シド・イザナズミ
六章 バラの花束 編
クロトは温かいお茶を飲んで、深い溜息を吐いた。ルイカが入れてくれた特別ブレンドだ。ジャスミンみたいな香りに鎮静効果があるらしい。
ルイカは薄黄緑色の液体が入ったポットをテーブルに置き、クロトの顔を覗き込んだ。
彼の目はまだ、充血している。
「冷やした方が良さそうね」
ルイカは首から黒い紐を引っ張り出し、透明な石の欠片を取り出した。三センチ弱の大きさで、あまり加工がされていないために、鋭利な形だ。
「クリスタル?」
「いいえ。とっても似てるけど、これはアイストーンっていう名前なの。クリスタルの語源は『氷の化石』だって知っている?」
「ああ・・・どこかで聞いたことがあるよ」
「アイストーンは、本当に化石化した氷だと言われているの。永久凍土の洞窟からしか発掘されない、アトリムグでも貴重な宝石よ」
ルイカはクロトの目元に宝石をかざすと、ロウソクの火を消すように、アイストーンを吹いた。すると冷たい風がクロトの目元に届き、瞬時に赤みが引く。
「わぁ・・・すごい」
クロトは目元を押さえ、アイストーンを興味深そうに見つめる。
「触っていい?」
ルイカから宝石を受け取ると、クロトはその冷たさに驚く。
「使ったあと数秒は、そういう風に冷たくなるの」
「溶けないの?」
「気温の変化には強いの。アイストーンが溶けるのは、所有者が魔法を使った時だけよ」
「じゃあ僕のために?」
「気にしないで?あれぐらいなら、さほど変りは無いわ」
「・・・大事なものだったから、いつも首にかけてるんだね?」
ルイカはアイストーンを受け取ると、首に掛けながら微笑した。
「宝石の価値というより、送り主の価値が高いのよ」
「送り主の価値?」
クロトの質問と同時、トントン、とキッチンのドアがノックされた。
クロトが振り返ると、窓の向うに少年がひょっこりと顔を出した。
ルイカは思わず声を上げる。
「シドっ」
ルイカはドアを開け、少年を見上げる。白人の金髪で、根元は暗め。白い歯が笑うと、スカイブルーの瞳が細まった。
「やぁ。元気そうだね?」
背中に回っていたシドの片手が正面に戻って来ると、そこには真紅のバラの花束が握られていた。それをルイカに差し出すと、ルイカは十数本も束ねられている花束を、何の抵抗もなく受け取った。
「ありがとう」
「うん。計算されたみたいに服と似合うね。―何で赤?」
「まぁ、いろいろ・・・諸事情により、よ」
まるで俳優かモデルみたいだな、とクロトは思った。なんだか映画のワンシーンを見ているような気分だった。
「ああ、そちらがミスター・クロティス=ニロー?」
CMに出てくるみたいな爽やかな笑顔で、シドはクロトに握手を求めた。クロトがそれに応じると、わざとなのかそうでないのか分からないぐらいの加減で、手に力を入れられた。クロトは微かな敵意を感じ取ったが、その笑顔とのギャップに内心首を傾げる。
気のせいかな?と思い直す。
「シド=イザナズミ。ルイカの同級生で幼馴染み、イトコにあたります。十五歳。ついでに独身です」
クロトはふ、と笑う。
「奇遇だね。僕も独身だ」




