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天の花  作者: 猫姫 花
56/91

発作


***


 ルイカのイトコ、シドの名前は、伝説人、シドからあやかっているらしい。

 伝説人シドの本名とされているのは、『シド・コーネリア・エイム・デイビット・マリアンヌ・サーシャ・センジュ・アレキサンダーソン=カネシゲ』。

 王族説や貴族説、スラムの出だとか、色んな逸話が残っている。

 ルイカのイトコの方のシドの家は男系一族で、女性蔑視が当たり前だ。

 シドと一番年の近い姉、ナーズは成人するまでろくに部屋からも出してもらえなかった。

 シドの母親は、アポロリック家とイザナズミ家の和平のために結婚した。

 シド、という名前は伝説人のようになれ、と、期待されてつけられたのではない。

 誰の子供だか分かったものではない、という嫌味らしい。

 シドは末弟で、家を継ぐ権利はない。

 そんな家で育ったが、いや、そのせいなのか、シドはフェミニストだ。


 ルイカはバラの香りをかぎながら、棚からカップを取り出した。


「それでシド。今日はどうしたの?」

「どうしたの、は、ないんじゃない?」


 ルイカはふふ、と苦笑した。

「そうね」

 まだ温かいお茶をカップに注ぐと、それをクロトの斜め向かいの席に置く。


 シドは上着を脱いでそこに座り、鞄を隣の椅子に置いて、足を組んだ。


「君は年相応に見えるね?ハーフなの?」

「いえ。生粋のアトリムグ人です」

「イザナズミ家は、人間と同じような見た目で成長する血族なの」 

「人間に近いのかな?」


「さぁ?あんまり考えたことなかったけど・・・ウィザッチは元々、人間の変異種だって言う説が有力視されているし、俺の実家は比較的人間界に近い・・・可能性で言うなら、多分食べ物やら環境やらが原因じゃないかな?」


 シドはテーブルの上で肘を突くと、交えた指の上に顎を置いた。じっとクロトを見つめると、冷気をおびたような瞳が一瞬見える。


「ミスター・ニローは、ウィザッチについてどのような考えを?」

「妄信もしていないし、魔女狩りに参加したこともないよ」

「では、ウィザッチの血を引いているご自分のお立場―」


「シド」

 ルイカはシドの肩をぽん、と叩くと、顔を覗きこんだ。

「彼への尋問は、すでに校長がしているわ。学校側からも許可が下りているし、ロビンも納得してくれた」


 シドは眉間を寄せ、キスができるぐらい近くに在るルイカの顔を睨んだ。

「ロビンが来たのか」

「ええ。まだ学校に帰ってないの?」

「帰る前にナーズの家に寄ったら、そこで知らされた」

「そう。ロビンも二・三日は人間界にいるらしいわよ」

「ふぅん・・・」


 ルイカは弟か息子にでもするように、シドの頭を撫でる。


「心配しないで?クロトさんは悪い人間じゃないから」


 数秒の間があった。

 はぁ、と溜息を吐いて明ら様に肩の力を抜いたシドは、テーブルに向き直った。


「ルイカの観察眼では、あらゆる危険から除外されているわけ?」

「そういうことよ」


「そう。ならいいや」

 シドは冷えかけのお茶を一口飲んだ。

「なんだか久しぶりな気がする」


「そうね。最近はごたごたしてたから」

 シドはクロトを見た。


「すいません。ミスター。人間とウィザッチは見た目に然程変わらないけれど、やはり別の生き物だと言う感覚が抜けないんです」


「うん。きっと僕も、知り合いがアトリムグに行ってウィタジィと住む、って言われたら心配だもの。根堀り葉堀り質問したくなるのは当然―・・・あ。僕のことは気軽に、クロトと呼んでくれないか。堅苦しいのは苦手なんだ」


 シドは目を細めた。

「『クロト』か・・・運命的な名前ですね?」

 クロトが首を傾げる。

「知らないんですか。『クロト』はギリシャ神話で、運命の糸を紡ぐ女神だ」

「へぇぇ?・・・美女じゃなくて申し訳ないなぁ」


 シドはくすりと笑った。

「だとしたら、花束をもう一つ用意したのに」

 クロトも笑い返した。

「『運命紡ぎの女神』も、大きな赤いバラには翻弄されちゃうかもね」


 シドは大きく瞬き、意外そうな顔をした。

「ああ・・・そうか」

 シドは苦笑した。

「まさか人間界で言われるとは思わなかったな」


 ルイカは微笑みながら花束のリボンを解いた。流し台で壺のような花瓶にバラを活け、それを満足そうに見つめた。花瓶を流しから上げ、横に移す。


「シドは『契約師』っていう生業の一族で、悪魔学、天使学、精霊学、その他の神話やら伝説なんかにも詳しいのよ」


 ルイカは花びらを指先で突付いた。シドははにかみ、八重歯を見せた。


「俺は末っ子だから、金食いの役だけどね」

「上にキョウダイが?」

「そう。長男だけど、九人キョウダイの末っ子」

「九人っ?今どき珍しいね」

「イザナズミ家もアポロリック家と同じぐらいの貴族だから、当主はたくさんの妾を所有して―・・・」


 どくんっ、と大きな鼓動が聞こえて、目の前が白くなった。


 ルイカは胸元を掴み、顔を顰めた。声が出せない。

 クロトが訝しむ。


「ルイカ?」


 心臓辺りの筋肉がしまっていき、それに比例して胸元を掴んでいる拳に力が入る。ルイカは前かがみになり、流し台の縁をつかんだ。

 クロトは目を見開き、シドと同時に叫んだ。


「「ルイカっ?」」


 シドが慌てて立ち上がると、椅子がひっくり返った。シドがルイカの体を支える。

「どうしたんだっ?」

 クロトが駆け寄るとルイカは更に前のめりになり、その拍子に流しの縁から手が滑り、花瓶に当たった。ルイカの足から力が抜け、膝から崩れ落ちる。ぐらついていた花瓶が倒れて、冷たい水とバラが飛び出してきた。

 ルイカの上半身やシドの肩、コートにかかった水は瞬時に浸透していき、トゲなしのバラは計算されたように花弁を撒き散らし、あたりに乱れ落ちた。


「ルイカっ、ルイカっ」 

 クロトはしゃがみこみ、ルイカの真っ青な顔を見て仰天する。

「きゅ、救急車っ?」

「ダメだっっ」

 シドはクロトに振り返る。

「絶対にダメだっ。俺達の世界にもルールがあるっ。そんなことできないっ。それに、人間の医者にどうにかできるものじゃないっ」

「何か持病がっ?」

「違うよっ。違うっ。ルイカは―・・・」


 シドは大きくかぶりを振った。

 うぅ、とルイカが呻くと、ルイカの顔を覗きこむ。

 ルイカはシドの腕を握り締めた。


「ルイカっ・・・大丈夫か?熱い?寒い?」


 ルイカは充血した瞳でシドを見上げた。ドクンドクンと耳の中でうるさい心音が、痛みと共に引いていく。冷や汗が額から流れていたが、花瓶の水で何が何だか分からない。


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