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天の花  作者: 猫姫 花
58/91

まだ死ねない


 ***


「何か・・・薬とかは必要?」


 シドは小さくかぶりを振った。


「特効薬が無いんだ」

「もしかして・・・不治の―病?」


 シドはもう一度かぶりを振った。


「病じゃない。呪いだ」

「呪い・・・?」


「まだ実家に住んでいて、俺も一緒に住んでた頃だ・・・ある日賊が現われて、ルイカとその母親をさらい、姿を消した・・・数日間行方不明だったけれど、家の者の捜索で助かり、戻って来た。でも、記憶喪失になってたんだ。退行催眠で記憶を引き出そうとして、ルイカの母親は耐え切れず発狂。未だ精神を病み、回復の兆しは全く無い・・・ルイカはそうならずに済んだけど、帰ってきた時にはすでに、呪いがかかってた・・・」


「その・・・呪い、って・・・呪いって、呪い?」


「そうだよ。黒魔術の呪いだ。ルイカとルイカの母親は、何故か死の呪いを賊にかけられ、呪詛返しをすることで助かった。しかし相手の腕がよかったのか呪詛返しが不完全だったのか、呪いは半分だけしか返らなかった・・・」


「つまり・・・半分は、残った?」

 シドは頷く。

「呪いは刻印として残り、今もルイカを苦しめている・・・」

 シドはルイカの手を強く握り締め、空中を睨んだ。

「賊は全員死んだとされているが、それならば呪いは解ける筈だ。ルイカの刻印が消えないのは、術者が生きている証拠・・・術者は呪いの半分を受けて、今ものうのうと生きている・・・」


「呪いを解く方法は?」


「今のところ、見つかっていない・・・術の発動者なら知っているかもしれないけど、死の魔法の大体が、一旦発動させると取り返しのつかないタイプのものばかりだ・・・希望は、薄い・・・」


 クロトは呆然とした。

 何かを言おうとしている口が、虚しく開いたまま、数回動いて、閉じられた。

 頭をかいて、クロトは階段へと踵を返す。


「着替えか何か、持って来た方がいいよね」

 シドはルイカの服を見た。花瓶の水がはねて、濡れている。

「いいえ。必要ありません。俺のを着せるから」

「そう。じゃあ何か・・・必要なことは?」

「できれば・・・花瓶を――さっきの花瓶、持って来てもらえますか。ルイカは花が好きだから・・目覚めたら・・・きっと喜ぶ・・・」

「分かった」


 シドは背中ごしに、クロトが階段を降りる音を聞いた。


 ***


 目が薄く開くと、小さく細い溜息が口から漏れた。身動ぎをすると、衣擦れの音がする。暫くぼんやりとしていると、自分がキッチンで倒れたことを思い出した。


「あ、―起きた?」


 視線の先に、足を組んでいるシドの姿があった。開いた窓から淡い光が差して、シドの髪をふわふわと包んでいる。膝の上で広げていた本を閉じると、シドはテーブルに本を置いた。テーブルの上には、先ほどの花瓶と深紅のバラが飾ってあった。


「具合は?」

「ええ・・・悪くないわ」


 ルイカが体を起こそうとしたので、シドは慌てて肩を支えた。枕を背中の間に入れ、布団を掛け直した。ルイカはシドの服が変っていることに気づき、自分の服を見る。大き目の黒いシャツは、シドのものだった。


「あなたが着替えさせたの?」


 シドは肩を竦めた。


「この場合はしかたないだろ?」


 ルイカが視線を落とすと、開いたシャツの隙間から白い肌が見えた。なだらかな谷間の左下に、黒い模様がある。ルイカの拳ぐらいの円形に、刺青のように文字が浮かんでいた。ルイカはシャツのボタンを一つ閉める。


「・・・そうね」

「それとも、クロトさんが良かった?」


 シドはベッドの端に腰掛けて、嫌味っぽく言った。

 ルイカはふと笑った。


「バラをありがとう」


 シドは視線を外し、ルイカに背中を見せた。


「俺はルイカの、死を呼ぶバラなのかな・・・?」


 ルイカは首を傾げ、心外そうに言った。


「そんなことないわ?どうしてそんなこと言うの?」

「この前もだったじゃないか。その前も、その前も・・・俺が側に寄ると、ルイカが大きな発作を起こす・・・」

「それは違うわ」

「何が違うんだよ」

「私が大きな発作を起こす時に、あなたが居てくれるんじゃない」


「そんなの偶然だ」

「偶然、私の死に目に会いに来てくれるのでしょう?」


 シドは眉間を寄せた。


「死に目とか、言うなよ・・・」

 ルイカは静かに目を瞑った。


「大丈夫・・・まだ、死ねないから・・・」


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