表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の花  作者: 猫姫 花
33/91

秘密部屋


 ***


 がらんとした、空き部屋だった。背中側の壁に掛かっているさきほどの絵画は、裏から見るとマジックミラーのように反対側が見えた。しかし元々本棚ばかりの部屋なので、代わり映えしたものが見えるわけではない。近づいて来た者が分かるくらいだ。


 部屋は板張りの床で、絨毯は敷かれていない。部屋の真ん中に丸いテーブルが置かれているぐらいで、他の家具は椅子さえもない。

 窓は二つあって、半楕円形だ。淡い日の光が、白く埃の張った床を照らしている。部屋の右側には特になにもなく、左側には黒いグランドピアノが置かれている。鍵がかけてあるので、鍵盤に触れたことはない。


 ロビンはピアノの方へと歩き、その周りに積んである箱に足をかけた。左側の窓の下には、階段のように木箱が積んである。校長が合言葉を言っているのを偶然見かけ、ルイカがこの部屋を発見した時からあったものだ。


 木箱に上る。ロビンは雨風で白くなったガラス窓を外側へと押した。木箱の一番上に足をかけ、窓の外へと出る。

 僅かな段差。その先には、コンクリートのような灰色の素材でできた、長方形の空間がある。両方の窓から日光が差しているのに、ここは部屋の左半分ほどしか幅がない。三方が高い壁に覆われ、明きらかに右側の窓に日光は差す筈がない。


 きっと別の空間の繋ぎ目なのだろう、とルイカは思っている。


 初めて発見した時は驚いたが、ここは図書館裏の渡り廊下の天井なのだ。廊下は壁と中庭の間に通っているので、さきほど通ってきた小部屋が、そこにある筈はない。壁のない部分には石像が建っていて、翼の生えたライオンのうしろ姿が見えた。


 ルイカは壁に寄りかかって座り、本を広げる。

 ロビンは三匹並んでいるライオン像に近付き、その隙間から下の様子を窺った。そこからは中庭が見え、噴水と渡り廊下の一部が見える。中庭からは死角になり、こちらは見えない。

 ロビンは誰もいないのを確認して、ルイカの斜め向かいにしゃがみ込んだ。

 ふと頭上を見ると、長方形の青空が見えた。


 ***


 道路を挟んだ斜め向かいのオープンテラスの、大きなパラソルの下にカップルがいた。少年から見て右側はロングヘアの美人系を連れたアゴヒゲ男で、左側は角刈りの彼氏を連れてた、茶髪のメガネ男である。

 店の看板プレートを首輪につけている飼いネコが、右側のカップルを凝視した。そちらへと視線を移すと、毛皮のロングコートで歩いて来る女を見つける。


 少年は意味深に、スカイブルーの瞳を細めた。


 裾下から見え隠れする細い足首が素敵だ。

 女は立ち止まると、右側のカップルを睨らんだ。

 ネコが毛を逆立て、逃げるように店の奥へと走って行く。

 毛皮女は拳を震わせて、カップルの男の前へと回った。何か叫んでいるようだったが、聞きとれない。状況から判断して、恋人に浮気されたんだろうな、と少年は思った。


 しかしカップルはその毛皮女を完全に無視し、何かを食べさせ合っていた。地団駄を踏みながら毛皮女は叫び続けているが、二人は顔を見合わせて笑っている・・・気づいていないのだ。彼女の声は、彼らに聞こえていない。


 パリンッ、と派手な音がして店から悲鳴が聞こえた。


 例のカップルが飲んでいたコップが突然破裂したのだ。それに驚いたアゴヒゲ男は椅子から転げ落ち、頭を打った。ロングヘアの女が必死に男を抱き起こそうとしているのを見て、毛皮女は顔を覆いながら店を離れ、道路を横切ろうとした。


 小走りに道路を渡る毛皮女へ、馬車が向って来る。女は悲しみのあまり馬車にも気づかず、進み続ける。誰も気づかない。少年も焦らない。馬車は毛皮女を轢き、優雅に進んで行った。女も自分の体を馬車が通り抜けたことに気づかず、道路を渡りきった。


 女は団体の観光客と擦れ違うと、体を半透明にして素通りして行く。何人もの体を通っていくうちに、少年の近くへと来ていた。


 ふと、視線が合う。


「泣くと美人が台無しだよ」

「見えてるのね・・・」


 少年はポケットからハンカチを取り出し、彼女に差し出した。


「余計なお世話よっ」

 毛皮女は石橋に顔を埋め、啜り泣きを始めた。

「今の私は、それに触れることもできないのよ・・・」


「でも、念力でコップを破裂させたじゃない?」


 少年は鞄を撫でながら言った。鞄の中身は動かない。


「そんなの、何の意味もない・・・あてつけの自殺なんて、するんじゃなかったわ・・・私がこんなに叫んでるのに、一言も聞こえやしない。私を忘れて恋人と食事なんかしやがって・・・昨日は美術館で仲良く鑑賞・・・私の人生って一体何だったのっ」


 少年は慣れた口調で、毛皮女の艶やかな黒髪を見ながら言った。


「あのアゴヒゲ男もバカだね。君みたいな美人をふるなんて」


 女はかぶりを振った。ロングヘアが揺れる。

「違う。私のダーリンは、あの男じゃないわ・・・」


 少年は首を傾げた。オープンテラスをよくよく見てみると、少年は納得して頷いた。

 虹色の旗を掲げている店だった。


「なかなかの美人になったことが、せめてもの救いじゃない?」

「どこがよ。突然性転換して、親友だって紹介されてた男と結婚されたんじゃ、私の面目がないじゃないっ。二年も付き合って、婚約までしてたのにっっ・・・」


 毛皮女はまた泣き出した。

 少年はかける言葉が見つからず、地面に降りた。これ以上の関与は危険だ。鞄の位置を直しながら、少年は彼女の背中に向って話した。


「あんな男さっさと忘れて、あの世で新しい恋人見つけなよ」


 しゃくりあげながら、大きな瞳が金髪の少年へと振り向いた。


「こんな半端なことするぐらいなら、あなたがなりなさいよっ・・・」


 ハスキーボイスがそう言うと、少年は瞬き、苦笑した。


「悪いけど、俺には好きな子がいるんだ。それにいくら美人でも、男と付き合うのは趣味じゃない。―ごめんね?」


 毛皮女は真っ赤な目を見開いた。長い睫が瞬く。


「どうして分かったの・・・私が・・・」

 少年は不敵に笑い、おどけて肩を竦めた。


「俺が魔法使いだから?」


 毛皮女は破顔し、ジョークの類だろうかと思った。笑ってやる気分ではない。

 少年は意味ありげに、ふふ、と笑った。


「じゃあね」


 少年は背中を見せて歩き出すと、途中でブーケの刺さった外灯をノックし、雨でも降ってきたように空中に手をかざした。毛皮女は首を傾げ、空中に向って話しかける美少年の背中を見送り、「変な人」と呟いて姿を消した。


 どうやら毛皮女には、妖精が見えなかったようだ。

 少年は自分の周りに首を巡らせながら、楽しそうに言った。


「何処から来たんだ?――へぇ、ずいぶん遠出だな。観光?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ