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天の花  作者: 猫姫 花
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クロトの恋人


 ***


 リズより少し、クロトの方が背が高い。クロトの横顔を見ているリズを見て、ルイカは再びクロトへと視線を上げた。


「リズさんと付き合っていたのは、三・四年前よね?」

「そうだよ」


 そうか、とルイカは思う。さっきの女性の絵と、リズの姿は系統が似ている。クロトの趣味が一貫しているということだろう。リズさんの死因は分からないが、彼女がこの世に姿を現すことに、クロトが関わっているのは明白だ。


 彼女が悲しげな表情をしているのは、自分以外の女性がいることを知ってしまったからなのだろうか。それとも彼女は、クロトに婚約者がいることを知りながら関係を続け、報われぬ恋に後悔しているのだろうか?


 しかしクロトを怨んでいる表情ではない。むしろ憂いている。きっとまだ、彼が好きなのだ。彼女としてはただ、見守っていたいだけなのかもしれない。


「彼女とはどれぐらい付き合っていたの?」

「一年か・・・いや。明確な愛の告白があったわけじゃなかったから、はっきりした交際期間は分からないけど・・・大体一年、半―ぐらいじゃないかな?」


「ベスさんと同じ時期に付き合っていたの?」

「え?」


 クロトはやっとキャンバスから目を離し、ルイカに振り向いた。ルイカの真っ直ぐな瞳を見つける。


「ベスと―、何?」

「ベスさんとリズさんと、同時に付き合っていたのでしょう?」


 クロトは不思議そうな顔でルイカを見て、暫し考え込んでいるようだった。


「それは―・・・リズとベスが違う人物だということ?」


 今度はルイカが奇妙な気分になった。


「それ以外に、何か意味があって?」

「だって、リズとべスは同じ名前だろう?」


「え?」

 ルイカは瞬いた。


「リズとベスは、エリザベスを略した愛称・・・だろう?」

 ルイカは数秒沈黙し、だんだんと目を見開いた。

「ベスは『エリザベス』なのっ?」

「は?アトリムグでは違うの?」


 ルイカは呆然として、先ほどのキャンバスを指差す。


「じゃあ、アレは?あの女性がベスさんではないの?」

「あれ?」

 クロトは振り返り、色なしの絵を見る。

「ああ・・・あれね。あれはベスじゃなくて、キャシー=ニロー。僕の母だよ」

「母・・・?」

「そう」

 クロトは苦笑した。

「ベスと似てるだろう?・・・若い頃に母親を亡くしているから、母親に似た人を求めてたんだろうね。ベスに母親像を見ていたけど、この絵はベスが死んでから描いたものだ。頭の中で二人が混ざったのかもしれないな・・・正直に言うと、もう母親の顔をきちんと思い出せないんだ・・・ベスに似ているのは、きっと・・・そのせいだ・・・」


 独り言のように呟くと、クロトは視線を落とす。


「じゃあ、こっちがベスさんなの?」


 ルイカは近くにあるキャンバスを見る。その側に立っている、リズだと思っていたベスと、目があった。


 ベスは頷く。


「ベスは愛称―・・・何てこと・・・」


 ルイカは頭を抱えた。そうとうショックだったのか、出会った時と同じように、暫く動かなくなった。


「アトリムグには、『エリザベス』っていう名前はないの?」

「生粋では―ロビンみたいに外から来ない限り、あり得ないわ。世界的倫理観から見て、歴史的な悪党の名前を自分の子供につけたがる親なんて、そうそういないもの・・・」

「悪党?」

「アトリムグでは歴史の教科書にも載ってる、国レベルの大量虐殺者の名前なの・・・」


 ルイカの気分はどんどんと下降しているようで、目に見えて落ち込んでいた。どうやらルイカにとって、このことを知らなかったのは随分と大きな痛手らしかった。


「じゃあ・・・ベスって名前はいるの?」

「そう。ベスはそのまま、ベスっていう名前なの・・・」

「じゃあ君のお姉さんも、そのまま『リズ』なの?」

「いいえ。本当はエリザ・・・」

「エリザか・・・」

 クロトはルイカの顔を心配そうに覗き込んだ。

「いい名前だね?」

「ええ・・・」

 ルイカは反射的に空の笑みを浮かべた。

「ありがとう・・・」


 じゃあ彼女は、一体何故、現れたのだろう?


 ベスはクロトのうしろに回り込むと、彼を抱きしめようとした。

 クロトは一瞬弾かれたような顔をして、うしろを振り向いた。しかしすぐに瞬き、不思議そうに首を傾げる。

 

 そうか、とルイカは思う。妙な勘ぐりをしていたようだ。彼女はただ、見守っていたいだけなのだ。独りになってしまったクロトのことが心配で。


「なら、リズとベスは同一人物で、エリザベスとエリザは別人なのね・・・」 


 ルイカは落ち込んでいる自分に、内心驚いた。自分でも気づかない内に、奇跡みたいな偶然を期待していたらしい。そんな浅はかな自分に気づき、さらに落ち込んだ。


「ルイカ・・・」


 ルイカは暫し沈黙し、動かなくなる。

 ふと、どうして自分の前にベスが現われたのかを考えた。


 彼女は一体、自分に何が言いたかったのだろう。

 どうして自分の絵を見せたかったのかしら?

 突然現われた私が、自分の部屋を使ったから嫉妬した?

 それとも単にのろけたかっただけ?


 ルイカはベスを見る。


 ベスは未だ悲しげな顔で、クロトの手を握ろうとしたり、頬にキスをしようとしている。しかし上手くいかないようで、益々悲しい顔になった。


「クロトさん。ベスさんは生前に、肉体的障害を持っていた?」

「障害?いや・・・健康そのものだったけど・・・?」

「じゃあ、口が利けない、なんてこと―ないわよね?」

「ああ」


 じゃあ、そういう理由で喋らないわけではないのだ。


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