可愛い魔女さん
僕が眉間を寄せて彼女を見つめると、彼女は無地の黒いコートを指で摘んでひらひらとさせたり、体をねじってみせたりした。
「私、小さい頃から魔女に憧れていたの。いつかなれるとは思っているのだけど、やっぱり童話みたいにお婆ちゃんにならないと無理かしら?私できれば、可愛い魔女になりたいの。それでホウキにまたがって、犬のジョーと夜空をお散歩するのよ。虹の日もいいわ。ねぇ、私魔女になれると思う?」
彼女はあどけない表情で、期待に溢れて聞いてきた。
どう幼く考えても、十三ぐらいにしか見えない。
童話に惑わされるような年でもないだろうに・・・彼女はとびきりのメルヘン空想癖者か、かなり大人っぽく見える十歳ぐらいの子。でなければ、女優のような計算高い子だろうな、と僕は思った。
「ああ、うん。頑張れば・・・きっと、ね」
「ありがとうっ。私ももう少しでなれそうな気がするのっ。だからロビンのお家に行く前に、飛ぶ練習をしようと思ってたのよ。彼をびっくりさせようと思ってっ」
彼女は頬を赤くしながら言う。
僕は瞬いた。
「じゃあ、さっきのは・・・」
「木の上から飛び降りたの」
「木の上から?」
「ええ」
彼女はにっこりと笑った。突然、はっと顔を上げる。
「いけないっ。もう行かなきゃっ」
彼女は踵を返して走り出した。
「危ないから、もう木の上から飛んじゃダメだよ」
彼女は僕に振り向いて手を振った。
「ええ。気をつけますっ」
茂みに向って本格的に走り出そうとした彼女の鞄が、突然反対の方向に引っ張り上げられた。「きゃっ」と高い悲鳴をあげ、彼女は尻餅をついた。驚いて跳ね起きた彼女は鞄を抱え、再度走りだした。
しかし黒い鞄は、自分の意思でも持っているかのように空中に留まり、彼女が押しても引いてもびくともしなかった。しかも今度はぶるぶると震えだし、僕の方向に向ってぐいぐいと彼女を引っ張り出した。
「い、いやっ・・・」
彼女は必死の抵抗を見せるが、鞄の勢いに勝てず、ついには転んでしまう。それでも鞄は地面を移動したので、彼女は引きずられるはめになった。
僕はと言うと、相変わらず動けない。目を見張りながら、立ち尽くしている。
鞄が足元まで来ると、僕は顔に土をつけた彼女が気になって、しゃがみこんだ。
「あ~・・・大丈夫?起きられる?」
なかなか起きない彼女を手伝い、その場に座らせてやる。コートについた土や草を払ってやると、彼女は頬についた土を拭い取り、必死に言い訳を考えているようだった。
「あ、あの・・・あの、今のは―・・・」
「今動いたのは、さっきの卵だよね?」
彼女の肩がびくりと震える。
「大事なものなんだろう?割れてない?」
「え、ええ・・・きっと大丈夫。木の上から落としても平気だったから。ダチョウの卵は丈夫なの」
「あれは本当に、ダチョウの卵なの?」
一瞬の間があった。
彼女は顔をあげ、「ええ」と答えた。
「それにしては大きすぎないか?一度本物を見たことがあるけど、これは少し青みがかっているし・・・それに、あんな動きをする卵なんて聞いたことが無い・・・・・・いや、存在する筈がない」
彼女は微笑のままだが、顔色が青くなった。
僕は思い切って聞いてみることにする。
やはり少し、緊張した。
「君は、本物の魔女なんじゃないのか?そしてその卵は、人間界以外の場所に存在する卵だ・・・・・・違う?」
彼女はまじまじと僕を見た。頭の先から足先まで視線が移動し、そしてまた、訝しそうな顔で僕と目を合わせた。
「あなた、同族?」
「同族って何の?」
彼女は沈黙した。どうやら僕の勘は的中したらしい。
「アトリムグの者?」
「・・・アトリムグ?」
「なぜウィッチクラフトコートを着ている私が見えるの?アトリムグ?」
彼女は僕の表情を観察し、険しい顔で言った。
「違うのね・・・ならばハーフ?」
「魔女と人間の?違うよ」
「じゃあ何者なの」
「貧乏画家。近所の私営公園で散歩中。ただの人間だよ」
「ならば何故、私の正体が分かったの」
僕はくすりと笑う。
「そりゃあ、そんないかにもな格好なら誰だって怪しむさ。それに君と卵は、明きらかに空から降ってきたからね」
彼女は気でも失いそうに目を瞑り、深い深い溜息を吐いた。
顔を覆って俯くと、フードの中から巻き髪がこぼれた。
「大丈夫?」
「ああ、ええ。ええ・・・そうね。ごめんなさい。大丈夫。私今、とっても動揺しているみたいだわ・・・」
「だろうね」
彼女は世界の終わりか、全財産入りの財布を落としたみたいな、青白い顔をしている。
「ええ。すごく動揺しているわ。まさか人間に見つかるなんて・・・」
「もしかしてこの事態は、すごく特殊?」
彼女は指に隙間を作ると、その隙間から僕を上目で見た。
「あなたは、魔法使い肯定派?」
「一応ね」
「じゃあ魔女信仰を?」
「いいや。拝んじゃいないよ。ただ、広い世の中なんだから、そういう者達がいてもいいんじゃないかな、って思ってるだけ」
「そういう者達って、具体的には?」
僕は肩を竦めた。
「魔女とか、魔法使いとか?」
「あなたの思う魔法使いとは何?」
彼女は先ほどとは打って変わって、大人びた口調で聞いた。
もしかしたら、とても利口で聡明な子なのかもしれない。




