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天の花  作者: 猫姫 花
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あなたが泣いているから


 霊は肉体を持たないので、生前に抱えていた障害がなくなる。たとえ口が利けなくても、肉体的要因での障害なら、全てが解消されるのだ。しかし精神的なものは、肉体を持たない分、いつまでも続く。幽霊が何十年も何百年も怨みや悲しみを背負っていられるのはそのためだ。


 人間は精神的苦痛から肉体を守るために、記憶の抹消や作り変え、上塗りができるが、霊には難しい。そう、しかし、人間も幽霊も、誤解ができる。『口が利けない』という概念から精神が解放されなければ、霊体はずっと口が利けないままなのだ。


 しかし彼女がルイカに喋りかけないのは、どうもそのせいではないらしい。自ら口を噤んでいると言うわけでもなさそうだ。むしろルイカに何かを伝えたいが、喋りたくとも喋れない、という感じに見えた。


 クロトは奇妙そうな顔。

「どうしてそんなことを?」

 ルイカはクロトを見つめた。目の端にカバーの掛かったキャンバス群が見えて、ルイカははたと思い立った。


「幻想画・・・」


 そう。クロトには見えるのだ。不思議なものが。妖精や悪魔―そしてそういうものが見える人間は、幽霊と呼ばれるものも・・・本来クロトは、彼女が見えている筈なのだ。ルイカと同じように。しかし今のクロトは、彼女の存在に気づいていない。

 ルイカはほとんど無意識に質問した。


「クロトさんは今でも、ベスさんが好き?」


 クロトは意外そうな顔をした。

「もちろん。好きだよ?」

「もし会えるとしたら、会いたい?」


 クロトは苦笑した。


「そうだね。幽霊でもいいから、もう一度会いたいよ」

 ベスの目から、涙が流れた。

「彼女が死んだ時、そう願った?」

「え?」

「会いたいって・・・死んででも会いたいって思った?」 


 クロトはまた、複雑そうに笑った。


「そうだね。僕の好きな人は、皆僕より先に逝ってしまうから―時々会いに行きたくなるよ」

「実行したことある?」

「つまり、自殺を?」

「そう」

「あるよ」

 クロトは左手の、薄ピンク色の横線を見た。

「何度かね・・・」

「でも―、失敗する?」

「そう。いつも寸前で、昔聞いたある言葉が蘇ってくる。そんなに信仰深かったわけでもないのに、決まって母親の声が言うんだ・・・」

「自殺は、罪?」


 ルイカが言うと、クロトは頷いた。


「僕は臆病だから、いつも詰めが甘かったけど・・・」

「違うわ」


 クロトはルイカを見た。強い眼差しが、クロトを射る様に見つめている。左手首が、うずいた気がした。


「クロトさんが死にたくなるのは、悪魔に囁かれているからよ」

「悪魔って・・・あの悪魔?」


「そう。天使と悪魔の悪魔。妖精が囁くと空耳で、天使が囁くと良いことがあるわ。誰かのためになる発言をしたり、思いつきをしたり・・・でも、クロトさんみたいに感受性が強い人間は、天使や妖精だけでなく、悪魔にも好かれるのよ。若い修道士が、夜な夜なリリスやリリムに襲われるのはそのせい。悪魔は清らかな魂を手に入れるが好きなの。その魂を自ら汚すことを楽しみ、最終的には食らうわ・・・つまり、魔界に引きずり落とすの」


 クロトは絶句し、ルイカを見つめている。


「悪魔が囁くと、死にたくなるわ。悪事を働きたくなる。もしくはマイナスの状態―鬱か、精神錯乱を起こすの。『魔が差す』と言うでしょう?あなたは度々悪魔と接触して、マイナスの状態になっていたんだわ」


「悪魔と、接触・・・?」


「どこでかは分からないけれど、クロトさんほど能力が高いと、道を歩いているだけで見つけられてしまうわ。あなたが悪魔や妖精を見つけられるように、相手にもあなたが分かるのよ」


 クロトはツバを飲んだ。


「でも、あなたは色んな人に好かれてるわ。その人達が護ってくれていたのよ。あなたが悪魔に囁かれる度に、あなたは度々、あなたのお母様やお婆様やベスさんに、助けられていたんだわ・・・」


 クロトは目を見開いた。


「護られてる・・・?ベスや、母さんに?」


「あなたはお母様の声を聞いているのでしょう?『天使』とは、生まれながらに羽の生えた、両性具有の生き物を指しているだけではないわ。天に召された人間も、『星』や『天使』という言葉で比喩される・・・人間風に言うのなら、あなたの愛した人はみんな天使になって、あなたを見守ってくれているのよ」


 クロトは呆然としていた。暫しの沈黙ののち、クロトは口元を押えて、顔を歪める。息を吸い込むと、顔を俯けた。木の板に、涙がこぼれ落ちる。

 ルイカがそれを目で追うと、弾けた水滴は血痕のように染みになった。


「そうだとして・・・ならどうして、僕に姿を見せてくれないんだ?僕はずっと、会いたいと―・・・会いに行きたいと・・・」


「あなたには、自分の分まで生きていて欲しいから」


 真っ赤な目が、ルイカを見つめた。


「一人で、生きていけと・・・?」

「一人じゃないわ。時々会いに来てるもの」

「ルイカには・・・分かるの?彼女が見えているの?」

「ええ」


 ルイカはクロトのうしろに視線を移した。


「今も、あなたの側で泣いてるわ・・・」

「どうして泣いているの」


「あなたが泣いているから」


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