もしかして、僕の恋人と君のお姉さんが同一人物だと?〟
〝彼女の方は単に、香水を買うお金がなかった、って・・・〟
「親戚の人は、お金の仕送りとかは―してくれなかったの?」
クロトはかぶりを振った。
「育ての親とは・・・あまり折り合いが良くなくてね」
〝そうか。彼女苦労人だったからなぁ・・・育て親が金の工面をしてくれなかったそうだから、ろくなお洒落も・・・・・・それにしても、君はあまり彼女に似てないな?〟
〝童顔のリズって子。弟と結婚した子が、確かそんな名前―〟
〝いや・・・聞いてないな。彼女、子供を産んだのかい?〟
〝今は二人の子供の、甥っ子だけが唯一の血縁なんだ〟
ルイカの背中に、寒気にも似た感覚が走った。
「ねぇ・・・クロトさん。腹違いの弟さんの奥さんは、どんなひとだったの?」
「え?」
クロトは困惑した。
「どうって―どうして急に?」
「いいから。どんなひとだったの?」
「一度しか会ってないし・・・色白で、可愛らしい感じの子じゃなかったかなぁ?」
「他には?」
「え?」
「他には?」
「ちゃ、茶髪で、巻き毛ぎみ?」
ルイカは目を見開いた。
「それで・・・童顔?」
「ああ。うん。そうだね。童顔だったよ。でも、それが―何?」
「その弟さん夫婦と会ったのはいつ?」
「え?ああ、たしか・・・ベスと一緒に五人で食事したから、三年か四年、ぐらい―」
「ちゃんと思い出して。三年前なの?四年前なの?」
クロトはルイカの迫力におされ、困惑しながら考えた。
「え、え・・・ええっと・・・付き合いだして間もない頃、じゃ―なかったかな?うん。三年半前だよ・・・うん。エリック、彼が熱を出してて心配だから、早めに帰ったんだ。顔合わせの時間合わせるの大変で―」
「三年半・・・―私が一年生の時・・・計算が合うわ」
〝甥っ子さんは、今何歳?〟
〝確か、十一か十二か十三か・・・十四歳だったかな?〟
「どうしたんだ、ルイカ。急に―」
「アシャパト町二丁目、レストラン『ガイウス』・・・」
クロトは驚いて瞬いた。
「どうしてそれを?・・・言ったっけ?」
「ベスさんのフル・ネームは、エリザベス=フィナトワースと言うの?」
クロトは更に瞬き、困惑した。
「あ・・・ちょ、ちょっと待って。なに?どういうこと?僕言った?」
「エリザベス=フィナトワース、リズ姉さんが使った偽名よっ」
数秒の間があった。
「・・・え?何?」




