契約説明書
***
クロトは溜息を吐いた。まだ頭痛が残っている。キッチンのテーブルに手をついて呆っとしていると、二階からゴトン、という音が聞こえた。
「またか・・・」
床を転がって、移動する音が続いている。いい加減ほおっておこうかと思った時、卵が階段を転がり落ちて来た。クロトは慌てて階段まで駆け寄り、卵を受け止める。溜息。
「丈夫過ぎるのも考えものだな・・・」
卵を抱いて立ち上がると、テーブルの方で椅子を引くような音がする。クロトが振り返ると、花瓶に活けていたピンクの花が揺れていた。クロトは違和感を感じて、そちらを見つめる。人の気配がしたような気がしたが、そこには誰もいない。
風のせいかと思った瞬間、新鮮な筈の花軸が折れ、ぽとりと落ちた。
気配。
テーブルに落ちた花が、寝返りを打った。
「ベス・・・?」
何故だか、そう思った。
クロトは窓へと視線を移す。空気の入れ替えのために、窓は全開になっていた。
偶然だ。きっと、偶然だろう。
クロトは独りで微笑した。
***
「ねぇ、ルイカ。この『召喚師』の所だけどさ」
【内容】
――・・・
①図形・書式による契約。
②血による契約。
③口頭・呪文による契約。
④召喚契約。
この場合『契約』とは、アトリムグ、および異空間に存在する生命体との、自覚した等価交換を示す。
術の発動者と契約相手との関係は、常に発動者が甲の立場にあるわけではない。座敷化したカーバンクルやカラスなどを例に挙げると、かれらは主従関係契約が可能であり、また卵の時点での契約は一生涯一定である。発動者は同時に育児者、庇護者とみなされ、彼らは庇護されるものとして、甲と乙の関係が成る。(①②)
しかし野生化したカーバンクル、もしくはカラスとの主従関係は一定せず、常に逆転の可能性を含んでいる。また座敷化した彼らとは違い、一方的な契約破棄(逃亡など)の可能性もある。(②③)
基本的に野生化した彼らとの等価交換は、発動者からの食事・住処の提供によるものが多く、発動者はその見返りに、何らかの協力を得ることができる。よって同種の生物であっても、個々の生活環境や心身状態によって、得られる結果の損得は大きく左右される。術者はそれを知り、見極め、制御する力を養わなければならない。
これを応用したものが悪魔との契約、精霊との契約などである。彼らは階級を持ち、その階級が上がるほど高等な力を持っている。発動者は己の力量に見合った階級の者を呼び出し、契約しなければならない。(④)
彼らの場合、その場限りの契約から、一生を左右する契約までがあり、契約での等価交換物は、主に発動者の生気、肉体の部位、寿命、生命などで、何らかの生物の生贄、貢物である場合もある。
仮に彼らの望む交換が行われなかった場合、または発動者の力量が彼らの力量を下回った場合、彼らとの主従関係は成立せず、契約破棄となるか、甲と乙との逆転が考えられる。
甲と乙との関係が逆転した場合、発動者は即座に生命を奪われるか、それに等しい制裁を受ける可能性が極めて高い。また悪魔との契約は途中破棄できないものが多く、発動者が死亡するまでの契約が殆どである。悪魔との契約に主従を望むことは危険で、その大体が寿命や生命を代価とした、①②③を含む④である。
悪魔学は一つの事柄に様々な見解がなされていて、次に記す契約法はその一部である。
まず闇の王ルシファーを呼び、契約を望む悪魔を呼ぶ。(④)
次に契約仲介者のもと、契約書を交わす。(①)
契約
我が受けし全に対し、二十年後に然るべき償いを約束する。
その証として、ここに署名する。(③)
《己の血でフルネームを書く》(②)
こうすることで契約は成立し、力を得ることができとされている。しかし二十年後の等価交換、つまり生命の貢ぎに関しては、契約する相手とで日数が異なるとされている。また事前にルシファーを呼び出さず、直接契約を望む悪魔との体面を果たす発動者が殆どである場合が多い。
発動者の八割近くが発動後に死亡すること、契約仲介人は秘密保持の義務があることから、悪魔学の解釈は未だ統一されていない。
悪魔契約の仲介人を『契約師』、精霊契約の仲介人を『導師』と呼ぶが、この導師の秘密保持義務は契約師と比べ、比較的柔らかいものだと言われている。
しかし精霊学や天使学に関しても、未だ謎の部分が多い。その理由として、精霊契約のほとんどが、仲介人を通さない個人的な契約が殆どだということが挙げられる。そのような場合の発動者を『召喚者』と呼び、その契約を一定期間必然的に保てる者、意識的に召喚を可能とする者、召喚を生業としている者を『召喚師』と呼ぶ。この召喚師が導師である場合が多いので、精霊の秘密が護られることに変化はない。
また召喚師は、血族での気質受け継ぎが強く、召喚者や契約師にはない、血族的な体質遺伝が存在すると言われている。よって―
「―悪魔を呼び出す者のことは、何て呼ぶの?」
「それもある意味召喚者ね。でも、基本的には仲介者なしで呼び出しができる者、って意味だから、『契約希望者』とか『印す者』って呼ばれるそうよ」
「ふぅん・・・・・・じゃあ悪魔の召喚師はいないの?」
「『召喚師』というのは、異空間生物を一定期間従わせることが出来る者。『慕われている者』、という意味もあるわ・・・精霊は他者に対して開放的で好意的な者が多いけど、悪魔はその逆。精霊との契約は僅かな生気や贈り物ですむし、無償の協力や主従関係が成されることもあるけど、悪魔の場合はそうはいかないでしょう?命がいくつあっても足りやしないもの。『悪魔の召喚師』なんて不可能なのよ・・・普通わね。でも、何事にも例外はあるわ」
「ふうぅん・・・相変わらず、何にでも詳しいね?」
「そんなことないわよ。偶々シドから初級編の本をもらったから、自分でも少し―」
ルイカは言葉を切り、隣にいるロビンを見た。
「今は召喚師じゃなくて、卵のことでしょう?」
「ああ。そっか。ごめん、ごめん」
「真剣にやってよ」
「分かってるよ」




