手がかり
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二号店をあとにして一時間半後。予想より早く一号店に着いたルイカは、例の『事情を知っているだろう男』に会うことができた。
「じゃあ、本当にいたんですね?」
思わずルイカの声が弾んだ。長年探してきて、初めてちゃんとした手ごたえのある答えだった。腕組みをしている背の高いコックが言う。
「ああ。四年ぐらい前に、二号店でウエイトレスをしてたよ。元気と愛想がよくて、働き者だった」
「そのひとは今、どこにいるのか分かりますか?」
「いや・・・婚約だか結婚だかして辞めてから、噂はとんと聞かないね。実家に帰ったか、引っ越したかしたんじゃないか?」
「子供を産んだとか、そういう報せはなかったですか?」
「子供?いや。聞いてないな・・・彼女、子供を産んだのかい?」
「そのように聞いています」
「そうか。彼女苦労人だったからなぁ・・・幸せだといいが」
「苦労って・・・親の反対のことですか?」
「ああ。それもあるし、生活面で色々ね。育て親が金の工面をしてくれなかったそうだから、ろくなお洒落もしてなかったよ」
「そうなんですか・・・」
ルイカは視線を落とした。落ち込んだせいもあるし、コックの不精だかお洒落だか分からないヒゲを、これ以上見たくなかったせいでもある。ルイカはヒゲ嫌いだ。
四十を過ぎただろう男は、優しく言った。
「君もお姉さん探しで色々苦労してるんだろうが、私が知ってるのはそれぐらいだよ。すまんね」
「いえ。ありがとうございます・・・」
「それにしても・・・君はあまり彼女に似てないな?」
「父親が違うので」
「ああ・・・そうか。ごめんよ」
「いえ・・・」
***
鞄が小さく震え、クロトは咄嗟に鞄を開けて中を見た。数秒見つめてみたが、何か異変があったわけではなさそうだ。安堵の溜息を吐いて紙袋を持ち直すと、クロトはポストの前で立ち止まった。
白い封筒を取り出すと、それをポストの暗い口に伸ばす。手を放す瞬間、耳元で女の声が囁いた。
《クロト・・・》
「え?」
クロトは思わず振り返ったが、そこには誰もいなかった。クロトは左耳を押える。まだ吐息のような余韻が残っていた。
周りを見渡してみる。
「空耳かな・・・?」
クロトはもう一度辺りを見渡し、今度は空中に蝶を探した。
「妖精のイタズラでもないか・・・」
「クロトさん」
クロトはまたも空耳が聞こえたのかと思ったが、上空を見上げてホウキに乗っているルイカを見つけ、ふと笑った。
「なるほど。妖精の正体は君か」
ルイカはクロトの前に降り立った。
「妖精?」
「さっきも僕のこと呼んだだろう?」
「いいえ?一回しか呼んでないわ」
ルイカは不思議そうな顔をして、クロトの荷物を見る。
「買物に行ってたの?」
「ああ、うん。夕飯のね。今日は一緒に食べる?」
「ええ。思ったより早く、用事がすんだの」
「いい収穫はあった?」
「あったような、ないような・・・微妙ね」
ルイカはホウキをしまうと、フードを肩に落としてクロトと一緒に歩き出した。
「あ。ごめん。勝手に卵持ち歩いてるよ」
「いいえ、いいの。私が留守にしてるのが悪いのだから、あやまらないで?」
クロトは微笑んだ。
「お姉さん、見つかるといいね・・・リズ―、だっけ?」
「言ったかしら?」
「うん。いつだったか・・・僕の恋人と同じ名前だから、憶えてたんじゃないかな?」
「同じ名前?クロトさんの婚約者は、ベスという名前でしょう?」
「そうだよ?」
ルイカは数秒沈黙し、小さく何度も頷いた。
「そのリズさんは、付き合ってるとき何歳ぐらいだった?」
「にじゅう・・・六、か七か・・・」
「見た目が?実年齢が?」
「実年齢より、三・四歳は若く見えられてたかなぁ・・・」
「付き合ってたのは、何年前?」
「三年か、四年ぐらい前だよ」
「どういう人だった?格好とか、見た目とか―」
クロトはルイカを見て、苦笑した。
「もしかして、僕の恋人と君のお姉さんが同一人物だと?」
ルイカは微笑した。
「すこし、ね。でも、我が家は童顔だから・・・」
「童顔、ねぇ」
クロトは空を見上げて数秒沈黙した。
「ああ。一人いたな。童顔の、リズって子。弟と結婚した子が、確かそんな名前だったよ」
「弟?天涯孤独じゃないの?」
「それに近い。弟と言っても、本人が訪ねて来るまで存在すら知らなくて・・・」
クロトは複雑そうな顔で、ちらりと視線をよこした。
「腹違いなんだ。その弟夫婦はもう亡くなってるし、今は二人の子供の、甥っ子だけが血縁だ」
「甥っ子・・・その子は今、どこにいるの?」
「養護施設。今出してた手紙は、あの子に宛てたやつ。毎月少しだけど、寄付金と彼への小遣いを送ってるんだ」
「どうして?」
「どうして?―って・・・?」
ルイカは不思議そうにクロトを見上げた。
「愛情のもとで、寄付を?」
「勿論。例え腹違いの弟の子供でも、甥っ子は可愛いものさ」
「ならどうして、引き取ってあげないの?」
クロトは言葉を失い、気まずそうに視線を逸らした。もどかしそうに暫く歩くと、再びルイカを見る。
「実は・・・何度も引き取ろうかとは思ってたんだ・・・」
「なら、どうして?」
「僕は変ってるから・・・安定した仕事じゃないし、彼にどう思われているのかも分からない・・・僕は毎月手紙を送ってるけど、彼からは一年に一回、義務的にクリスマスの写真が送られて来るくらいで、まともに話したこともないんだ・・・気持ちを確かめて何とも思われてなかったら―・・・むしろ嫌われてたりなんかしたら、立ち直れないよ・・・」
ルイカはふと笑った。
「まるで片思いね」
「そうなんだよ・・・」
クロトは肩を落とした。




