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天の花  作者: 猫姫 花
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サンズからの追跡


 ***


 公園と、古本屋、花屋、雑貨屋、質屋の前を素通りして、日傘を差した中年の女と擦れ違い、老人達の屯を遠くに見つけて、同じような家々に挟まれた小道に戸惑う。緩やかな階段坂に、ベランダの花壇、小さな橋、野良猫、走り回る子供達。


 雨水を溜めた壺の中には小さな魔物が隠れていた。

 顔の大きさに見合わないギョロギョロとした目で、子供達の様子を窺っていた。コウモリ色の小さな人型に、長い手足。人間にとり憑くこともできない下等級だが、人間が何も無いところで躓いたり転んだりするのは、大抵はこいつのしわざである。


 『別名、イタイノ・イタイノ・トンデユケ・ノ・イタイノイタイノ』。ルイカは何気なく壺に近付き、本来は透明だが『黒い石』とか『闇の石』という意味の、ビジュブラを睨んだ。ビジュブラは気が小さく臆病なので、それだけで隠れてしまう。暫く歩いて振り返えってみると、壺の中からそっと頭を出し、ルイカの視線に気づいてまた隠れた。


 ルイカは溜息を吐いて、道を進もうとする。しかしふと足を止めて、鞄の中身を探るふりをした。その間に後の方を窺うと、何事も無かったように歩き出す。先ほどから、嫌な視線を感じていた。屋根のひさしで影になった角を曲がると、同じような家々の坂道がいくつにも別れていた。誰も居ない。


 ルイカはいっきに走り出し、次の角を左に曲がった。不気味な視線があった方へと走って、そちらに近付くと足音をひそめて歩く。家と家の間から、そっと顔を出した。先ほどのビジュブラが入った壺が、違う方向から見える。


 証拠は見つからなかった。

 香のかおり、以外は。


 ルイカは顔を顰め、来た道であろう路地に向って走る。

 どうやら家の者ではないらしい・・・

 だとすれば、知らない土地で散歩などしている場合ではなかった。


 ***


「いないっ?」

 サンズは角を曲がり、小さく叫んだ。

 辺りを見渡すが、別れ道が多くて検討がつかない。少女一人尾行できないと知れれば、主人に言い訳など効かない。サンズは必死で来た道を進んだり戻ったりして、少女の姿を探した。

 あの黒い服に、何か意味があるのだろうか?

 突然消えた、悪魔の香りを持つ少女・・・醜悪な匂いの源は、あの少女に違いない。その少女が、ミスター・ニローの家に出入りしている・・・さきほどの悪魔を怖じ気させる視線といい、彼女は――彼女は悪魔と契った魔女なのだっっ。

 サンズはそう信じて疑わなかった。


 ***


 次の角を出れば、老人達が見える筈だった。しかしルイカは足を止め、周りを見渡す。予想とは違って、同じような道が続いていた。

 ルイカは冷静に周りを見て、誰もいないことを確認する。指輪の黒い石を撫でて呪文を唱えようとしたが、はたと口を噤んだ。視線を降ろすと、フードコートを家に忘れてきたことを思い出す。あれがないと姿を消せない。

 深い深い自己嫌悪の溜息が、ルイカの唇からもれた。ルイカは顔を覆っていた両手をすぐに放し、家の方向だと思われる場所に向ってひたすら真っ直ぐと進む。だいたいの方向さえ掴めれば、すぐに帰れる筈だ。

 ルイカは自分が正反対の方向に進んでいるのだと気づくのに、暫くの時間を要した。 


 ***


「ルイカ遅いなぁ・・・寄り道でもしてるのかな?」


 クロトは一休みに一階へと降り、玄関のドアを開けて外を窺ってみた。探しに行こうかとも思ったが、もし困ったなら魔法があるだろうと思う。クロトはリビングのソファへ座り、深く腰掛けて溜息を吐いた。   


 ***


 深く溜息を吐いたルイカは、やっと『アマンダ』を見つけて腰を叩いた。ブーツで長時間歩くのは辛い。しかも知らない道のりを歩くというのは、相当なストレスだった。

 疲労している時は、焼き立てパンの匂いも吐き気の原因にしかならない。目に付いたクロワッサンとマーブルチョコパンをとり、レジへと持って行く。


「いらっしゃい。お嬢さん、見ない顔だね」


 野太い声が上の方からして、ルイカは思わず顔を上げた。そこには、黒々しい髭をもった大男が立っている。パン屋には不必要だと思われるほどの筋肉を持った男だ。

 ルイカは思わずツバを飲み込んだ。


「こんなヘンピな町に観光かい?」


 どうやら相手に敵意はないらしい。それどころか人好きのする雰囲気で、ルイカに対しても友好的だと言っていい。


「あ・・・」

 ルイカは言葉に困った。


 糖分を代謝しすぎて、頭が回らない。自分は疲労のために油断し、現在は動揺して言葉を失っているんだわ―と、冷静に分析して状況を導き出した。


「あんた、客を怖がらせてどうするんだい」

 奥の方からアマンダが出てきて、大男の背中を叩いた。

「ごめんねルイカちゃん。こいつは顔が熊みたいに怖いけど、見た目ほど怖くはないからね」


「いいえ。クマは、好きです・・・」


 ルイカは引きつった笑みを返し、金を払った。顔色がますます悪くなってゆく。大男の視線を感じたが、極力目を合わせないようにした。おつりと袋をもらう。


「どうも」


 男の声がすると、ルイカは僅かに肩をびくつかせた。辛うじてを笑顔を作る。頷くとそそくさと踵を返し、店の外へと出た。袋を抱え、早足で坂道を下っていく。顔色は悪く、青白い。静電気のような寒気が、ルイカの背中に走り続けた。


 ***


 ルイカが坂道を下り終えて角を曲がったちょうどその時、坂の上には紙切れを持った少年が立っていた。コーヒーにたっぷりミルク色の短い髪をかき、「うぅ~ん」と唸った。


「何かこの地図・・・変」


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