たまごと一緒に居候
ルイカは泣きそうな顔を、いっきに顰めた。顔を上げると、クロトの活き活きとして落ち着いた目が見える。
「断ることさえできないんだったら、仕方ないさ。家のひととか、学校のひと達に説明が必要なら僕からも話してあげるし、言い訳が必要なら二人で考えればいい。僕のせいで君が留年だの退学だのは心苦しいからね・・・でも、それも全部明日からだ。いいね?」
優しい口調だが、有無を言わせぬ雰囲気があった。
「えっ・・・ええ・・・」
クロトは頷くと、シーツを取りにキッチンを出る。呆気にとられて動けないルイカの側を通ると、二階へと上って行った。
ルイカはそれを目で追い、足が死角へ消えて行くのを見ている。
「・・・分からないわ・・・」
***
ルイカは卵を鞄に入れて、二階へと上がった。すでにベッドメイキングされていて、クロトは枕を並べていた。
「毛布がないんだけどどうする?」
「いいえ。いらないわ。コートがあるし」
「そう。明日には用意しておくよ」
ルイカは部屋の真中まで歩き、そこで止まった。
「どうして親切にしてくれるの?」
「どうして・・・の、意味がよく分からないよ」
ルイカはベッドに腰掛けるクロトを見下ろした。
「人間行動学を少しかじっているけど、どの例にもあなたは当てはまらないわ。唯一当てはまるとすれば、あなたは私に、何か要求するつもりでしょう?」
「そう。当たりだ。すごいな」
ルイカは眉間を寄せ、クロトを見た。
「何が目的?」
「君がよければ、アトリムグに行ってみたい」
ルイカは破顔した。
「本当に、君や祖母が話した世界があるのか、僕が時折見る幻のようなものが、本当に向こうには在るのか・・・それを知りたい。この目で見てみたい」
ルイカは慎重に聞いた。
「・・・それだけ?」
「できれば、スケッチとかしたいんだけど・・・ダメかな?」
ルイカはさらに破顔した。
「それだけ?」
「え?あとはぁ・・・うん。それぐらいかな」
立ち上がりルイカと擦れ違う。
「考えておいて。無理は承知だから、居候の条件じゃないよ」
ルイカは咄嗟に振り向くと、クロトを呼び止めた。
「ちょっと待って。聞きたいことがあるわ。恋人の年齢は?」
「え?」
「あなたの恋人の、よ」
「亡くなった当時は二十八だったけど・・・どうして?」
ルイカが睨むように長い沈黙をすると、きょとんとしていたクロトは突然瞬いた。
「ああ・・・そういうことか・・・」
胸元で両手を挙げる。
「僕の許容範囲は、常に同世代か、年上だよ」
クロトは苦笑しながら、ポケットの中の鍵をルイカに渡した。
「これは、僕の部屋とここを繋いでいる物置の鍵。スペアはない。もし僕が何かしたら、ピストルでも魔法でも使って、殺してくれていいよ」
ルイカが鍵を握ると、クロトは頷いた。
「じゃあ、お休み」
クロトが一階へ降りて行くと、足音が小さくなってゆく。
ルイカは鍵と階段を見比べながら、思わず呟いた。
「やっぱり・・・分からないわ・・・」
***
窓ガラスからは、青白い月光が差していた。ルイカはベッドには入らず、窓の向かいにある長椅子に座っている。これからを考えると不安で、眠れそうもない。
私が今まで積み上げてきたものが、いっきに崩れるかもしれなんだわ・・・そう思うと自然に眉間が寄って、体が縮こまる。ルイカは卵を抱きしめ、そのまま横になった。虚ろな目で床を見つめる。白い顔に月光がかかり、ルイカの顔は青白い。固く目を瞑ってみたが、いっこうに眠気は来なかった。
「どこにいるの・・・リズ・・・」




