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天の花  作者: 猫姫 花
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カンバス

 

 ***


 サンズが頷くと、主人は顎を撫でた。書斎の中を歩き回り、壁に掛かった数え切れないほどの絵画を眺め回し、ふと足を止める。

 暗い色彩で描かれた男の上半身。青年の耳は異常なほどに長くて尖がっている。

 トリック・アート。

 その絵画は、爪で裂かれたような痕が描かれている。


「そうか・・・やはり魔女か・・・また邪魔者か」

「少年の正体は、未だ分かりません」


「お前の尾行を巻いて姿を消したのが、何よりの証拠だろう・・・でなければ、お前は子供一人見送れぬ、愚鈍な従者ということになるからなぁ・・・」


 主人は甘い声で言いながら絵画を見上げ、その男の首筋に爪を立てた。


「役立たずはいらんっっ」

 主人は額縁を持ち上げて床に叩き付けると、それを踏みつけた。サンズの方へと視線を寄越すと、サンズは体を硬直させる。


「こちらへ・・・」

 サンズは一瞬ためらい、恐る恐る主人へと近付く。

「早くこちらへ・・・」

 主人は先ほどとは打って変わって、優しい声でサンズを招く。手を伸ばして抱き寄せると、震えているサンズの耳元で言った。


「お前は俺のお気に入りなんだ。そう簡単に殺しはしない・・・お前は俺のことをよく知ってるからな?こんなに従順なしもべを持てて、私は嬉しいよ・・・私にはお前が必要なんだ・・・私のために働いておくれ。魔女を排除するんだ・・・そして、クロティス=ニローを手に入れようじゃないか・・・なぁ?サンズ。やってくれるだろう・・・?」


 サンズは未だ震えた唇を開き、半ば条件反射的に答えた。


「は、はい。ご主人様・・・仰せの通りに」

 主人はサンズの肩越しに、口角を上げた。


 ***


「あ。クロトさん。また保管室に入ってもいいかしら?また絵が見たいの」

「いいよ」


 クロトはポケットの中から鍵を取り出すと、ルイカに渡した。

 ルイカはお礼を言って二階に上がると、卵をカゴの中に戻して、ゆっくりとドアに近付いた。静かにドアが開く。斜めに切り取られた光の部分はすぐに終わり、ルイカは薄暗い闇を踏んだ。


 電気スイッチの位置は知っていたが、あえて点けずに部屋を見渡した。一般的に彼らは暗いところを好むと言われているが、それは違う。人間は暗い所にいると自己防衛本能のために、五感と第六感が鋭くなるのだ。それは人間亜種のアトリムグ人にも言えることで、昼間よりは夜、明るい所よりは暗い所の方が、ルイカには都合が良かった。


 俗に言う、「幽霊」の話だ。


 ルイカは彼女が言いたかったことを探して、白いカバーを捲った。床に並んでいるキャンバスをもう一度見直し、棚の上や中や横に立てかかった、計算なのか無造作なのか分からない作品も覗き込む。

 絵の具をぶちまけて、筆を押し付けたようなタッチで、少し殺伐とした印象を受けた。普段穏やかそうなクロトの作品にしては、意外だ。ルイカは暫しそれを見つめ、元の場所に戻した。


 今度は三脚に掛かっているカバーを取り、描きかけの人物画を見つける。下書きの段階で、色は塗られていない。シャープな顔立ちのショートヘアの女性で、人間感覚で三十半ばぐらいに見える。

 しかし、あの女性ではない。系統的には似ているが、あの幽霊とは違う顔だ。絵師に笑いかけている所から、少なからず心を許した関係上の人物だと思われた。


「ベスさん・・・?」


 背中が一瞬寒くなり、ルイカがうしろに振り返くと、そこに彼女が立っていた。


 足音のしないその足が、ルイカの方へと近付いて来る。細長い腕が伸び、ルイカの手を握ろうとするが、霊力が弱っているようだ。透けた手は空中を通り過ぎ、女は悲しそうな顔をした。


「どこに連れて行きたいの?」


 女は伏目がちな瞳を、部屋の対極に向けた。まだ見ていない三脚に乗ったキャンバスがある。彼女はそれを指差すと、次の瞬間にはその三脚の側に立っていた。


「これなのね?」


 ルイカはそう言いながら近づく。

 カバーを手前に引くと、するりと床に滑り落ちた。


「ねぇ、ルイカ。一緒にお茶―を・・・」


 ドアから顔を出したクロトは、ルイカの見つめているキャンバスを見つけ、言葉を失くした。

 細い首に金色の髪先がかかっている所が、健康的な色気を感じさせる絵だ。


「この人が、恋人のリズさん?」

「そうだよ・・・」

 クロトは複雑そうに笑い、キャンバスへと近付いて来た。ルイカの隣に立つと、もの悲しそうな顔で彼女の微笑みを見つめた。


「これを見るのは久しぶりだ・・・」


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