表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の花  作者: 猫姫 花
5/16

エスコート

 顔を覆ったまま動かない彼女は、それから数分動かなかった。


「・・・ねぇ、いつまでそうしているつもり?」


「こんな事態、珍しいのよ」

「だろうね」

「混乱してて、上手く思考回路が働かないの。ここまで何も考えられないなんて生まれて初めてかもしれない。ここまで動揺したのも初めてだし、こんなヘマをやらかしたのも初めてなの。今日は初めてづくしね。お祝いでもしようかしら?」


 彼女は早口の棒読みで言った。何だか壊れそうだ。

 またも沈黙を始める彼女を見つめ、僕は彼女の膝に気づいた。俗に言う『女の子座り』をしている彼女の足が見えたのだ。鞄に引き摺られた時にできたのか、両膝がすりむけている。


「ケガしてるじゃないか」

「ええ・・・そうね・・・」


 僕は画材道具を片付け始めた。大きなリュックを肩に掛けて彼女に近付くと、再びしゃがみこむ。

「僕の名はクロティス・ニロー。とりあえず僕の家に行って、手当てをしよう。お腹空いて来たし、このまま座り続けるのも嫌だ」


 僕は手を差し出した。


 しかしその手から血が滴るのを見て、彼女は目を見開いた。

 僕は咄嗟に手を引いたが、彼女につかまれる。


「ケガを?」

「あ、いや・・・たいしたことは―」

「ごめんなさい。気が付かなかったわ。私のせいね」

「いや。君のせいではないよ」

「いいえ。私の不注意のせいよ」


 彼女はコートの内側から、白いレースのハンカチをとりだし、僕の右手に巻いた。高そうな物だったので断ったが、彼女はそれを無視してハンカチを縛り終えた。


「・・・ありがとう」


 彼女は首を振る。


「礼を言われる立場ではないわ」


 大人びた口調の子だな、と僕は思った。

 この年代は皆そうだったろうか。それとも彼女の世界では、これが普通なのだろうか。

 僕はケガをしていない左手を、彼女に差し出した。


「行こうか」

「・・・ええ」


 彼女は僕の手を自然に受け入れ、エスコート慣れした仕草で立ち上がった。小さい頃から訓練されているような、とても洗練されていて、自然な動きだった。


 彼女はホウキを持つと、「エク」と言った。

 するとホウキが宙に浮き、彼女の胸の辺りで止まる。

 驚いている僕をよそに、彼女はさらに「イリアルーク」と唱え、ホウキの両端まで手を広げて手を叩くと同時に、「ウアミス」と言った。するとホウキは手の中に押し潰され、手を開いた時には無くなっていた。


「すごいなっ。どうやったのっ?」

「ただの魔法よ。行きましょう」


 少女は僕をすり抜けて、さっき卵が落ちた場所に歩き出した。


「そっちじゃないよ」

「あら、そう?どっちだったかしら?」


 僕と彼女は茂みを抜け、公園のレンガ道を歩いた。

 彼女に名前を聞く。


「君、名前は?」

「ルイカ」

「変った名前だね」

「ええ。アトリムグでも言われるわ。伝説の花の名前なの」


「どんな伝説?」


「形も色も不明。存在するかも分からない。ただ、その花を手に入れた者は、世界で一番の幸せが一生続くのですって」

「へぇ。なら、君と結婚する人はそうとうに果報者(ラッキー)だね」


 照れ笑いでも見れるのかと思って横を見てみると、ルイカは確かに笑っていた。

 しかしそれは、失笑とか嫌味とか自嘲とか、そういうものを含んだ複雑そうなものだった。


「そうね。蝶を追い払うのに苦労しているわ」

「甘い蜜を吸うって?上手いこと言うね」

「花粉を集めるミツバチかも。毒針に気をつけなきゃ」

「それなら、君が女王バチになればいい」


「え?」

 ルイカは片眉を上げて僕を見ると、ふふ、と苦笑した。

「ええ。そうね。そのつもりよ」

 ルイカは目を細めた。

「あなた、意外と面白いひとね」


「そう?」

 そう言われたのは、五年ぶりだった。

「ええ。まさか、人間界でもそう言われるとは思わなかったわ」

「うん?」

 僕が首を傾げると、ルイカは笑いながらかぶりを振った。

 『解放された庭』の門を出て、僕達は石畳の公道へと出る。


「家はどこにあるの?」


 僕は門を右に曲がり、そこにある細い道路ごしの、住宅街を指差した。

「すぐそこだよ」


 ***


 クロティスはチョコレート色の扉を開けて、ルイカを我が家へと招いた。二階建ての小さな一軒家だ。玄関に入ってすぐに、ルイカは首を傾げた。

 コート掛けと傘立てが玄関横。ソファと小さなテーブルが一つ。木製の椅子が反対側の壁際に一つあって、本が積まれていた。小さな絵が壁に掛かっていて、テレビは部屋の角に。扉が付いた棚が一つ、階段横に置かれている。


 どうやらここは『リビング』らしい、とルイカは認識した。



「玄関の側にリビングが?」


「ああ。この家は変った造りなんだよ。逆さまのL字型なんだ」


 どうりで外から見た時よりも、間取りが小さく感じられるわけだ。ルイカは卵の入った大きな黒い鞄を下ろし、大事そうにソファの上に置いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ