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天の花  作者: 猫姫 花
59/91

「弟の娘」


 ***


 トントントン、とノックの音がして、クロトはチョコレート色のドアを開けた。月末週でもないというのに、そこにはサンズが立っていた。


「あれ?サンズさん・・・どうしたんですか?」

 サンズはにっこりと笑う。

「主人に『様子を見て来い』と言われまして。幻想画の創作は進んでいますか?」

「あ、いえ・・・それが・・・最近、色々ありまして・・・」


「色々?」

サンズは首を傾げてみせる。

「何かあったんですか?」


「え?ええ・・・まぁ・・・」


 サンズは部屋の奥に視線を集中させた。クロトの肩越し、窓の向こう側に洗濯物が見える。中庭にロープが渡してあって、そこには赤いワンピースが干してあった。


「あの、あれは・・・?」

 サンズ示す先にクロトが振り返る。

「ああ。あ、あれは・・・姪が遊びに来てるんですよ」

「姪?確か、ミスターは・・・天涯孤独の筈じゃ?」

 クロトは瞬く。

「そんな話―しましたっけ?」

「え?ええ・・・いつか、そんな話をされたような・・・」


 クロトは微笑する。


「腹違いの弟の子供なんですよ。少し精神を病んでいて、こちらに療養に来たんです」

「そうなんですか・・・」


 姪だって?とサンズは思う。


「ああ。でも、幻想画の方は描こうと思っていますから」

 サンズははたと我に返り、必死に笑顔を作った。

「そうですか。それは良かった。姪御さんは―・・・今は?」

「体調を崩して寝込んでるんです。今度紹介しますよ」

「そうですか。じゃあ、今日はこれで失礼します」

「ええ。どうも」


 クロトはにっこりと笑って、ドアを閉めた。鍵を閉めると、顔を顰めて深い溜息を吐く。重厚な香りが鼻腔に溜まって、眉間のあたりが気持ち悪い。頭を押えながら、キッチンへと向った。二階で少し大きな声が聞こえたが、クロトはぐったりと椅子に座り、テーブルに伏せた。


 ***


 鍵が閉まる音がうしろですると、サンズは親指を噛んだ。

「姪?そんな調書は・・・」


 サンズは黒塗りの車に乗り込むと、乱暴に閉めた。


「腹違いの弟の子供は、息子だったはずだっ」

 ハンドルを抱えて顔を埋めると、サンズは貧乏揺すりをした。

「洗脳か?それとも―・・・」

 サンズは力任せにハンドルを殴りつけた。

「くそっ・・・」

 主人に捨てられれば、独りになる。

 それは、死ぬよりも嫌だ。


 ***


「え?泊まったって・・・一日経ってるの?」

「そう。結局眠れなかったから、ずっと本読んでた。おかげでレポート資料、いくつか読破したよ。俺のはサラマントイみたいだ」


「どうして分かるの?」

「急激に大きくなっていくし、時々揺れるし、ツノグとクグイが似た匂いがするってさ」

「サラマントイ、って仲間を見分けることができるの?」


「さぁ?何だか微妙な反応だったけど・・・どこの資料探しても、そういう記述はないんだよなぁ・・・生態系が謎すぎる・・・」


 ルイカはふふ、と笑う。


「でも不思議ね。サラマントイとカーバンクルは、今までのデータからして、学年に三個か四個しか配られない筈よ?もし私達の卵が同じ種類だとしたら、ものすごい確率の偶然じゃない?」


「確かになぁ。八十人中の三人か四人・・・本当、運命的っていうか、何て言うか・・・」


 シドがだんだんと表情をなくしていくと、玄関の方でノック音がした。

 クロトがドアを開けて、何かを話している声が小さく聞こえてきた。

 シドは真剣な声で言った。


「そう言えば、どうして無理した?」

「・・・無理なんかしてないわ」

「じゃあ、日常生活に支障がおこるほど悪くなってるのか?」


 ルイカは一瞬沈黙し、シドから視線を逸らす。


「そう言うことじゃないわ・・・ただ少し、最近はバタバタしてたから―」

「無理してるじゃないか」

 ルイカはさらに顔を俯け、毛布を握る。

「でも、そのおかげでリズ姉さんの情報が手に入った。姉さんは隣町のレストランで働いていたの。もしかしたら、この近くに何か手がかりが残っているかもしれないわ・・・」


 シドはむっつりと黙ったまま、ルイカを見ている。

 ルイカはしだいに耐えられなくなった。


「無理をしたのは・・・謝るわ・・・」


 シドは答えない。ルイカの首元へ視線を落とし、シャツの隙間に指を入れ、鎖骨に触れた。驚いたルイカを視線で制し、首筋をなぞるように、鉤型の指で黒い革紐を引き出した。スカイ・ブルーの瞳が、ルイカの黒い瞳を見据える。


「その情報源は、前に見せてくれた手紙だろ?」


 ルイカは数秒沈黙する。

「ええ」


「あれが全部?」

 シドは指先で、紐を弄んだ。


「どういう・・・意味?」

「あれが、ルイカの持っている情報全部・・・?」


 シドの手に力が入り、拳が革紐を握り締めた。シドの丹精な顔が歪み、眉間にしわが寄る。歯を食い縛ると、シドは拳を震わせ、顔を俯けた。

 ルイカは心配そうに、シドの肩に手を置いた。


「シド・・・?」


 シドは何も答えない。

 静かになった部屋に、一階の物音が僅かに戻って来た。ドアを閉める音と、鍵を掛ける音。そしてまた、沈黙が続いた。衣擦れの音がして、シドが顔を上げる。


「何か・・・食べた方がいい」


 シドは手を放して立ち上がり、逃げるようにして背中を向けた。

 ルイカは咄嗟に手を伸ばした。


「シド」


 ルイカは立ち上がろうとしたが、一瞬息が詰まって気が遠くなり、床に崩れ落ちて膝を強かに打った。


「何やってんだよっ?」


 毛布と一緒に落ちたルイカは、駆け寄ってしゃがみ込んだシドの腕を掴んだ。

 ルイカの顔は青白い。

 シドは不安そうなルイカを見て、床に膝をついた。


「どうして・・・どうしてこんな状態になっても、助けを求めてくれないんだ?俺はそんなに頼りないか?役立たずか?」


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