魔法学園
広めの書斎だ。出入り口に対面して机が置かれ、黒革の椅子が、カーテンの掛かっていない窓の手前にある。薄暗い部屋の壁全体には、クロティスの描いた絵画と共に、幻想的ともグロテスク言える絵画がいくつも掛かっていた。
包装された絵を抱え、サンズが部屋に入って来る。
へこへこと頭を下げて、「ただいま帰ってまいりました」と言う。
すると背を向けていた黒革の回転椅子が動き、人影が姿を現した。サンズの主人だ。サンズの主人は顔色一つ変えずに、手前にある重厚な机へと足を乗せた。長い足をそのまま組むと、「それで?」と聞く。
「今月も無駄足だったか」
「いいえ。ご主人様」
主人は少し椅子をずらし、訝しい顔でサンズを見た。
「ミスター・ニローが絵を描く決心をなさいました」
「幻想画、をか?」
「はい」
サンズが答えると、主人は片眉をあげて薄ら笑った。
「そうか・・・そうか・・・」
主人はサンズを見る。
「それは?」
「代わりに買い付けてきた絵画です」
「見せてみろ」
サンズが机の前まで来て開封すると、主人はそれを手に取り、すぐにサンズへと渡した。
「適当に処理しておけ」
『解放された庭』の、淡い光の当たったレンガ道と木々、天使の像と噴水が描かれていた。主人は幻想画以外には興味がない。サンズが会釈して踵を返そうとすると、主人は顔を顰め、サンズを睨みながら「待て」と呼び止めた。
サンズの主人は顔を歪める。
「お前・・・臭うな・・・酷い臭いだ」
「え?」
サンズは困惑してスーツを嗅いでみる。
「お前どこかに寄って来たのか」
「いいえっ。ミスター・ニローの家以外にはどこにもっ」
主人は机から足を下ろした。険しい顔で机に肘をつくと、憎憎しげに指を噛んだ。
「ならば、あの男の家に不吉な者がいるな・・・」
「ふ、不吉っ?」
サンズは動揺した。
「そうだ。とても不吉で醜悪な、悪魔の臭いだ」
サンズは息を飲んだ。
「あ・・・わ、私はどうすればっ・・・」
「あの男を見張れ」
「も、もし、悪魔がいたらっ・・・?」
主人はサンズに流し目を送り、僅かに目を細めた。
「そんなこと、決まってるだろう?」
妙に低く意味ありげな声に、サンズは震えながら頷いた。
「明日からあの男を見張れ。いいな?」
「はい・・・はい。ご主人様。仰せの通りに・・・」
***
頭の上で、ゴトゴトと音がしていた。目覚まし時計が鳴っているのか、と思ったが、そもそも持っていないことを思い出す。
「うぅ~~ん・・・」
体をよじって腕を伸ばすと、音の正体を探して棚の上を探った。頭から被っていた毛布が剥がれて、『コーヒーにたっぷりミルク色』の短い髪が出てくる。すでに明るくなっている部屋に顔を顰めると、顔の横に移動していた枕を抱きしめ、かぶりを振りながら呻いた。
再びゴトゴトと何かが動く音がして、呻き声が止む。
不審に思って枕を退けると、それとほぼ同時に、白くて丸いものが見えた。薄ら開いた灰色の目に、作りつけの低い棚が見える。
そう言えば昨晩、棚に置いていたのを思い出した。
しかし、遅かった。仰向けになっている少年の額へ、丸くて固いものが転がり落ちる。
「あっ・・・」
ゴチンと鈍い音がして、少年は額を押さえた。額を摩りながら卵の無事を確認し、面倒くさそうに起き上がった。頭上棚の上には白紙の本が開いたままだ。少年は側にあった万年筆を取り、白紙の部分に走り書きをする。
「朝起きたら、突然卵が降って来た。痛い。卵無事。良かった」
少年は向かい側に置いてあるベッドを見た。誰も寝ていない。背伸びをすると、ベッドを降りる。裸足だが冷たくはない。窓からの光がフローリングの床に落ちていた。
「お腹すいた・・・」
卵が賛同するように動いた。少年はそれを見て、頷く。
「僕もだ。一緒に食堂に行こ」
着替えを終えて卵を抱えると、少年はふと、ドアノブをつかんだまま立ち止まった。溜息を吐きながらドアを開ける。
「時間外は自主調理だったな・・・めんどくさ・・・」
少年はぶつぶつと独り言を呟きながら、後ろ手でドアを閉めた。
***
ルイカはホウキをしまって学園内に入り、そう言えば四年生以外は通常授業であることを思い出した。校内には生徒が溢れ、廊下を行き来している。ルイカは私服だったが、コートがそれを隠していた。制服の上からコートを羽織る生徒は一年中少なからずいたので、悪目立ちはしなかった。
突然曲がり角から黄色いローブがはためくと、回転しながら老人が出てきた。
ジャーポ風着物柄のトンガリ帽が見えて、ルイカは思わず足を止めた。老人は頭上高く腕を上げると、手を二回叩いて「オ・レッ」と叫ぶ。
ルイカは冷静に声をかけた。
「校長先生、今日もご機嫌ですね」
老人は片手を上げて挨拶をした。バレエのターンをすると、白くて長い髭も同時に空中で回る。ルイカの前でポーズを決めたが、ルイカは興味を示さなかった。
「奇抜なコートですね」
「似合っておるじゃろう?」
「ええ、とても」
「お褒め、ありがとう」
校長は両裾を広げて、ひざを曲げた。
「しかしいつ見ても、君は黒服じゃの。若いんじゃから、たまには他の色も―」
校長はルイカを見て、少し沈黙した。
「そう言えば、君は校外組じゃなかったかね?」
「ええ。調べものがあって、図書館に行こうかと」
「ああ、それで」
「はい。それじゃあ」
ルイカは軽く会釈をして、校長の側を横切った。
校長が言う。
「ん?図書館はそっちじゃないぞ」
ルイカは振り向いた。
「先にロビン達に会おうと思って」
「あ、あ~」
校長は納得したようで、ルイカに手を振りながら何度も頷いた。
「仲良きことは、善きことじゃなぁ・・・」
数秒の沈黙のあと、校長は感傷的な顔をくるりと陽気に変えて、通りすがりの生徒に片手を上げると生徒とハイ・タッチをした。くるくると踊りながら移動している派手な老人を背中に、ルイカは早足に寮の方角へと向った。




