チクタク
「サラマンドラっていう火トカゲ獣人と、スパルトイって言う兵士の間に生まれる生物なの。兵士と言っても人間じゃなくて、ドラゴンの牙の灰を土に撒くと時々生えてくる、謎の生命体なの。頭はあまり良くないけど、自分の主人だと決めた者には忠実で、簡単に命を捧げるわ。その性質をサラマントイは引いていて、生まれた時に最初に見た者を主人と仰ぎ、一生仕えると言われているの。寿命は三十年ぐらい。それとサラマンドラの性質で、無表情で無口、そのうえ自己防衛反応で炎を吐くわ。見た目は一生、人間の四歳程度。私の感覚から見た意見では、けっこう可愛いわ」
クロトは複雑そうな顔で卵を見た。なんと表現していいのか分からない感情だ。
『未知』への恐怖、というものだろうか?
「もし・・・もしその子がサラマントイだとすると、生まれてくる瞬間に君の姿を見れば、僕との契約は無効になる?」
「無効にはならないけど、分散はされるでしょうね。サラマントイもカーバンクルも卵の時点で契約が可能だから、どちらの場合でもあなたがご主人様よ。でも、生まれたあとになるべく早く血の契約を行えば、同じぐらいの立場の者がもう一人いる、って思ってくれるかもしれないわね」
クロトは申し訳なさそうに頷いた。
「大丈夫。明日も学校に行って、調べてくるから」
ルイカは、空になったカップをテーブルに置いた。
「学校には報告したの?」
クロトは無意識にカップを取り、流しへと持って行く。
「いいえ。まだ・・・明日まで延期にしたの」
「そう・・・」
クロトは蛇口をひねる。
「ええ・・・おやすみ。クロトさん」
ルイカは卵を抱きながら階段を上った。死角の方で、カップが濯がれる音が遠ざかってゆく。二階に着くと、ルイカは卵を抱えたままベッドに倒れた。シーツからは太陽の匂いがする。
卵をじっと見つめると、囁いた。
「今の話・・・人間には、刺激が強すぎたかしら?」
卵は何の反応も示さない。
「あなたは、何の種族なのかしらね」
やはり卵は答えなかったが、ルイカは卵を抱き寄せた。電気の消えた部屋に、昨日と同じように月光が差している。静かだ。思考がだんだんと、まどろんで来る。
「そうだ。今日の分の日記、まだ書いてないわ・・・」
書かないと、とルイカは思ったが、ルイカの瞼はゆっくりと閉じていき、数秒後には、寝息をたてていた。
***
「もう大丈夫そうね。明日には完治すると思うわ」
「ありがとう」
クロトは自分の右手を開いたり閉じたりした。包帯を縛り終えたルイカは、消毒液の入った小瓶をポシェットの中へしまいこんだ。
「あまり動かしてはいけないわ」
「分かった。今日まではぼんやりして過ごすよ」
ルイカは頷くと、黒尽くめの服の上にコートを羽織った。やはり今日も服装が違っていて、微妙にブーツのデザインも違うような気がする。昨日までは、ブーツの横にフリルは付いていなかった。
クロトは空中からホウキを出すルイカを見て、首を傾げる。
「もしかして、そのポシェットが四次元に続いているの?」
「え?」
ルイカは瞬き、くすりと笑った。
「さぁ?どうかしらね」
笑ったままのルイカは、庭に出ると空へと飛び立った。クロトはそれを見上げながら、そう言えば小さい頃は、空を飛ぶ夢をよく見たな、と思った。幻想的な映像と共に、心理学的には精神が不安定な時に見るらしいな、ということを思い出した。
***
図書館に直行すると、ロビンはすでに特別閲覧室にいた。図書館はいつもより人口密度が薄かった。ルイカはロビンの側へ行き、昨日と同じ椅子に座る。
「ねぇ、授業はいいの?あなたまだ、取ってない単位あったんじゃないの?」
「そうだね」
「そうだね、って・・・」
「あんまり興味ない。今はこっちの方が大事でしょ」
ルイカは呆気に取られながら、分厚い本を膝の上に乗せた。
「こっちの方がって・・・私は私のせいで、あなたが留年するのは絶対に嫌よ。今すぐ授業に出て」
ロビンは視線を本からルイカに移す。
「やだ」
ルイカは破顔した。
「歴史も天文学も嫌い。僕は今日、熱を出して寝込んでいるってことになってる。もし僕が留年しても、それはルイカのせいじゃなくて、日ごろの行いが悪い僕のせい。それにルイカが退学になるとノート貸してくれる友達いないから、結局僕は卒業できなくなる・・・本当に僕のことを思うなら、お願いだから早く解決法を見つけて」
ルイカは瞬いた。溜息を吐いたあと、かぶりを振って本を開く。
「ウソが下手ね。ノートならシドだって貸してくれるでしょう」
「シドは貸してくれるけど、教えてくれない。それに歴史と天文学が嫌いなのも本当だし、ルイカが退学すると困るのも本当」
「ああ、そう」
「そう」
「この話は保留ね。早期解決を」
「そう。解決法、ね。じゃあ、始め」
二人は無言で本を読み始め、しだいに眉間を寄せていった。




