手紙
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翌日の午前中、ルイカは卵の様子を確認してから、クロトの部屋へと向う。クロトの右手に巻いた包帯を取り、火傷の様子を見た。
「良好ね。今日中には治るけど、それまでは巻いててね」
「分かった。ありがとう」
「今日も卵のことお願いしていいかしら?正式にこっちにいれるようになったから、遠出したいの」
それでブラックコートを着ているのか、とクロトは思った。
「遠出って?」
「隣町」
「トゥルカバース?アシャパト?」
「アシャパトよ。そこに二番目の姉さんの手がかりがあるかもしれないから、訪ねてみようと思って」
ルイカはホウキに乗って宙に浮き、部屋の窓から手を振っているクロトに手を振り返した。天を仰ぎ真剣な顔になると、ホウキはロケット花火のように急上昇をする。青空を切り裂いて雲が近くなると、ルイカはスピードを落とした。
地図を確認してから、足の下にある屋根の群れを見つめる。『開放された庭』の方向が、隣町アシャパトだ。ルイカはポシェットに地図をしまい、出発した。
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「何だ、今のはっ・・・」
サンズはクロトの家から、急速に上っていく黒い影を見た。それは暫くすると北の方向へ飛んで行き、すぐに見えなくなる。
サンズは焦った。
魔女が空を飛んだ。
尾行しなければいけないが、あまりに急なことだったので見失ってしまった。急いで車へと乗り込んだが、しばらく北の方へ走らせてみても、結局魔女に追いつくことはできなかった。
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ルイカは尾行されていないことを時折確認しながら、一時間を費やしてアシャパトの二丁目に飛来した。人目につかなさそうな建物と建物の間に降下し、ゆっくりと周りの様子を見る。右は茶色のレンガ壁に、緑の枠の窓。左は灰色のレンガに、白い枠の窓の建物だった。
道には誰もおらず、ルイカは安心して降り立つ。そこでコートを脱ぐと、ホウキと一緒に指輪の中に片付けた。服のシワを伸ばすと、少し眉間を寄せ、体をねじってみる。
「落ち着かないわ・・・」
ルイカは赤いワンピースを気にしながら、通りへと出た。
だてメガネをかける。
ポシェットの中から手紙の封筒を取り出し、差出人の名前を見つめる。
◇ アシャパト町 レストラン『ガイウス』
From エリザベス=フィナトワース
ルイカはしばし視線を落としたまま、立ち尽くした。
「・・・リズ・・・」
***
「あ」
クロトは緑色の絵の具がついた筆を置き、ローテーブルの引き出しを開けた。中から白い封筒を取り出すと呟く。
「忘れてた・・・」
差出人の名前を見つめ、斜め向かいのルイカの部屋を見る。クロトは頭をかいた。
「まぁ、いいか」
***
『ガイウス』の看板をルイカは見上げる。お洒落な外観だった。
淡い光の店内に入り、ルイカは案内された席に座る。
タキシードに黒い腰エプロンのウエイターに注文をすると、海鮮サラダ、旬の季節野菜のリゾット・ホタテ添えと、三種類の白身魚のソテー、白いコンソメスープ雲の涙風味と、四種のスプーンデザートが出て来た。
ルイカはナフキンで口を拭き、水を飲む。暫し沈黙したあと、ウエイターを呼ぶと、腰をかがめ、聞かれた。
「何でしょう」
どうやら金持ちの幼子だと思われているらしいが、ルイカは気にしないことにする。
「フィナトワース、という名前の店員はいますか」
「フィナ・・・?・・・少しお待ちいただけますか」
ウエイターが戻って来ると、彼の困った顔を見て、外れだとが分かった。
「すいません。この店にそのような名前の店員はおりません」
「四年ぐらい前から働いている人はいますか」
「四年、ですか・・・この店は先々月に開店二周年を迎えたばかりなので、四年働いている、ということは―・・・あ。それでしたら、一号店か二号店かな?そちらは八周年と六周年を迎えておりますので、いるのだとしたら、そちらじゃないかなぁ・・・」
「そのお店はアシャパトに?」
「はい。一号店はイビファルですが、二号店でしたらアシャパトの―・・・どちらかと言うと、隣町に近いかな?必要でしたら、パンフレットをお持ちしましょうか」
「ええ。ありがとう」
ルイカはなるべく幼い口調で言って、極力の笑顔を作った。
利用できるものが増えて、良かったわと思う。
しかし喜怒哀楽が顔の表に出るたびに、ルイカは複雑な気分に襲われるのだった。
金を払って店先に出ると、ルイカは空の明るさに眩暈を感じた。よろめいた瞬間に目の前が白くなり、立ち直ると音と映像が戻って来る。胸を押えた。どくどくと血潮の音が頭の中でして、それがだんだんと引いていく。
青白い顔が、溜息を吐いた。
「・・・時間がない・・・」




