空から落ちてきた卵と美少女
ボールのように跳ねるものに驚いて、僕は思わずうしろに転んだ。尻餅をついた体を起こそうとすると、手の平に鋭い痛みを感じて引っ込める。右手がざっくりと切れていた。草陰を探してみると、ワインボトルの破片がある。
ジョンがいつも飲んでいる、薄緑色のボトルだった。
思わず心の中で舌打ち。
「・・・ジョンめ・・・」
こつん、と僕の靴に何かが当たった。
見てみると、それは空から落ちてきた白くて丸いものだった。
僕は転がってきたそれに手を伸ばす。やはり卵だ。かなり巨大で、一抱えはある。随分と丈夫のようだ。あの高さから落ちてきたのに、ひび割れ一つない。
「もしや・・・ダチョウの?」
そう言えばあの卵の殻は、カナヅチで割るらしいし・・・。
いや待て。ダチョウって飛べるのか?
「ぃやぁああぁぁぁぁあ」
突然空から降ってきた声に、僕は反射的に空を仰いだ。
黒い羽をはばたかせ、大きな鳥が・・・いや。黒いコートと黒髪をなびかせた少女が、ホウキに跨りながら急速に落ちてきた。
僕の見開いた目に向って、確かに少女が落ちてくる。僕は悲鳴をあげることさえ忘れ、ぽかんと口を開けていた。
彼女はホウキから飛び下りる。
「触れてはダメよっっ」
僕は驚いて卵から手を引き、その拍子に僕の血跡が卵の表面についた。
四本の赤い線が残ったが、この時の僕はまだ気づいていない。
少女は卵を抱き上げ、土で汚れた卵の様子を確認している。
しばらくそうしていると、心の底から安心した溜息を吐いた。
「良かった・・・無事・・・」
少女は立ち上がろうとして、ふと僕に気づいた。
僕は驚きのあまり動けないでいる。
彼女の黒い瞳と、僕の茶色の瞳が合った。
彼女は引きつった顔で数秒沈黙したあと、僕の目の前で手を振った。僕が何も反応しないのを見ると、また、安心したのか溜息を吐いた。
僕が盲目だと思ったのだろうか?
「何だ。驚いた・・・」
彼女は斜めがけの黒い鞄に卵を入れた。
僕はやっと返答を返した。
「それはこっちの台詞だよ」
彼女は目を見開いて硬直した。人形のように整った顔をしていたので、そうしていると良くできた蝋人形のようだった。
「もう少しで頭に落ちそうだった」
彼女はしばし、動かない。
やっとのことで腕がゆっくりと動き出すと、その腕が黒いフードへと伸びる。肩に落ちたフードに触れて、彼女はさらに目を見開いた。
「あ・・・」
彼女は口を開け、やはり数秒沈黙する。
「大丈夫かい?」
「え・・・ええ。ええ。平気」
彼女は先ほどとは打って変わって、にっこりと笑った。
「ありがとう。助かりました」
「ああ、いや・・・」
「あなたお一人?」
「ああ、そうだけど?」
「そう。良かった」
――何が良かったのだろう?
彼女は笑顔のままでそう言うと、視線を横へ流した。僕のうしろの木々へと視線を向けると、突然口に手を当てて目を見開く。
「あれは何っ?」
指を指されたので、僕は思わずそちらへと振り向いた。
その隙に彼女は立ち上がり、反対方向へと走る。昔なつかしい作戦に呆気に取られた僕は彼女へと振り返り、彼女がフードを被ってホウキに跨ろうをしているのを見つけた。
僕の目の端に青いものが見えた。
本だ。
「待って。忘れ物だよっ」
彼女の後姿が止まり、僕の方に振り返った。
僕が本を見せると、彼女は鞄の中身を急いで覗き込み、困惑した様子で僕を見た。
いつまでたっても彼女が取りに来る様子がないので、僕の方から彼女へと近付き、本を差し出た。ゆるやかな巻き毛の少女は、またもや僕を見つめたまま動かなくなっている。
彼女の白い手から、本が滑り落ちてしまう。
僕は仕方なくそれを拾ってやって、もう一度渡した。
彼女は機械仕掛けの人形のように受取り、本を鞄の中へとしまう。フードに触れると、今度はコート全体を触り出した。
「本当に大丈夫かい?」
彼女は腕をおろし、数秒後、今度はひとさし指を僕の目の前で立てた。その指を左右に移動させ、僕の視線を確かめている。
「あなた・・・私が見えているのね?」
「ああ。見えてるけど?」
「声が聞こえているのね?」
「もちろん」
「・・・そう・・・」
彼女は数秒沈黙すると、またもや作り物のような笑顔になった。
「ロビン・コナーさんのお家を知りません?私その家に行きたいんですけど」
「さぁ・・・聞いたことないけど。ここらへんの家なの?」
「ええ。その筈なんだけど・・・小さい頃に何度か来たことがあるだけで、ここらへんには詳しくないの。ロビンは親戚なんだけど、その子の家で仮装パーティーをするの」
僕は一瞬、呆気にとられた。
「仮装・・・それで・・・その格好を?」




