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天の花  作者: 猫姫 花
32/91

「ショカ」


 ***


 特別閲覧室は二階建てで、階下にも部屋がある。かなり年代物の古代文字で書かれた専門書が並んでいる。授業には殆ど出てこない代物ばかりなので、入室が許可されている成績上位者でも、滅多に立ち入らない空間だ。


 ロミオは木製の古びた階段を降り、ルイカとロビンは後に続く。階下は薄暗く、埃やカビの匂いが上の階よりも強い。かと言って長年放置されている、という印象もなかった。ルイカは時々こちらに来ては、薄らと埃の張った本を開くのが好きだ。


 上の階よりは整頓された室内には、やはりおびただしい数の本が本棚に並んでいる。天井ギリギリに設置された本棚には、使い古された木製の梯子が掛かっている。ロミオは真ん中まで来ると、「たしかこの辺だ」と呟いた。


 左に曲がり死角へと消えたロミオを二人が追うと、ロミオは滑車のついた可動式の梯子にすでに上っていて、本棚の縁を蹴ると、再び死角へと消えた。さらに本棚を右へ曲がろうとした二人の目の前に、ロミオが突然姿を現す。


 驚いて立ち止まるルイカに、「はい」と痛みの激しい薄茶色の本を差し出した。


 本の表紙には五芒星印ペンタクルがあり、『契約』、と薄くなった文字があった。作者の部分は日焼けが酷くて分からない。ルイカが本を受け取ると、今にも全体が崩れ落ちそうなぐらい、中身が歪んだのが分かった。


「気をつけて。そろそろ寿命だ」

「作者は?」

「さぁ?俺が入学する前からあるものだし、気づいた時にはこんな状態だったから」


 ということは、少なくとも二百年は前に出版されたものだ。背表紙を捲ってみたが、製造月日のページはなかった。


「そう・・・ありがとう」

「どういたしまして、勉学熱心さん。じゃあ、俺は戻るよ」


 ロミオは本棚に挟まれた色あせた絨毯道を、音も無く歩いた。だんだんと透けてゆく後姿が、階段の方に向う。


「入り用な時は呼んで。上の階にいるから」

「ええ。ありがとう」


 ロミオの姿が完全に消えると、数秒後に気配が消えた。

 ルイカはさっそく本を開こうとしたが、ロビンが「ねぇ」と遮った。


「どうせなら外でない?埃っぽいとこイヤだ」

「ここにある本は持ち出し禁止よ」

「秘密基地なら許容範囲でしょ」


 ルイカは本から顔を上げ、ロビンを見る。少し不機嫌そうだ。

 ロビンは人差し指と中指を唇に押し当ててみせる。


「結局はそれが目的なんじゃない」

「疲れてきたら欲しくなるの」


 ロビンはルイカの返事を待たず、本棚の間を歩いてゆく。ルイカは仕方なくついて行き、大きな絵画の掛かった壁へと近付いた。表面が斑に剥がれかけた額縁の中に、本棚に並べられた本の絵が入っている。


 ロビンはその絵に向って唱えた。


「ショカ」


絵の中の本棚が左右に開き、その奥に板張りの空き部屋が現われる。床上十センチほどの額縁を跨ぐと、二人は絵の中へと入って行った。

絵の表面は水面のように揺れていたが、やがて、静寂を取り戻した。


 ***


 空は、相変わらず青い。ミカゼナ大橋の近くにある名もない石橋の上に腰掛け、少年は溜息を吐いた。太陽光で暖められた石橋は、ほどよい眠気を誘う。

 ミカゼナでは、衣装を着た船漕ぎが水先案内をするツアーが有名だ。数名を乗せた装飾船が、少年の下を滑って行く。紺色の水面に光が反射して、頭がとろけそうなぐらいに眩しい。薄灰色の石橋に水面が映って、光の網がゆらゆらと揺れていた。


 丸いブーケを貫いている外灯が側にあって、それを何ともなしに見つめている。

 少年は無意識のうちに鼻歌を口ずさんでいた。

 小さい頃によく聞いた、子守唄だ。


 斜めがけの鞄が、肩に掛かっている。その歌に反応するように、鞄が揺れた。異様に膨らんだ鞄を撫で、少年は赤ん坊をあやすように指でリズムを刻んだ。鞄が静かになる。

 そのまま視線を道路側へと移し、少年は目の前を横切って行く人間達を見た。


「おかしな所だ・・・」


 さまざまな人種が歩いている。車が道路を通り、その側で馬車が休んでいる。地図を片手に大きなリュックを背負っている旅人もいれば、手ぶらに近い格好でツアーを楽しんでいる観光客もいる。


 道路を挟んだ反対側に、フードマントを着ている女が歩いていた。手には鳥かご、中には白いフクロウ。彼女の存在に、誰かが気づいている様子はない。魔女だ。知り合いではないので、気づかないふりをするのが無難だろう。


 ベビーカーを引いた主婦が、魔女の存在に気づかずにすぐそこを擦れ違う。

 それを遮るように中年の女が少年の目の前を通りすぎ、ブーケの刺さった外灯を見て微笑んだ。彼女が遠ざかってゆくのを見計らって、赤いブーケの中から一匹の妖精が出て来る。蝶の羽を持つ手乗り小人が、彼女のあとを追いかけた。しばらく彼女の周りを飛んでいたが、彼女が気づいている様子はない。

 本当に気づいていないのか、気づかないふりをしているのかも分からなかった。


 現在の暮らしと、歴史的建造物。旅と言う非日常を求める者と、それを相手に現実を生きている者。見えている者と、いない者。魔法使いと人間。男と女。幻想的な現実。ここはいつ来ても、彼にとってもはどこか、異様な雰囲気の場所だった。 


溶けているようだ(アトリムグ)・・・」 


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