家の秘密
「シド・・・?」
ルイカは困惑して、シドの顔を覗きこんだ。視界が揺れている。
「そんなこと無いわ。頼りにしてる」
「なら、どうして・・・手伝わせてくれない?」
「それは・・・分かるでしょう?私達には立場が―」
「分からないっっ」
シドが苦しそうに目を瞑ると、頬に涙が伝った。
「分かりたくないっ・・・俺は・・・俺はただ、ルイカが好きなだけだっ。ルイカがお姉さんを探したいっていうなら、俺は学校退学してでも探しに行くし、どんな秘境にだって乗り込んでみせるっ。宝石も城も、玉座もっ。君が欲しいなら、どんな手を使ってでも手に入れてみせるっ。誰だって殺してやるから・・・家なんて関係ない。俺はただ、ルイカのことがっ――・・・」
「シド・・・」
「だから―」
シドの体が、虚脱してルイカに寄りかかってくる。肩の辺りに埋めた顔から、滴がぽたぽたと落ちた。
「頼むから、俺を一人にしないでよ・・・」
ルイカは囁くような優しい声で言った。
「シド・・・あなたは一人じゃないわ?いつもいつも誰かが側にいるじゃない。あなたはあなたが思う以上に、皆に好かれて―」
シドは大きくかぶりを振った。
「誰に好かれても、皆に注目されてても・・・ルイカはいつも、俺のことなんか見てやしない・・・いつもいつも先のことばかりで、一人で遠くの方を見て、一人で、何でもっ」
「それは違うわ」
「違わないっ。ルイカはいつも一人で決めるんだっっ」
「そんなことないったら。シドはいつも、私を助けてくれるでしょ」
「いつもっていつ?氷の洞窟行った時?蟻の城に迷い込んだ時か?俺は何もできなかったじゃないかっ。君が苦しんでる時、俺は―何も・・・あの時も・・・君が誘拐されて、この呪印を刻された時だって・・・そのあとのこともっ、俺は何もっ・・・」
「違う。あなたは私が辛い時、いつも側にいてくれるでしょう?それだけで私には、掛け買いのない価値があるのよ?」
シドはかぶりを振った。
「嫌だ。俺は・・・好きな女を護ろうとすることさえ許されないなんて・・・ただ、見てるだけなんて・・・」
「アポロリック家は女社会よ。下手に男が出てくると、事態がややこしくなるわ。しかもあなたはアポロリックの者であって、イザナズミの者でもある・・・何かあれば、両方の居場所を失うことになるわ。そんなの―」
「どんなに周りが高貴な血筋と褒めはやしても、結局俺はお家政治の人質として差し出された、愛人の息子じゃないかっ。今までだってこれからだって、俺があの家に必要にされることなんてないっ。最初から、俺の居場所なんでどこにもないんだっ」
ルイカは目を見開き、寂しげに視線を伏した。
自分の肩に顔を埋めるシドの頭を撫でて、震えている背中をさすった。
「あるでしょう?私の側に・・・」
しゃくりあげているシドは、涙を拭いながら顔を上げた。
「学校ではああいう風にしなきゃいけないけど、少しでも顔が見れる分、同じ学校でよかったと思ってるのよ?あなたが側にいてくれることで、私は救われているわ」
「ただ、側にいることしかできないのに・・・」
「側にいてくれるだけでいいの」
シドは沈黙した。
苦痛に顔を歪めたシドが力を入れていくにつれ、ルイカの細い二の腕が締まっていく。
シドは、声を殺して泣いた。
「本当は俺、あの時・・・知ってるんだ・・・」
ルイカの顔が一瞬で曇った。
「え・・・?」
「ずっと、考えてた・・・死の刻印は高等中の高等技術だ。どうして盗賊ふぜいが、そんな術を放つことができたのか・・・」
ルイカは悲しそうな顔で呟いた。
「シド・・・」
「どうしてその必要があったのか・・・どうしておば様があんな状態になっているのか。何故おば様が元に戻らないのか・・・どうしてルイカに死の刻印を放った人物が、アポロリック家を相手にして、未だ見つかることが無いのか・・・どうしてアポロリック家は、女王の第一候補である娘が襲われたというのに、犯人探しに乗り気でないのか・・・どうしておば様の乳姉妹だった俺の母親は、あの事件で奇妙な死に方をしたのか・・・」
「シド・・・」
「どうしてルイカはそんなにも、六角形の椅子にこだわっているのか。どうして家風を変えることに、そんなにも必死になって―」
「シド」
「二人が誘拐され混乱していたとは言え、どうしてヘキサビヴァイアが襲撃され、一部が焼け落ちる事態に」
「シドっ」
「どうしてそれに巻き込まれ、俺の母が死ぬことになったのか。長女が謎の死を遂げ、その約一年後に次女が行方不明、三女はその少し前に原因不明の高熱で倒れ、後に誘拐され、死の刻印を背負い、人形と化して―」
「シド、やめてっっ」
ルイカの潤んだ瞳が、シドを見つめた。
シドは悲しげな、しかし確信に満ちた瞳で呟いた。
「やっぱり・・・やっぱりそうなんだな?あの異常な死の蔓延は。全ての黒幕は、クィー」
ルイカはシドの口を塞いだ。
「シド、シド・・・」
ルイカは唇に人差し指を当て、震える腕でシドの服を握った。かぶりを振ると、黒い瞳から涙が落ちた。
「ダメよ。口に出してはいけないわ・・・」
シドは動揺と困惑に満ちた目でルイカを見つめた。
「・・・ルイカ・・・どうして」
ルイカはかぶりを振り、シドの言葉を制した。
「お願いよ。何も・・・何も気づいてはいけないわっ。何も話さないで。知ってはいけないの。私に何でもくれると言うのなら、もう少し時間をちょうだい・・・私にはまだ、力がないの。私がしようとしていることは大きすぎて、危険すぎる・・・誰も、巻き込みたくないわ・・・」
「でもっ、俺は―」
「だからよ。だから、あなただけは何もしないで・・・卒業しても会えるように・・・私が倒れても、いつでも駆けつけて来られるように・・・」
シドは真っ赤な目でルイカを見上げた。
ルイカはシドの母親がそうしたように、シドの顔を両手ではさんだ。
「お願いよ・・・見守ってて・・・」
ルイカはシドの額に自分の額をこつん、と当てた。
「私のために・・・何も・・・」
少し熱っぽい額を感じながら、シドは細い溜息を吐いた。伏せた瞳から涙が零れ、顎を伝ってルイカの膝に落ちた。
震えた吐息のあと、シドは呟いた。
「俺は何も気づいてない・・・だから、今は何も聞かないし、何も探らない・・・」
ルイカは未だ赤みを持たない顔を明るくし、仄かに笑った。
「本当?」
「ああ・・・」
シドは溜息を吐いた。
「その代わり・・・頼むから、今ぐらいは大人しく休んでくれ。イザナズミの坊ちゃんにだって、見張りぐらいできるってこと、証明してみせるから」
シドはルイカの体を毛布ごと包むと、軽々と持ち上げてベッドへと運んだ。シャツからアイストーンを引き出すと、ルイカの顔の前でふ、と息を吹きかける。ルイカが咄嗟に目を瞑ると、シドは意地悪っぽく微笑した。
「おやすみ、ハニー」
ルイカは引っ手繰るように石を取り戻すと、それでも微笑して答えた。
「おやすみ、クマさん」




