まだ死ねない
***
「何か・・・薬とかは必要?」
シドは小さくかぶりを振った。
「特効薬が無いんだ」
「もしかして・・・不治の―病?」
シドはもう一度かぶりを振った。
「病じゃない。呪いだ」
「呪い・・・?」
「まだ実家に住んでいて、俺も一緒に住んでた頃だ・・・ある日賊が現われて、ルイカとその母親をさらい、姿を消した・・・数日間行方不明だったけれど、家の者の捜索で助かり、戻って来た。でも、記憶喪失になってたんだ。退行催眠で記憶を引き出そうとして、ルイカの母親は耐え切れず発狂。未だ精神を病み、回復の兆しは全く無い・・・ルイカはそうならずに済んだけど、帰ってきた時にはすでに、呪いがかかってた・・・」
「その・・・呪い、って・・・呪いって、呪い?」
「そうだよ。黒魔術の呪いだ。ルイカとルイカの母親は、何故か死の呪いを賊にかけられ、呪詛返しをすることで助かった。しかし相手の腕がよかったのか呪詛返しが不完全だったのか、呪いは半分だけしか返らなかった・・・」
「つまり・・・半分は、残った?」
シドは頷く。
「呪いは刻印として残り、今もルイカを苦しめている・・・」
シドはルイカの手を強く握り締め、空中を睨んだ。
「賊は全員死んだとされているが、それならば呪いは解ける筈だ。ルイカの刻印が消えないのは、術者が生きている証拠・・・術者は呪いの半分を受けて、今ものうのうと生きている・・・」
「呪いを解く方法は?」
「今のところ、見つかっていない・・・術の発動者なら知っているかもしれないけど、死の魔法の大体が、一旦発動させると取り返しのつかないタイプのものばかりだ・・・希望は、薄い・・・」
クロトは呆然とした。
何かを言おうとしている口が、虚しく開いたまま、数回動いて、閉じられた。
頭をかいて、クロトは階段へと踵を返す。
「着替えか何か、持って来た方がいいよね」
シドはルイカの服を見た。花瓶の水がはねて、濡れている。
「いいえ。必要ありません。俺のを着せるから」
「そう。じゃあ何か・・・必要なことは?」
「できれば・・・花瓶を――さっきの花瓶、持って来てもらえますか。ルイカは花が好きだから・・目覚めたら・・・きっと喜ぶ・・・」
「分かった」
シドは背中ごしに、クロトが階段を降りる音を聞いた。
***
目が薄く開くと、小さく細い溜息が口から漏れた。身動ぎをすると、衣擦れの音がする。暫くぼんやりとしていると、自分がキッチンで倒れたことを思い出した。
「あ、―起きた?」
視線の先に、足を組んでいるシドの姿があった。開いた窓から淡い光が差して、シドの髪をふわふわと包んでいる。膝の上で広げていた本を閉じると、シドはテーブルに本を置いた。テーブルの上には、先ほどの花瓶と深紅のバラが飾ってあった。
「具合は?」
「ええ・・・悪くないわ」
ルイカが体を起こそうとしたので、シドは慌てて肩を支えた。枕を背中の間に入れ、布団を掛け直した。ルイカはシドの服が変っていることに気づき、自分の服を見る。大き目の黒いシャツは、シドのものだった。
「あなたが着替えさせたの?」
シドは肩を竦めた。
「この場合はしかたないだろ?」
ルイカが視線を落とすと、開いたシャツの隙間から白い肌が見えた。なだらかな谷間の左下に、黒い模様がある。ルイカの拳ぐらいの円形に、刺青のように文字が浮かんでいた。ルイカはシャツのボタンを一つ閉める。
「・・・そうね」
「それとも、クロトさんが良かった?」
シドはベッドの端に腰掛けて、嫌味っぽく言った。
ルイカはふと笑った。
「バラをありがとう」
シドは視線を外し、ルイカに背中を見せた。
「俺はルイカの、死を呼ぶバラなのかな・・・?」
ルイカは首を傾げ、心外そうに言った。
「そんなことないわ?どうしてそんなこと言うの?」
「この前もだったじゃないか。その前も、その前も・・・俺が側に寄ると、ルイカが大きな発作を起こす・・・」
「それは違うわ」
「何が違うんだよ」
「私が大きな発作を起こす時に、あなたが居てくれるんじゃない」
「そんなの偶然だ」
「偶然、私の死に目に会いに来てくれるのでしょう?」
シドは眉間を寄せた。
「死に目とか、言うなよ・・・」
ルイカは静かに目を瞑った。
「大丈夫・・・まだ、死ねないから・・・」




