秘密の授業あと
授業終了のベルが鳴ると、生徒がいっせいに立ち上がった。出入り口に向ってなだれ込む生徒の波に乗り遅れ、ルイカはだらけているロビンを立たせようと、腕をひっぱっていた。
「ルイカ=アポロリック」
ルイカは教壇の方に振り向き、白髪を団子に結った老婆に手招きされているのに気付いた。ルイカが返事をして近寄ると、アンバー先生の細い腕がルイカの肩を叩いた。
「あなたまた、トラブルを持ち込んできたのですって?」
「はい」
「まぁ、どういう理由かは分からないけれど、あなたのことだから、人間界に行ったのも単に観光じゃなさそうね?」
ルイカは口を開きかけ、そして口をつぐんだ。
アンバー先生はルイカの表情を見て、呆れ顔で溜息を吐いた。
「そういう所は、本当にそっくりねぇ。見た目にそぐわず、おかしな所で頑固者。それに天才的なトラブルメーカー・・・」
アンバー先生は口調とは逆に、口元に楽しそうな笑みを浮べていた。
「あなたは普通の体ではないのだから、充分に気をつけなければなりませんよ。―ほら、これを」
アンバー先生は小さな袋をそっと、ルイカに握らせた。
「もちろん教師は、生徒を私的に贔屓してはなりません。なのでこれは、教師としての私ではなく、アンバー個人の、親友のひひ孫に贈る、少し早めのバースデープレゼントということにしましょう」
ルイカは小さな袋の紐を解き、中を覗き込んだ。そこには赤と緑の茶葉のようなものが入っていた。ルイカが不思議そうにアンバーを見上げると、アンバーはウインクしてみせた。昔はそうとうもてただろうな、とルイカは思う。
「かの天才、マテラス=コズリの薬学書をヒントに、わたくしが独自にあみ出した特別調合の、『後天性コズリス改善試薬』です。ここ数百年の間で、効果の向上が確認されています」
「本当にそんなことがっ?」
ルイカは目を見開いた。
「と言っても、コズリス特有の五官の異常発達の症状を一時的に緩和する程度なのですがね・・・それでも、人工の香りが多い人間界では、ないよりはマシでしょう。ストレスの緩和ができれば、寿命だって縮みはしないでしょうからね」
ルイカは微笑んだ。
「ありがとうございます」
アンバー先生は目を細め、少年のように口角を上げた。
「もう行きなさい。そろそろ次の授業の時間でしょう。ほら、そこの・・・ロビニーア=コナー君。君ももう、いいかげんに寝たふりはやめなさい」
「はぁ~い」
ロビンは顔を上げ、億劫そうに立ち上がった。教科書を小脇に抱えると、ルイカの教科書もついでに持つ。
「行こ。ルイカ」
二人が教室を出ようとすると、アンバー先生はロビンを呼び止めた。
「コナー君、今の話は聞かなかったことに」
振り返ったロビンは無表情に、ひょうひょうと答えた。
「何のことですか。僕眠ってたから、全然何のことだか分かりません」
アンバー先生は苦笑した。
「よろしい。ならもう、お行きなさい」
二人は頷くと、茶色い木の扉を閉めた。
誰もいなくなった教室の中で、アンバーは楽しそうに口元を上げた。
「全くあの子達は・・・本当にそっくりねぇ・・・」
準備室の扉が開いた。
「君の青春時代に?」
アンバー先生がそちらに振り向くと、十代の姿をした校長が現わた。不敵な笑みを浮べた少年は、アトリムグラス用の制服を着ている。
「こんな格好見たら、懐かしくて泣けてくるじゃろて?」
「君のじゃなくて、僕達の―、じゃなくて?」
「ふふふ。残念じゃの。わしはいつも青春しとるんじゃ~」
校長は教壇の上にひょいと座ると、足をぷらぷらとさせた。
「次の授業が終わったら、ティータイムといこうじゃないか?」
「ええ。今日は天気がよろしいから屋外にしますか」
「じゃあ久しぶりに、例の場所で?」
「まさか」
アンバーは笑った。
「私はもう、あがれませんよ」
「なぁに、そのために魔法があるんじゃろて」
「校内での飛行は禁止ですよ。校長?」
「決まりは破るためにあるんだと、かのデューオリオン=ホーエンが言うておったぞ?」
アンバーはぁ、とは溜息を吐いた。
「今すぐに役職降りたほうがよろしくてよ」
ふふん、と校長は鼻で笑った。
「その時は死ぬ時だよ」




