表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の花  作者: 猫姫 花
20/91

パン屋『アマンダ』


 翌日。

 クロトは自分の右手を観察しながら、キッチンへと入った。早朝で、空はまだ薄暗い。

 昨日のことは夢じゃなかったんだな、とクロトは思った。

 ルイカは壁に掛かっている『砂漠の絵』の前に立っていて、それを見つめていた。


「もしかして、眠れなかった?」


 ルイカは振り向いて微笑した。


「クロトさんは早いのね?いつもそう?」

「今日は少し早めかな。パンを買いに行こうと思って」


「パン?こんな時間に?」

「パンがきれてるの忘れてたんだ。昨日は夕飯抜いたからお腹すいただろう?今買って来るから、ミルクか何か―」


「一緒に行くわ」

「一緒に?」


「そう。だって・・・」


 ルイカが言いよどむと、クロトははたと思い出した。卵は一定の距離から、契約者と離れられない。

 クロトは微笑した。

「そっか。準備しておいで」


 柔らかいクロトの声に、ルイカは安心したように頷いた。

 財布を持って上着を羽織ったクロトの前に、フリルの付いた膝下丈のスカートで現われたルイカは、卵の入った黒い鞄をかけていた。上着はタイトな黒で、中に白いブラウスを着ている。ベルベットリボンが襟で結ばれていた。


「その服は・・・どこから?」


 かつての恋人のものではなかったし、昨日のルイカは、替えの衣類を持っているようには見えなかった。


 ルイカは微笑む。

「秘密よ」


 そう言われてはしかたがない。クロトは苦笑し、頷いた。


「行こうか」


 二人は灰色の石畳道をまっすぐ進み、やがて角を右に曲がった。そこは坂道になっていて、上がりきると大きな道に繋がっている。坂の始まりにパン屋、『アマンダ』。


「やぁ。アマンダ」


 手動のドアを開けながらクロトが挨拶。振り向いたのは髪を二つ団子にしている中年の女で、ほどよく焼いたパンに、蜂蜜をかけたみたいな髪の色をしていた。


「ああ。クロティスさん。おはよう。いつものかい?」


 頷きかけて、クロトはルイカへと振り向く。


「僕はいつもクロワッサンを頼むけど、君の好みは?」

「私もそれでいいわ」


 アマンダはルイカに目をやる。

「この子は?」

 その間にも、紙袋にパンを詰めている。彼女はからかい口調で言った。

「まさか隠し子、ってわけじゃないだろうね?」


「えっ?いや、違いますよっ」


 困惑しているクロトの横で、ルイカはにっこりと笑った。


「母方の姪です。今遊びに来てるの」 

「へぇ。おいくつだい?お嬢ちゃん」


 クロトはしまった、と思った。実年齢と見た目がこれほど違えば、まぁ誤解はされるだろうが、アマンダの口調は十三歳に喋るにしても、甘やかした声だった。ルイカが顔を顰めるものだと思っていたクロトは、笑顔を崩さない少女の顔を見た。


「十二才、ですっ」

「おや。そうかい。家族で遊びに来てるのかい?」


「いいえ。私だけ。ママが『お前だけだよ』って」

「おや、まぁ・・・?」


 少し不審がったアマンダの顔色に、クロトは内心焦る。

 しかしルイカはにこやかに頷く。


「都会がダメなんですって。悪い空気の場所にいすぎたから、療養が必要なのですって。ママは病院だし、パパは死んじゃったから一緒じゃないの。少し寂しいけど、我慢しなくちゃ・・・」


 ルイカは寂しそうに目を伏せた。寝不足の目は泣きはらした目にそっくりで、青白い顔は病的な印象が強かった。アマンダが心苦しそうな顔をしたのを見計らって、ルイカは子供のように微笑んだ。


「でも、おじさんが―あっ。おじさんはダメだったね。クロトさんが居てくれるから、あんまり寂しくないのっ」


「へぇ、そうなのかい」


 アマンダは微笑んだ。


「うんっ」


 ルイカは大きく頷いたあと、無邪気にクロトの上着を引っ張った。クロトを上目遣いで見て、幼い口調で質問した。


「ねぇ、そう言えば、『療養』ってなぁに?」 


 チェック・メイト。


 いつもより多くサービスしてもらった袋が、大きく膨れている。角を曲がってパン屋が見えなくなってから、クロトは隣を歩いている少女に言った。


「魔女やめて、女優になったら?」


 ルイカはクロトを見上げる。


「そうね。考えておくわ」


 彼女は口元を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ