魔法書通信
五章 べス出現 編
《初めまして。私はルイカが通ってる魔法学校の校長、デュオーリオン=ホーエンです》
「あ、どうも」
クロトはテーブルの上に乗っている、赤茶色い表紙の分厚い本に向って挨拶した。本は開かれていて、ロビンが向かい側で支えてくれているので、斜めに立っている。本のページには文字ではなく、クロトと同じぐらいか、少し年上に見える男の姿が鮮明に映っていた。ダブルスーツがよく似合う、凛とした顔立ちのハンサムだ。
校長はクロトの隣に座っている、元気の無いルイカを見た。
《さて、さっそく本題だが・・・ルイカ・・・先生方と会議した結果、予想通り大きな波紋を呼んだ。しかし私の一存で、君が人間界へ多少の関与をすることが許可された。つまりその家にいていいし、退学も保留だ》
はぁぁ、と三人は溜息を吐いた。
校長はクロトに視線を移す。
《もちろんそれは、ミスター・ニローの許可が下りれば、という条件に伴いますが―》
「僕は構いません」
校長は頷いた。
《あなたの存在についても、会議では問題になっています。我々の存在を知る人間には、例外なく慎重に対応しなければなりません。失礼かとは思いますが、あなたの身辺についてのいくつかの質問にお答えいただきたい》
校長はこれまでの環境や病歴、今現在の対人関係や宗教思想についての質問などを、一時間かけて聞いた。その間クロトは、嫌な顔一つせずに答えたようだが、ルイカとロビンは席を外すように言われたので、どんな内容だったのか、詳しく知ることはできなかった。
《ふむ・・・》
校長は話が一段落し、椅子へと凭れた。
何かを考えているようで、しばらく口を利かなくなった。
ルイカとロビンは再び部屋へと呼ばれる。
ルイカは少し背伸びをして額縁に入った小さな絵を取り、それを持って来ると座った。
「校長。これはクロトさんが描いた絵です」
ルイカが見せたのは、砂漠の絵だった。
校長はそれを無言で、満月のクレーターや波の飛沫を一粒一粒確認するように、長い時間見つめた。
《ふむ・・・なるほど・・・》
校長はそう呟くと、クロトの方へと視線を流した。
《長い間、お手間を取らせて申し訳ありませんでした。私にも公務がありますので、そろそろ通信を切ります》
「え?」
クロトは意外そうな声を出した。
《ルイカの生活費に関しては、学園側が適当な額の援助をしたいと考えておりますので、ご心配なさらないで下さい》
「あら、校長。それなら自費で―」
ルイカが言いかけると、校長はかぶりを振った。
《ルイカ。これは君一人の問題じゃないんだ》
ルイカは言葉を失くした。
《それからミスター・ニロー。卵に関してルイカから何らかの説明があったと聞きましたが、それは孵化後、速やかにルイカの手元に渡ります。ルイカが同居することに関しても、突然いなくなっても周りの人間が不審がらない振る舞いをしていただきたいのです》
「それについては、精神を病んだ姪が療養に来ている―ということになっています」
《そうですか。それなら問題はないでしょう・・・くれぐれもこの件に関しては内密に、しかし極自然に生活していただきたい。難しいこととは思いますが、そうするより他、我々にもあなたにも最善の道はありません。どうかご協力を》
「はい。どうかお任せを」
《では失礼。ルイカ、体には気をつけて》
「はい」
《ロビン、なるべく早めに帰って来るようにするんだよ》
校長は右手を横に動かした。向う側の表紙が閉まるのが見え、映像が暗くなって途切れた。途端に画面は紙に戻り、黒い文字が浮き上がってくる。どういう内容か読む前に本は閉じられた。
ルイカはクロトの横で、はぁ、と大きな溜息を吐いた。
ロビンはそっけなく見えるぐらいの無表情で、「良かったね」と言い、お茶を飲む。
「ええ。本当に・・・安心したわ・・・」
ルイカはもう一度溜息をして、額縁を抱きしめた。
「どうしてその絵を校長に見せたの?」
「だって、あのままじゃいつ終わるか分からなかったでしょ?」
クロトが眉を寄せると、ルイカは微笑んだ。
「言ったでしょう?悪者が描ける絵じゃないわ」
ロビンが言う。
「そう言えば、今日の校長は珍しかったね?まともなことしか言わないし、五十歳ぐらいの姿ってあんまり見ない」
「・・・五十っ?」
どう見てもあの姿は三十代か、多く見ても四十代前半だった。
ロビンがおかわりを要求すると、ルイカは透き通ったオレンジ色のお茶を入れ始めた。蒸らしている間に、黄緑と赤の小さなレモンのような果実を輪切りにした。
「ロビン、すぐにアトリムグに戻るの?」
「今日は多分、戻らない・・・こっちには・・・――いるし」
ルイカは頷いたが、クロトは首を傾げた。
「もしかして・・・親御さんのこと?」
「うん。まぁ、それもそうなんだけど・・・どっちかって言うと、妹のこと、見て行こうかなぁ・・・って、さ」
ルイカは果実の輪切りを浮べたお茶を、二人に渡した。
「ロビンには十四違いのロビエルっていう妹がいるんだけど、学校に入ってから生まれたから、まだ一度も会ったことがないの」
「一度もっ?」
「本当は会いに行こうと思えば行けるんだけど、ロビンには少し事情があって――ね?」
ロビンは頷きながら、柑橘系の香りのするお茶をすすった。




