風に舞った手紙
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クロトは万年筆の先でテーブルを小突きながら、便箋を睨んでいた。頬づえをついて、窓から見える植木の緑を見つめていたかと思うと、またも白紙の便箋に視線を落とす。
◇元気ですか。 僕は相変わらずです。
そう書いたかと思うと、深刻そうに溜息を吐いた。
「毎回毎回、これじゃあなぁ・・・」
クロトは指を組んで背伸びをする。虚脱して腕を下ろすと、溜息。
◇空は青いし、今年も公園の花が満開で綺麗です。君にも見せてあげたいぐらいだ。
「少しわざとらしいかなぁ・・・」
まぁ、いいか、とクロトは思う。
◇そう言えば、素敵なことがありました。何とは言えないけれど、とても素敵で、とても不思議で奇跡みたいなことです。僕は久しぶりに嬉しい気分です。君のことを思う時ぐらいに、心が踊っています。
君にも、そういう素敵な出来事が訪れることを願って。
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「r」を書く途中で、長椅子からゴトン、という音がした。クロトが手を止めて床を見ると、予想通り卵が転がっている。
「お前なぁ・・・」
クロトはしゃがんで卵を抱えると、長椅子へ戻そうとした。しかしその手を止めて、卵を抱えたまま一階へと降りる。
開いた窓から風が吹き上げ、テーブルの上の手紙が舞った。長椅子の下へと滑り込んだ便箋は、そこが住処のように動かなくなる。長椅子近くの痛んだ床板が、ぎしり、と鳴った。
半透明の足が、長椅子の側でしゃがみこんだ。
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貴重な本を少々乱暴に積み置くと、ロビンは溜息を吐いた。
「どれもこれも、難しすぎる。僕のレベルじゃないよ」
ルイカは静かに本を閉じ、首を回した。
「教科書の文面を小難しく言って、説明付け加えたぐらいよ。言い回しが多少変ってるぐらいで、どれも似たり寄ったりだわ」
ロビンは作りつけの机の上に座り、横に積まれている本にあごを乗せた。いいかげん飽きてきたようだ。
「で?結局どういう風に同じことを言ってるの?」
「血の契約は、途中破棄できません。卵の状態での複数人契約は、一番初めの契約者が血の印を残してから、その血が乾くまでを一回と数えます。乾いてからの契約は多重契約となり、成立しません。もし、すでに契約済みの卵と契約を望むなら、孵化後一日以内が最も適しています。孵化から契約までの時間が早ければ早いほど、その生物との主従関係は上手く行きます。これは卵ではなく、他の生物にも言えることです。産まれた時が一番簡単で、生まれてから年を重ねた生物ほど、その契約は難しくなります。
しかし契約する時の力にだけこだわらず、卵の保護者はできるだけ卵にかまってあげましょう。保護者はつまり、卵の親です。自分の子供だと思い世話をすれば、大抵の生物はなつきます・・・・・・こんなところかしら」
ロビンは本に凭れたまま暫し沈黙した。
「で、結局のところ解決法は?」
「ないのよ」
「全然?」
「そう。最短でも、孵化した直後にしか二重契約はできないの」
「どうしても?」
ルイカは頷いた。
「どーしても?頑張ったらどうにかならないの?」
「ならないのよ」
ルイカは椅子から立ち上がる。ロビンがあまりにも複雑そうな顔をするので、思わず苦笑した。
「仕方ないわ。これからオレングル先生に事情を―」
とんとん、と肩を叩かれ、ルイカはうしろに振り返った。
「失礼。今いいかな?」
肩を叩いたのはロミオだった。
「君たちがあまりに熱心なんで、興味があるなら教えようと思ってさ」
「教えるって、何を?」
まさか盗み聞きをされていたのか、と二人は思った。
「変った本さ。契約についてだけど、他とは少し違う視点で書かれてる。一連読んで、知識を蓄えたいなら損はないと思うけど・・・ただ読んでいて、あまり気持ちのいいものではないよ」
「読む。読みたいわ。どこにあるの?」
ロミオはルイカの即答に珍しく瞬いたが、すぐに顔色を戻した。
「じゃあ、ついておいで」
今度は姿を消すことなく、ロミオは二人の前を歩いた。
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二階へと戻って来たクロトは、横長のカゴの中に卵を入れて運んだ。取っ手が一つ取れていて、抱えるようにしている。下にはシーツがこんもりと詰められていて、その真ん中に卵がある。
クロトはベッドの横にカゴを置くと、ふう、と溜息を吐いた。
手紙の続きを書こうとテーブルに振り返ると、便箋が裏返しになっていた。一瞬不審に思ったが、風の仕業だろう、と思う。封筒に住所を書き込むと、丁寧に便箋を入れた。サンズから受け取った封筒から数枚の金を抜くと、クロトはそれも封筒の中に入れる。両面テープの紙をはがすと、しっかりと封をした。




