イヤな予感
「卒業するまでは、家族に会わないって決めたんだ・・・でも卒業には最低でも六年かかるから、少し寂しいし・・・だから時々家の前まで行って、ひっそりこっそり様子を見に行ってる」
クロトはお茶を飲み、物足りなさを感じて角砂糖を一つ入れた。
「どうして堂々と会いに行かないの?」
「僕、力をコントロールするのが下手だから、学校に入るまでは家族に迷惑かけっぱなしだった。何回も引越ししたし、学校もまともにいけないぐらい精神不安定で・・・帰るのは、迷惑かけないぐらいに成長してからにしよう、って決めたんだ・・・」
「へぇぇ・・・」
クロトはそれ以上の質問を避けた。
そっけない言動に意外な過去を知って、クロトは少し感傷的で、少し懐かしいような親近感をおぼえた。
ルイカが微笑して聞く。
「本当にそれだけ?」
ロビンはお茶を喉にひっかけて、ぐっと硬直した。先ほどよりもそっけないのを意識して言ったのが分かった。
「まぁ・・・いろいろ、ね」
「いろいろ、ねぇ?」
「そうだよ」
ロビンはズルズルと音をたて、無言で茶をすすった。
仄かに耳が赤くなっているのを見て、可愛いなぁとクロトは思った。
***
ロビンは「帰る」と言ったが、クロトの提案によって三人で夕食をすることになった。食材が足りないので、買物に行くと言う。卵を持ち歩きながら買物をするのは大変だからと、ルイカも付いて行くことにしたので、結局は三人での買出しになった。
『アマンダ』を通り過ぎてセカンドストリートに出ると、田舎にしてはまぁまぁの店数が並んでいた。八百屋をはしごして野菜と果物を数種類、洋菓子店でいつものチョコクッキー、道の途中で花屋をひやかし、近くの内海でとれた魚介を魚市で買いに行く。
花屋で一瞬見せた奇妙な顔を、ロビンは魚市場でも見せた。他の魚を見ているクロトの背中を確認し、ルイカの肩を叩く。
ルイカはロビンに振り向き、その表情を見て意味を察し、固い表情で小さく頷いた。
「気のせいじゃなかったんだ・・・誰が目的?何が目的?」
「分からない。でも、午前中からよ」
「ルイカの家の人?それとも―・・・クロトさんが原因?」
「家の者なら、もっと上手くやる筈よ」
「じゃあ―・・・」
二人はクロトの背中を見た。
クロトは無防備に顎をなで、主婦のように唸っている。
二人は顔を見合わせ、ロビンが囁く。
「怨まれるタイプじゃないよね」
「でも、妬まれるタイプではあるかも・・・」
「うん・・・そうか。なら僕が少し、驚かせておく?」
「いいえ。もう少し様子を見てから対応しましょう。相手の情報が少なすぎるわ」
「分かった。明日からは気をつけて」
「今からよ」
「ああ、うん、そうだね」
ルイカは尾行者に気づかれぬよう、瞬きぐらいの小ささで頷いた。
***
ボイルしたエビとベビーコーンのサラダを、ロビンが大きな木のスプーンで和える。ルイカは微塵切りになった野菜を煮えた鍋に入れ、クロトはフライパンでトマトソースを煮込んでいた。
「そー言えば、卵の様子どう?」
「それが異様なほどに転がるのよね。殻ごと成長して、孵化までに卵が動くのはサラマントイだから、そうじゃないかとは思ってるけど・・・ロビンの卵は?何かあった?」
「頭に落ちてきた」
「え?」
「痛かった」
「・・・そう」
「サラマントイとカーバンクルにあたる生徒って少ないでしょう?比べる人いなくて、少し不安」
「じゃああとで、大きさ比べしましょうか」
クロトはスプーンで味見をする。
「もう終わるから、今からでも見ておいで?できたら呼ぶよ」
クロトはそう言って、ひとつまみの塩をフライパンにいれた。
「ありがと、クロスさん。じゃあルイカ、いこっ」
ロビンがルイカの手を握ると、それを見たクロトは瞬いた。
ルイカは異性に手を握られていることより、別のことが気になっているような顔だ。
「ロビン、クロト、さんよ・・・」
***
二階に上がったロビンは、まず窓を気にした。
「外側に向った窓は無いんだね。良かった」
「でも、帰ったかどうか分からないわ。ロビン、帰り道に気をつけてね」
ロビンは中庭を覗き込んだ。鏡のように窓に顔が映っっている。
「なんか寂しげな庭・・・」
ルイカはベッドの側にある卵を抱き上げ、ロビンに見せた。
ロビンも鞄から卵を取り出し、それを付き合わせる。二つの卵は同じぐらいの大きさだった。
「成長に問題は無いみたいだね」
「ええ」
「それが契約?」
ロビンは卵についた、四本の赤茶色の線を見て言った。
「ええ。そうなの。ロビンの卵は、どれぐらいの周期で動くの?」
「うぅん?・・・どうだろ?あんまり動かないかなぁ?」
ルイカの卵が、かすかに震える。
「じゃあ、種類が違うのかしら?あなたのは―」
ルイカは言いかけて、ロビンの後頭部が映っている窓に釘付けになった。
ロビンはルイカの肩越しに目を見張る。
部屋の中を映した窓には、人影が三つあった。昼間の、髪型がショートカットの女だ。虚ろな目で二人を見つめ、テーブルを挟んだ向こう側に立っている。
ルイカは慎重に囁いた。
「あなたは・・・誰?」
女はゆっくりと、左の人差し指を立てた。それを横に移動させ、絵の保管室へと続くドアを指差した。
ルイカは暫し沈黙し、そのドアを見つめている。
「そこに、行けと言っているの?」
女は無言で、ゆっくりと頷いた。
「何があるの?何を言いたいの?」
女は答えない。保管室のドアを通り抜けて、向こう側へと消えてしまった。
ロビンは眉間を寄せる。
「ルイカの知り合い?」
「昼間会ったわ。その時には二階を指差したの」
「そして今度は、隣の部屋・・・?」
二人は顔を見合わせた。
ルイカはドアに近付こうとして、ふと足を止める。
「鍵・・・返したんだったわ・・・」
ガチャン、と派手な音が鳴ると同時に、クロトが声を上げた。
二人は顔を見合わせる。
嫌な予感がして急いで階段を降りると、キッチンでクロトが蹲っていた。
「クロトさんっ?」
「あ~・・・いったぁ・・」
二人が駆け寄ると、クロトは言った。
「ああ、来ちゃダメ。危ないから」
床には白い破片が散らばっていて、どうやら皿を割ったようだった。
「なんだ・・・皿が割れたのか・・・」
ロビンは気が抜けた声でそう言うと、溜息を吐いた。クロトの右の人差し指が切れているのに気づいて、ルイカは呆れ半分に笑った。しゃがみこみ、破片を拾い始める。
「画家が利き手を粗末に扱ってはいけないわ」
クロトは苦笑した。
「全くだ」
「手当てしないと―」
「あっ。ソースっ」
クロトは焦って手を伸ばし、柄が加工されていないフライパンを素手で掴んだ。
「あっつっ」
ナフキンを取り、柄を包んで火から降ろす。素早く蛇口を回し、クロトは右手を冷やした。
「クロトさん・・・」
目に見えて落ち込んでいるクロトは、小さな声で言った。
「見なかったことにして・・・」




