知れた騒動
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ルイカは空を見上げ、はぁ、と息を吐いた。
「確かに、その方法ならできなくもないわ。課題が始まって間もないから、事故にみせかけて破壊すれば、今からやり直しても充分に間に合うでしょうよ。幸か不幸か、私は薬学の知識がある。調べても検出されにくい毒の調合法も知っているわ・・・」
ロビンは隣に座っているルイカを見つめている。
「クロティス・ニロー殺害についても可能ね。彼は天涯孤独だし、社交的な人間とも言えない。お茶をしている時に毒を盛れば、警察も好きなように解釈するでしょう・・・」
ルイカの顔は人形のように無機質だった。
「炎であぶって、水につける・・・」
ロビンは感情を込めずに聞いた。
「協力しようか?」
ロビンが左の人差し指を立てると、赤い炎が一瞬にして立ち上った。
ロビンは炎術師、フレーラーと言う、魔法界でも特殊な能力者だ。比較的自由に、限られた体の部位から、炎を出すことが出来る能力。不思議と、炎を出している時に温度は感じないらしい。
ルイカはふ、と微笑してかぶりを振った。
「いいえ。どちらも実行しないわ」
「だと思った」
ロビンが指の火を吹き消すと、ルイカは立ち上がろうとした。次の瞬間体を強張らせると、窓を凝視する。
「誰か来る・・・」
ロビンが小声で言う。
「シド?」
半楕円形の窓の縁に手がかかった。男の手を見て、二人は息を飲む。シドではない。白のYシャツと、黒のスーツズボンが見える。頭をさげないと出れないために、顔がよく見えない。黒革の靴が踏ん張ると、横顔にかかったプラチナブロンドが揺れた。
ルイカとロビンは虚脱する。
「よっ、こら、せっと・・・ああ~腰痛い・・・」
彼は腰を拳で叩くと背伸びをした。ふとアッシュブルーの瞳が二人を見つける。
「おや?ロビン。ルイカ。また来てたのか」
こちらを振り向いた青年は、人間で言うと十七・八、アトリムグの感覚からだと二十代ぐらいの姿をしていた。袖のボタンを外していたが、きちんと上着をズボンの中にしまって、ループネクタイをしている所が彼らしかった。
「ども。校長先生」
ロビンが片手を上げると、校長が同じく片手を上げた。
「今日は三人組じゃないのか?」
「シドは行方不明です」
ルイカが校長を見上げながら答えた。
「そうか。今日も調べもの?」
「ええ・・・まぁ・・・」
ルイカは苦笑を浮べた。
昨日は八十代ぐらいの姿だったが、今日は青年。校長は特殊体質で、急激な年齢移動を一日もたたずに可能にしてしまうのだ。普通はどんなに上質な薬を使っても、一日以上は副作用に苦しめられるものである。しかし彼はその日の気分次第で年齢を変えてしまうので、生徒の誰も、本当の姿を知らなかった。
ここで校長と鉢合せになることが、時々ある。校長はここにある翼の生えたライオン、バーリオン像を撫でるのが好きらしい。どうやらこの像を建てさせたのは校長で、何らかの思い入れがあるということは以前に聞いていた。
「二日に渡って人間界とこことを行き来するなんて、骨の折れることをよくもまぁ、実行できたもんだ。俺には無理だな」
青年姿の校長はバーリオン像に近付くと、三頭いる中の真ん中にいる像の雄雄しい尻尾を撫でた。背中を摩ってやると、広がった翼の間に浅く座る。
「で、課題の方は上手くいってる?」
「僕は順調です。デカくなってきてるから、サラマントイかカーバンクルだと思う」
「それはまた、騒ぎの予感じゃのう・・・」
「僕が望んでトラブルを引き起こすわけじゃないです」
「だから困る。君は典型的な『巻き込まれ型』だ。自分の力をコントロールできない巨大な力を持つ巻き込まれ型ほど、やっかいな者はない。しかも君は、ある程度事が進むと、自分から台風に突っ込んでいく傾向があるからな」
ロビンは僅かに頬を膨らませた。図星だからだ。その顔を見て、校長は苦笑した。
「でもまぁ、今回は心配なかろうて。毎年毎年トラブルがあるもんでもなかろ。ゆっくり卵の研究をしたまえよ」
ルイカとロビンが言葉に困って沈黙すると、校長は首を傾げた。
ロビンとルイカは気まずい雰囲気に耐えられず、校長から視線を逸らした。
「もしや・・・」
校長は不審そうな声で言う。
「また、なんてことは―」
二人は更に視線を逸らした。
「なかろうの・・・?」
ルイカは何かを言おうと一瞬ためらい、目を瞑った。
「ロビン?」
ロビンは返事をしない。
校長はルイカに視線を移した。
「ルイカ?」
ルイカの眉間にしわがより、顔が俯いた。
逸らした視線の先で、ロビンと目が合う。
ロビンが頷く。
ルイカは覚悟を決め、校長を見た。
「実は、報告しなければならないことがあります・・・」
***
「じゃあな」
妖精と別れて軽く手を振ると、少年は金髪を風に揺らして道を歩いた。
「さて、そろそろ戻ろうかな?」
少年が角を曲がろうとすると、こちらに向かって口笛を吹く音が聞こえた。少年が振り返ると、反対側の道で手を振っている友人がいた。黒髪に金のメッシュが入った髪形をしている。鎖骨の見える長袖に、七部丈のズボンをはいて、リュックを肩に掛けている。誰であるかは明らかだった。
「おお、イオか。何やってんの~?」
中世的な顔立ちと体つきの友人に、少年は手を振り返した。
***
「はあぁ~、まったく。毎年毎年毎年・・・」
事情を聞いた校長は明ら様に溜息を吐いた。バーリオンの片羽に顔を伏せると、おおげさに頭を振った。どうやら見た目の年齢に応じて、精神面も多少の影響を受けるらしい。青年姿の校長は、いつもより棘がある口調だ。
「ルイカ。君は入学当時から成績優秀で真面目な生徒だが、いささか問題を引き寄せすぎる。しかも他の者が人生で一度経験するかしないかの大きなトラブルを、こうも毎年持ってこられては、こちらとしても困りものだよ」
「すいません・・・」
校長はもう一度溜息を吐くと、右のくるぶしが左の膝に当たるように足を組んだ。そこに腕を乗せて目を瞑ると、絵画のように動かなくなる。凛々しいプラチナの眉が、真ん中に寄っている。
暫く沈黙していた校長は、目を開けた。
「・・・仕方ない。許可しよう」
「・・・・・・え?」
「卵とその、クロト?とか言う人間は『血の契約』によって離れることができない。これは何とも重大な問題ゆえに、慎重に判断してことを解決しなければならない。彼が何者かは今のところ不確かだが、そう易々とアトリムグへ連行して監禁するなんてこともできん。ならば君が人間界に留まり、その人間を監視する方が効率的かつ合理的だ」
「なら・・・一緒に住め、と?」
「そう。その許可を与えると言っているんだ。本来なら退学ものだが、君を退学にしたところで問題は何も解決しない。ならば彼の見張り役をして、彼の行動をレポートにまとめてもらう。彼にはもちろん内緒でね。そして俺に報告する」
「レ、ポート?」
「うん。五年の授業に、『人間行動学』があったろう?あれの予習だとでも思えばいい。処罰については後々な。他の教師とも会議せねばならん」
ルイカは真剣に校長の目を見て、重々しく頷いた。
まさか先に校長から提案されるとは思わなかった。
ルイカは校長と教師オレングルに、クロトとの同居を申し出るつもりだったのだ。五年の『人間行動学』を大義名分に、実家にもそういうつもりだった。
校長はにっこりと笑った。機嫌が直ってきたらしい。
「生徒のことは俺がフォローする。退学だけはないようにするから、安心しなさい」
「はい」
「それと―、このことを知っているのは誰だ?」
「僕」
ロビンが自分を指した。
ルイカが頷く。
「あと先ほど話したナーズと、シドも近々知ることになると思います」
「それだけか?ご実家には何も?」
ルイカが頷くと、校長はバーリオンから降りて二人の前を横切った。
「シドなら君の不利になるような行動はせんだろう。ルイカはすぐに戻って、卵とその主人の観察を。ロビンはぁ・・・あまり己を刺激しないように。それとくれぐれも、このことは内密に。他言は無用だぞ」
ルイカとロビンは大きく頷いた。
校長はがっくりと肩を落とし、大きく溜息を吐いた。
「この台詞を言うのも、何度目になるんだろうな?」
「ざっと三・四回です」
校長が片眉をあげると、ルイカがロビンを肘で突付いた。
ロビンが首を傾げると、校長は溜息を吐いて頭をかいた。
「まぁ、いっか。起きてしまったことを責めてもしかたない・・・なんとかなるだろて」
突然能天気な声になると、校長は空に向って背伸びをする。
「今日は昼寝びよりだったんじゃがのぅ~」
大あくびをした校長は、首を回しながら言った。
「《星が定めし若人の、苦難やのちの道となり、シドの馬車のりレトムの髪切り、次は誰ぞの戴冠か》・・・」
「おおげさですよ。校長」
校長は振り向きざまにふと笑うと、何も言わずに去って行った。
ルイカは呆然として、開いたままの窓を見ている。
「・・・どうして褒められたのかしら?」
ロビンはルイカの顔を覗き込んだ。
「今のって褒められたの?」
「どうなのかしら?嫌味の方?」
「え?」
ルイカとロビンは顔を見合わせた。同時に首を傾げる。
「校長ってよく分からないわ」
「僕はルイカの言ってる意味が分からないよ」
「私もよ」
ロビンは困惑して、眉を潜めた。




