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天の花  作者: 猫姫 花
31/91

風に舞った手紙


 ***


 クロトは万年筆の先でテーブルを小突きながら、便箋を睨んでいた。頬づえをついて、窓から見える植木の緑を見つめていたかと思うと、またも白紙の便箋に視線を落とす。


◇元気ですか。 僕は相変わらずです。


 そう書いたかと思うと、深刻そうに溜息を吐いた。

「毎回毎回、これじゃあなぁ・・・」

 クロトは指を組んで背伸びをする。虚脱して腕を下ろすと、溜息。


◇空は青いし、今年も公園の花が満開で綺麗です。君にも見せてあげたいぐらいだ。


「少しわざとらしいかなぁ・・・」

 まぁ、いいか、とクロトは思う。


◇そう言えば、素敵なことがありました。何とは言えないけれど、とても素敵で、とても不思議で奇跡みたいなことです。僕は久しぶりに嬉しい気分です。君のことを思う時ぐらいに、心が踊っています。

  君にも、そういう素敵な出来事が訪れることを願って。

                      To e


 「r」を書く途中で、長椅子からゴトン、という音がした。クロトが手を止めて床を見ると、予想通り卵が転がっている。


「お前なぁ・・・」


 クロトはしゃがんで卵を抱えると、長椅子へ戻そうとした。しかしその手を止めて、卵を抱えたまま一階へと降りる。


 開いた窓から風が吹き上げ、テーブルの上の手紙が舞った。長椅子の下へと滑り込んだ便箋は、そこが住処のように動かなくなる。長椅子近くの痛んだ床板が、ぎしり、と鳴った。

 半透明の足が、長椅子の側でしゃがみこんだ。


 ***

 

 貴重な本を少々乱暴に積み置くと、ロビンは溜息を吐いた。


「どれもこれも、難しすぎる。僕のレベルじゃないよ」


 ルイカは静かに本を閉じ、首を回した。


「教科書の文面を小難しく言って、説明付け加えたぐらいよ。言い回しが多少変ってるぐらいで、どれも似たり寄ったりだわ」


 ロビンは作りつけの机の上に座り、横に積まれている本にあごを乗せた。いいかげん飽きてきたようだ。


「で?結局どういう風に同じことを言ってるの?」


「血の契約は、途中破棄できません。卵の状態での複数人契約は、一番初めの契約者が血の印を残してから、その血が乾くまでを一回と数えます。乾いてからの契約は多重契約となり、成立しません。もし、すでに契約済みの卵と契約を望むなら、孵化後一日以内が最も適しています。孵化から契約までの時間が早ければ早いほど、その生物との主従関係は上手く行きます。これは卵ではなく、他の生物にも言えることです。産まれた時が一番簡単で、生まれてから年を重ねた生物ほど、その契約は難しくなります。

 しかし契約する時の力にだけこだわらず、卵の保護者はできるだけ卵にかまってあげましょう。保護者はつまり、卵の親です。自分の子供だと思い世話をすれば、大抵の生物はなつきます・・・・・・こんなところかしら」


 ロビンは本に凭れたまま暫し沈黙した。


「で、結局のところ解決法は?」

「ないのよ」


「全然?」

「そう。最短でも、孵化した直後にしか二重契約はできないの」

「どうしても?」


 ルイカは頷いた。


「どーしても?頑張ったらどうにかならないの?」

「ならないのよ」


 ルイカは椅子から立ち上がる。ロビンがあまりにも複雑そうな顔をするので、思わず苦笑した。


「仕方ないわ。これからオレングル先生に事情を―」

 とんとん、と肩を叩かれ、ルイカはうしろに振り返った。

「失礼。今いいかな?」


 肩を叩いたのはロミオだった。


「君たちがあまりに熱心なんで、興味があるなら教えようと思ってさ」

「教えるって、何を?」


 まさか盗み聞きをされていたのか、と二人は思った。


「変った本さ。契約についてだけど、他とは少し違う視点で書かれてる。一連読んで、知識を蓄えたいなら損はないと思うけど・・・ただ読んでいて、あまり気持ちのいいものではないよ」


「読む。読みたいわ。どこにあるの?」


 ロミオはルイカの即答に珍しく瞬いたが、すぐに顔色を戻した。


「じゃあ、ついておいで」


 今度は姿を消すことなく、ロミオは二人の前を歩いた。


  ***


 二階へと戻って来たクロトは、横長のカゴの中に卵を入れて運んだ。取っ手が一つ取れていて、抱えるようにしている。下にはシーツがこんもりと詰められていて、その真ん中に卵がある。

 

 クロトはベッドの横にカゴを置くと、ふう、と溜息を吐いた。


 手紙の続きを書こうとテーブルに振り返ると、便箋が裏返しになっていた。一瞬不審に思ったが、風の仕業だろう、と思う。封筒に住所を書き込むと、丁寧に便箋を入れた。サンズから受け取った封筒から数枚の金を抜くと、クロトはそれも封筒の中に入れる。両面テープの紙をはがすと、しっかりと封をした。


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